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『君との婚約は破棄する』――殿下が捨てたのは、私だけではありませんでした

掲載日:2026/10/07

本文に生成AIを使用しています。

 王都で最も華やかな夜会が開かれた、その日のことだった。


 大広間には王侯貴族が集い、楽団の奏でる音楽が静かに流れている。天井から吊るされた巨大なシャンデリアが無数の光を落とし、磨き上げられた床には、色とりどりのドレスをまとった令嬢たちの姿が映っていた。


 その中心に立っていたのは、王太子アレクシスと、婚約者である私――セレナ・グランディアだった。


 少なくとも、つい先ほどまでは。


「セレナ。君との婚約を破棄する」


 広間に、王太子の声が響いた。


 一瞬、周囲の音が消えたように感じた。


 誰もがこちらを見ている。


 驚きに目を見開く者もいれば、面白そうに口元を隠す者もいた。中には、以前からこの瞬間を待っていたかのように、楽しげな表情を浮かべている者までいる。


 私はそんな視線を一つずつ受け止めながら、目の前に立つアレクシス殿下を見つめた。


「……理由をお聞かせいただけますか?」


「君は王太子妃として相応しくない」


 迷いのない答えだった。


「辺境伯家の娘である君には、王都の社交界を支える華やかさがない。それに、君と私の婚約は、両家の事情によって決められたものだ。今の私には、もっと相応しい相手がいる」


