第9話
国王一家が部屋へ戻るとの先触れがあり、侍女が広間の前に並ぶ。フレアも控えの間を出てサーシャマリーを待つとほどなくして扉が開かれ、国王を先頭に一家と近衛達が出てきた。頭を垂れて国王夫妻が通り過ぎるのを待っていると、小さい足音がフレアに近づいてきた。
「フレア!あなたの言ったとおりだったわ!」
「姫様っ!そのお話は…」
満面の笑みで駆け寄って来るサーシャマリーを慌てて止める。何事かと国王夫妻も一瞬足を止め振り返るのが視界の端に映る。
その様子にサーシャマリーもハッと自分の口を押さえて周りを見る。彼女の後ろから出てきたユーリックも驚いた顔をしている。
「なんでもありませんわ。行きましょう、フレア」
取り繕ったような笑顔でその場をごまかすと、サーシャマリーはフレアを従えて歩き出した。
ちらっとユーリックの方を見ると、その背後にいたオーランジュが明らかに不審な顔をしている。
――――バレたかな?
内心冷や汗ものだったが、足早に部屋へと戻るサーシャマリーに付いていくことでその場を逃れた。
「それでね、お母様なんて『もっと甘えていいのよ』とまで仰ってくれて…!」
「それは、ようございましたね姫様」
「でもね、その後の兄様ったらひどいのよ!いきなり私に跪いたかと思ったら『私の小さな姫君』、なんて言うんですもの!」
「あら、それは素敵ではないですか」
「そりゃあね、ユーリ兄様がそんなことなさったらびっくりするくらいカッコいいのよ。でも、よく考えてみて?」
興奮冷めやらない様子で話し続けるサーシャマリーに、フレアは髪をほどきながら相槌を打っていた。
事の顛末を話そうと、サーシャマリーは他の侍女たちを湯浴みや就寝の準備に追いたて、自分の側にフレアだけを残している。
普段の優雅さよりも年相応のあどけなさを前面に押し出して、サーシャマリーは頬を紅潮させながらフレアに聞く。そんな彼女に鏡越しで視線を合わせながら、フレアは首を傾げた。
「…ユーリック様ではご不満ですか?」
「まさか!不満どころかこれ以上ないくらい満足よ!物語の王子様そのものだわ!でもね、兄様にそんなことされたら、わたくし他の方が同じことをされてもドキドキしなくなってしまうと思わない!?」
「はあ…それは、殿下と比べて、と言うことでしょうか?」
「そうよ!わたくしだってゆくゆくは他の殿方と恋をしてみたいと思っているのよ。なのに、兄様があんなに素敵では太刀打ちできる殿方なんてそうそういないじゃない!」
――――まあ確かに。
ユーリックは父譲りの金茶の髪と濃い緑色の瞳を持ち、精悍な中に母譲りの甘さのある顔立ちをしている。剣の稽古を怠らない身体も背が高く、しなやかに筋肉がついていて無駄がない。本人は着痩せする体型を気にしているようだが、皇太子妃の座を狙う上流階級のご令嬢達からは、サーシャマリーはが言ったように『物語の中の王子様』を地でいく風貌は人気が高い。
そんな彼が跪くなど、現在のところ国王夫妻と溺愛する妹以外いないのだろうが、その場を想像しただけでフレアはサーシャマリーはが少し気の毒になった。
「きっと現れますわ、姫様だけの王子様が」
「だといいのだけど。お母様も『サーシャマリーの方が結婚に苦労しそうね』なんて仰るし…」
「でも、その時はまだ少し先のようではないですか。その素敵な殿方が現れた時に、また考えましょう」
「…そうね。そうするわ。その時はまた相談に乗ってちょうだいね、フレア」
「もちろんですわ、姫様」
解いた髪を梳かしながら笑顔でフレアは請け負った。
そして一通り話し終えて満足したサーシャマリーの隣に膝をつくと、今度はその顔を見上げる。
「さあ、姫様。私との賭けの結果はいかがでしたか?」
それを聞いてサーシャマリーはちょっと拗ねたように肩をすくめる。
「あなたの勝ちよ、フレア。ユーリ兄様に嫌われるかも、なんて愚かな考えだったわ」
「では、お約束通り私のお願いを聞いてくださいますか?」
「ええ、なんでも言ってちょうだい」
なかば投げやり気味な王女に、フレアはにっこり笑うと
「では。今度外でのお茶会の席にこれを身につけていただけませんか?」
そう言って差し出されたのは真っ赤なリボンで止められたレース編みの手袋だった。
驚いてそれを受け取ると、サーシャマリーはフレアの顔を見つめる。
「キレイ…これ、どうしたの?」
「私が編みました。姫様のお手に合う手袋がなく、いつもサイズを直されて使ってらっしゃったのを見ておりましたので。レースで編んであるので多少伸びますし、姫様のお手に合うよう作ったつもりなのですが」
サーシャマリーの手は指が細く長い。しかし十三の娘の体はまだ成長途中で、ほとんどの女性が使う手袋だと二の腕まで覆ってしまう。腕の長さに合わせると指がキツイ。そのため、いつも彼女が外出の際日除けのために使う手袋は、一度城のお針子の手で直されていた。だが、なかなかしっくりくる物がないのか、彼女は手袋をするのをいつも嫌がっていた。
フレアが渡したのは、白く細いレースで細かく編み上げた繊細な模様の手袋だ。いつも側に仕える主人の手に合うように作られている。
「…いいの?」
「もちろんです。私が作った物を使ってください、なんて差し出がましいようでなかなか申し上げられなかったのですが。ユーリック様とのことはチャンスでしたわ」
おどけて言うフレアに、サーシャマリーはそっとリボンをほどいて手袋に手を通す。
「ぴったりよ…それに肌触りもいいし。気に入ったわ!ありがとう、フレア!」
「お気に召していただけたのなら、私も嬉しいですわ。でも、これは姫様が賭けに負けたせいですので、絶対に使っていただきますよ」
「もちろんよ!久しぶりにお茶会が楽しみになった来たわ!」
本心から喜んでくれているらしいサーシャマリーにフレアも笑顔を返す。そして、おもむろにポケットからもう一つの物を取りだすと、彼女の手袋に包まれた手のひらにそっと乗せる。
「そして、こちらはお約束の姫様が頑張られたご褒美です」
白い手袋の上にきれいに包装されたアメ玉が3つ。城内でなかなか口にすることのない、市井のお菓子は、実はサーシャマリーの好物だった。
「ないしょ、ですよ?」
片目をつぶって人差し指を口に当てるフレアに、サーシャマリーは大きく頷いた。
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さて、そろそろ誤字・脱字を直そうかと…
恥ずかしくなってきた(笑)