第11話
2つにわけようかと思ったんですが…
説明だけになりそうだったのでやめました(笑)
フレアと別れたオーランジュは、脇道の角を曲がると表情を消し去った。彼女と話している時こそ変化はあるものの、城内での彼はこちらが標準仕様だ。――――王族を守る立場にある自分には感情も表情もいらない。オーランジュはそうして常に自分を律していた。
鍛錬場には戻らず、しばらく脇道を歩くとぽっかりと開けた場所に出る。以前は小さな東屋があったが4年ほど前の大雨で壊れ撤去されて以来そのままにされている場所だ。
そこでオーランジュは立ち止まると、前を向いたまま声を出す。
「…いつまで隠れている気だ?」
その言葉に、数メートル後ろからゆっくりと人影が姿を現した。明るい金髪をうっとうしそうに払いながら現れたのはデュークだった。
「やれやれ、さすがに副隊長殿にはバレバレだったかな?」
嫌味ったらしい物言いは、先日サーシャマリーの部屋を訪れた時とは違い多分に棘を含んでいる。
「…もう少し気配を殺す訓練でもするんだな」
ようやく振り返ったオーランジュは無表情のままデュークを見据える。その目つきが気に入らない、とばかりにデュークはあからさまに不快そうな顔をする。
「ふん、大きなお世話だね。君こそ、逢引するなら場所を選んだほうがいいんじゃないか?貴族のご令嬢方に愛想を尽かされるよ」
「願ったり、だな。いいかげん鬱陶しくてたまらん」
「今のうちに強がっておけ。しょせん侯爵家の二男ができることなどたかが知れている」
「勝手にしろ。俺はお前と遊んでるほど暇じゃないんだ。要件を言え」
取りあう気がなさそうなオーランジュにデュークはますます顔を歪める。だが、今度は勝ち誇ったように胸を反らしてくる。
「あのフレアという侍女、ずいぶん仲が良さそうじゃないか」
「だからどうした?」
『フレア』という言葉に一瞬反応しそうになったが、オーランジュは理性でそれを押し留める。デュークに付け入る隙など与えてやる必要はない。なおも表情を崩さないオーランジュに、デュークは引きつったような笑みを向ける。
「隠さなくてもいいだろう。今さらお前に女がいたところで近衛は誰も驚きはしないさ。それどころかライバルが減って喜ぶ奴ばかりだろう」
「あいつは関係ないな」
「そうやってお前が彼女をかばうことが、すでに特別の証しだ。まあ実際、近衛隊の中でお前にかなう奴なんてそうはいないからな。面と向かって喧嘩を売るような馬鹿はいないどうけど…」
「…何が言いたい」
回りくどいデュークにオーランジュは苛立ってくる。その様子にデュークはニヤリと笑う。
「私の叔父が後妻を探していてね…城に誰かいないかと言われて参っているんだよ。若くて美人がいいと言われているんだが、あいにく私には彼に紹介できそうな女性がいなくてね」
「…それがどうした」
嫌な予感に眉をしかめたオーランジュに、デュークはさも仕方がない、という風に肩をすくめる。
「彼女、フレアならきっと叔父も気に入るだろう。なんせあの通りの美人で気立ても良く、スタイルだっていい。それになにより…あの珍しいスミレ色の髪だ」
その言葉にオーランジュが固まる。
「なん、だと」
絞り出すように出た声に満足げなデュークは、オーランジュを見下すようにしてくる。
「ああ、私の叔父は少々変わった趣味があってね。珍しい物を集めるのが好きなんだよ。彼ならきっとフレアの髪を気に入って、すぐにでも後妻に、と…!!」
デュークが話し終わる前にオーランジュが一気に距離を詰めて、彼の胸倉を掴み上げる。頭半分は高いオーランジュに掴まれ、デュークの踵は地面から離れる。
「二度と!フレアの髪のことを口にするな!!お前ごときが触れていい話ではないっ!!」
「く、くるし…っ!」
「…次はない。叔父とやらには他の女を探すんだなっ」
突き飛ばすようにデュークを離すと、彼は勢いで地面に倒れこむ。
「わ、私にこんなことをしてっ!タダで、済むと思っているのか!?」
オーランジュよりも地位の高い公爵家に連なる家の出のデュークにとって、このような屈辱は初めてであった。顔を真っ赤にして必死の形相のデュークに、オーランジュはゾッとするような冷たい笑みを向ける。
「…俺を敵に回して、タダで済むと思っているのか?」
顔を一気に青褪めさせたデュークにほんの一瞥をくれると、オーランジュはその場を後にした。
脇道を鍛錬場へ向けて歩きながら、オーランジュは一人考え込む。
――――そもそも殿下にフレアを紹介したのが間違いだったか。
フレアが王城で働き出した当時、城内の多くが色めきたった。十七歳になったばかりのフレアは、幼馴染の贔屓目を差し引いても美人だった。当時はまだ愛らしさも残り、さらに明るい彼女は周囲の目を引いた。社交界にも一時出ただけだったので、その姿はなおさら注目を浴びていた。
ただ、ひときわ人々の口に上ったのは彼女の髪の色だった。フレアの髪は珍しいスミレ色だ。この国でその髪の色はまず生まれない。突然変異で100年に一度、一万人に一人いるかいないかとされている。幼いころのフレアは全く気にしていなかったのだが、ある日を境に彼女はその色をいっそ憎むようになった。その理由も、その後の彼女がどうなったのかも隣で見てきたオーランジュは、フレアの耳にその噂が届く前に一掃したつもりだった。
だが、彼自身もまだ一介の近衛隊員であり、その力が及ぶには限界があった。そこで、彼女の父親が取ったのが『王女殿下の専属侍女』だ。その立場なら他の貴族たちの目に触れる機会も少なく、また教養の行き届いた者だけが国王一家の身辺につくので不安要素は最小限に抑えられるだろう、との考えだ。すでに王城で働き始めていたフレアの兄――ランスイットと3人で顔を突き合わせ、フレアが平穏に王城勤めを過ごせるよう尽力してきた。心のどこかで『すぐに辞めるだろう』と高を括って。
しかし、その予想を大いに裏切りフレアは今も王女の侍女として日々を忙しく過ごしている。どうやら彼ら3人が必死に策を弄したにもかかわらず、その効力もそろそろ切れかけているらしい。デュークがいい例だ。
それに、フレアもいけない、とオーランジュは思う。3年経って、彼女は愛らしさよりも華やかさが増してきている。希有な色の髪に負けることなく、その姿は人目を引く。なのに、彼女は周囲に対してオーランジュ曰く猫を被って周りの評価をあげている。どちらかというとこちらの方がやっかいそうだ。だが、彼が最も警戒しているのは別だった。
「問題は、殿下だよな…気のせいだといいが」
頭をガシガシとかき回しながら、オーランジュは鍛錬場へ足を踏み入れた。
明日は小話アップです。
しかし!予想外に長く(またかよ)なってしまったので、別作品として投稿しました。
題して『幼馴染とシスコンの毎日』(どんなんだ!?)です。
よろしかったら見てください。
評価、感想ありがとうございます!
頑張って書きますので、続きもよろしくお願いします♪