 そう言って、殿下が視線を向けた先には、一人の令嬢が立っていた。


 公爵令嬢アリシア。


 王都でも有数の名門公爵家の娘であり、社交界では誰もが認める美貌の持ち主だ。


 彼女は少し困ったように眉を下げながら、それでも殿下の隣へと歩み寄った。


「殿下……」


「アリシア。君こそ、これからの王国を支える王太子妃に相応しい」


 その言葉を聞きながら、私は胸の内で小さく息を吐いた。


 なるほど。


 つまり、そういうことなのだ。


 私よりも美しく、王都での人脈も広く、殿下の隣に立ったとき絵になる女性を選んだ。


 それだけの話だった。


「承知いたしました」


 私がそう答えると、周囲から小さなどよめきが起こった。


 もっと取り乱すと思われていたのだろう。


 けれど、私には殿下を責める気持ちはなかった。


 婚約を解消するというのであれば、それを受け入れればいい。


 ただ、一つだけ確認しておかなければならないことがある。


「では、殿下。最後に一つだけ、確認させてください」


「何だ?」


「婚約者として私が行っていた仕事についても、これで終了ということでよろしいでしょうか?」


 殿下は怪訝そうに眉を寄せた。


「仕事?」


「はい」


 私は淡々と説明した。


 辺境伯領から王都へ送っていた穀物の調整。


 王都で不足している鉄鉱石や木材の供給についての交渉。


 国境付近で魔物が増えた際の騎士団への情報伝達。


 王都から辺境へ送られる武器、防具、薬品、馬、食料の調整。


 さらに、各地の商会と王家の間に入って行っていた細かな交渉。


 その多くは、正式な役職として与えられた仕事ではない。


 婚約者として、王家を支えるために私が自主的に引き受けていたものだった。


「もちろんだ」


 殿下は、ほとんど考えることなく答えた。


「君はもう私の婚約者ではないのだから、そんなことまで頼むつもりはない」


「……承知しました」


 私は静かに頭を下げた。


「それでは、本日をもってすべて終了とさせていただきます」


 その瞬間、殿下の表情がわずかに曇った。


 けれど、それ以上何かを言うことはなかった。


 私も、それ以上は何も言わなかった。


 その夜、私は王宮を後にした。


 翌朝から、私はこれまで自分が行っていた仕事を一つずつ止めていった。


 商会への連絡をやめ、王都の倉庫に送っていた指示書を取り下げ、辺境伯領の担当者には正式な契約が存在するものだけを継続するよう命じた。


「これまで通りではないのですか?」


 困惑した顔で尋ねる家臣に、私は首を横に振った。


「これまでは婚約者として、私個人の裁量で動いていたものです。婚約がなくなった以上、今後はすべて正式な契約を通してください」


「しかし、王家からの依頼ならば……」


「正式な依頼であれば、もちろん対応します。ただし、これまでのように私が先回りして調整することはありません」


 それだけだった。


 私は怒っているわけではない。


 復讐したいわけでもない。


 ただ、終わった関係に以前と同じ責任を背負い続ける理由がなくなっただけだ。


 最初の数日は、何も起こらなかった。


 王都では相変わらず華やかな夜会が開かれ、殿下とアリシア嬢の婚約が正式に発表された。


 新聞には二人の未来を祝福する記事が並び、社交界では「王太子に相応しい婚約者が選ばれた」と評判になった。


 私の婚約破棄など、すでに過去の話になりつつあった。


 だからこそ、誰も気づかなかった。


 少しずつ、歯車が止まり始めていることに。


 最初に問題になったのは、穀物だった。


 王都へ運ばれるはずだった小麦の一部が、予定より数日遅れて到着した。


 原因は、街道の一部で発生した魔物の群れだった。


 以前なら、私は報告を受けた時点で辺境伯領の騎士団に連絡し、近隣の商会と輸送経路を変更していた。


 だが、今は違う。


 王家から正式な指示が来ていない以上、こちらから動くことはできない。


 王都では担当者たちが慌てて対応を始めた。


 しかし、誰も全体を把握していなかった。


 別の街道へ輸送を切り替えればいい。


 そう判断しても、その街道を利用する商隊との調整が必要になる。


 商隊を動かすには護衛が必要で、護衛を増やせば別の場所の騎士が不足する。


 騎士を動かせば、その地域の魔物への対応が遅れる。


 以前の私は、そうした問題を一つずつ先回りして潰していた。


 けれど、その仕事は表には出ていなかった。


 だから誰も、それが存在していたことすら知らなかった。


 次に問題になったのは、鉄だった。


 辺境から王都へ送られる鉄鉱石の量が減り、武器工房から苦情が上がった。


 王都側の担当者が商会に問い合わせると、商会は困惑した。


「これまで通りの量を確保するには、輸送費が上がります」


「なぜだ?」


「輸送路が変わったためです。以前はグランディア家の方から各商会に細かな指示があり、複数の商隊をまとめて運ぶことで費用を抑えていました。しかし現在、その調整が行われておりません」


「……グランディア家?」


「はい。セレナ様が直接調整されていました」


 王都の担当者は、そこで初めて気づいた。


 これまで当然のように届いていた物資は、誰かが動かしていたのだ。


 それでも、王太子アレクシスは、まだ事態の深刻さを理解していなかった。


「一時的な混乱だろう」


 そう言って、報告書を机の上に置いた。


「担当者を増やせばいい」


 だが、問題は担当者の数ではなかった。


 誰がどこへ連絡し、どの商会と交渉し、どの街道を使い、どの騎士団を動かすのか。


 これまで、それを一人で把握していた人間がいなくなったのだ。


 王太子がその事実を理解したのは、さらに数週間が過ぎてからだった。


「……セレナがやっていたのか?」


 執務室で報告を受けたアレクシスは、信じられないという顔をした。


「正確には、セレナ様だけではありません。ただ、全体を繋いでいたのはセレナ様だったようです」


「なぜ私は知らなかった?」


「……殿下が知らなくても、問題が起きなかったからでしょう」


 その言葉に、アレクシスは黙り込んだ。


 知らなくても問題が起きない。


 それはつまり、誰かが問題が起きる前に処理していたということだ。


 そして、その誰かがいなくなった途端、問題が表面化した。


 やがて、国王の耳にも状況が届いた。


「アレクシス」


 呼び出された王太子は、父王の前に立っていた。


「これはどういうことだ?」


「申し訳ありません。現在、各部署で調整を進めています」


「そういう話をしているのではない」


 国王は机の上に積まれた報告書を指で叩いた。


「穀物の輸送、鉄鉱石、薬品、馬の調達、辺境の魔物対策。どれも、以前は問題なく回っていた。それがなぜ、婚約破棄をした途端に滞り始めた?」


 アレクシスは答えられなかった。


「……セレナが、やっていたようです」


「ようです、だと?」


「私も、そこまで彼女が関わっていたとは……」


「知らなかったのか」


 父王の声が低くなる。


「お前は、自分の婚約者が何をしていたのかすら知らずに、婚約を破棄したのか?」


 アレクシスは唇を噛んだ。


 あの夜のことが、鮮明に蘇る。


 自分はセレナに言った。


 王太子妃として相応しくない。


 もっと相応しい相手がいる。


 そして、彼女が確認した。


 婚約者として行っていた仕事も終わりでいいのか、と。


 自分は何も考えずに答えた。


 ――もちろんだ、と。


 数日後、アレクシスは辺境伯領へ向かった。


 雪解けの風が吹く頃、私は領都の執務室で書類を整理していた。


 そこへ、王都からの使者が訪れた。


「王太子殿下がお見えになっています」


「そうですか」


 私は手を止めた。


 少しだけ驚いたが、それだけだった。


「応接室へお通ししてください」


 やがて、アレクシスが入ってきた。


 以前と同じ顔。


 けれど、その表情にはあの夜にはなかった疲労が浮かんでいる。


「セレナ」


「お久しぶりです、殿下」


 私は立ち上がり、形式的に礼をした。


「今日は、お願いがあって来た」


「何でしょうか?」


「王都の状況については、もう聞いていると思う」


「はい」


「もう一度、君に協力してほしい」


 私はしばらく黙って彼を見た。


「どのような形で?」


「これまでと同じように……」


 そこで私は、静かに首を横に振った。


「それはできません」


「セレナ!」


「申し訳ありません」


 私は声を荒らげることなく答えた。


「私はもう、殿下の婚約者ではありません」


「それは……」


「ですから、以前のように個人的な判断で王家の仕事を引き受けることはできません」


 アレクシスは苦しそうに私を見た。


「君に謝りたい」


「謝罪は受け取ります」


「なら……」


「ですが、それと仕事は別です」


 私は机の上に一枚の書類を置いた。


「必要な支援については、正式な契約を結んでいただければ対応します。輸送も、物資の供給も、魔物対策への協力も、すべて条件を明確にしたうえでお引き受けします」


 アレクシスは、その書類を見つめていた。


 そこには、かつて私が何の見返りも求めずに行っていた仕事が、一つずつ正式な契約として記されている。


 当然のことだった。


 私がしていたことには、それだけの価値があったのだから。


「……君は、戻ってきてくれないのか?」


 しばらくして、アレクシスが尋ねた。


「婚約者として、という意味でしたら」


 私は微笑んだ。


「お断りします」


「なぜだ?」


「殿下が一度、私を必要ないと判断されたからです」


 責めるつもりはなかった。


 ただ、事実を述べただけだった。


「私はもう、誰かに選ばれるために生きるつもりはありません」


 アレクシスは何も言えなかった。


 帰り際、彼は一度だけ振り返った。


「セレナ」


「はい」


「……あの夜、君は怒らなかったな」


「怒る理由がありませんでしたから」


「私は、君を捨てたつもりだった」


 その言葉を聞いて、私は少しだけ考えた。


「そうですね」


 そして、静かに答える。


「でも、殿下が捨てたのは、私だけではありません」


 アレクシスは黙っている。


「私が婚約者として支えていたもの。その価値も、一緒に手放されたのだと思います」


 それだけ言って、私は彼を見送った。


 王太子が帰ったあと、私は窓辺へ歩み寄った。


 遠くには、雪を頂いた山々が連なっている。


 王都とは違い、ここには華やかな夜会もなければ、私を王太子妃に相応しいかどうかで評価する人間もいない。


 ここにあるのは、領民の暮らしと、広大な土地と、まだ知らない世界だけだ。


 婚約がなくなったことで、私は失ったものもある。


 けれど、それ以上に得たものがあることにも、今では気づいている。


 誰かの婚約者としてではなく、一人の人間として、自分の未来を選べる自由。


 私は机の上に残った書類を片付け、窓の外へ目を向けた。


 まだ見たことのない場所が、この世界にはいくらでもある。


 ならば、これからは自分のために歩いていけばいい。


 王太子に選ばれなくても。


 誰かに必要とされなくても。


 私自身が、自分の人生を選ぶことはできるのだから。


 ――殿下が捨てたのは、私ではありません。


 私が持っていた価値と、私が選べたはずの未来を、同時に手放したのです。


 そして今、私はもう振り返らない。


 新しい人生は、私自身の手で選ぶ。


 その先に何が待っているのか。


 それを決めるのは、もう誰でもない。


 私自身なのだから。

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ハイファンタジーってキーワードあるのになんでローファンタジーやねん
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