ファック ザ プリンセス
お姫様なんてくそくらえ。
シンデレラしかり白雪姫しかりラプンツェルしかり、あいつら全員待ってるだけじゃないか。たまたま迎えに来たのがイケメンでハイスぺだったからよかったようなものの、不細工な無職だったらどうするんだろう?それでも運命を感じて縋って生きていくんだろうか。
その点、王子様は良い。実家の財力を使いながら、じっくりと思い通りになるような美女を探して歩ける。噂の姫が不細工なら、そのまま捨て置けばよいのだから。
ワタシは、待ってばかりのお姫様より自由に駆けて行ける王子様になりたい。
うちの実家は、特に金持ちでも貧乏でもなかった。両親もそろっていて共働き。何不自由なくとは言わないが、板橋区の一軒家で普通に暮らしていけるレベル。
それでも、いわゆる『お嬢様学校』と言われるうちの学校では、ヒエラルキー的には下層。
幸い、ワタシは顔はそこそこ整っている方だった。身長も高い。後輩からラブレターを貰ったこともある。
でもそれだけじゃ物足りない。選ばれて満足しているなんて、受動的な舞浜に住むお姫様と何ら変わらない。
ワタシは、もっと自由に生きたい。いつか自分の生き方を選べるように。
その為には、勉強はもちろん、カネがいる。清貧なんて嘘っぱち。ブスでバカで貧乏な奴は人権がないこの世界。ワタシは、絶対にそこには落ちたくない。
だから私は、オジサン相手に下着を売ることにした。パパ活に手を出す同級生もいたけれど、体を売るなんてリスクの高いことをするのはただのバカ。
ワタシの靴下は一足五千円。パンツを目の前で脱げば一枚一万円。
スーパーのワゴンセールで買った靴下やパンツが渋沢栄一に代わっていくのに、ワタシはえも言えぬ高揚感を覚えた。
安く仕入れたものを付加価値をつけて高く売る、これが資本主義じゃないか。
ワタシは、絶対に捕食する側に立ちたい。この世界で負けたくない。お姫様を選ぶのはこのワタシ。
稼いだお金は、高価な下着やアクセサリー、化粧品に変って、ワタシは益々綺麗になる。
ワタシにただ貢ぎたいというオジサンも増えた。学校で貰うラブレターの枚数も。
いつしかワタシのあだ名は「王子」に変り、取り巻きみたいな女に子たちも増えた。ミホに出会ったのもその頃。
「あのう……タチバナさん……進路希望票まだですよね……?」
分厚い眼鏡で、膝丈までのスカート、そばかすの残る肌は化粧どころか日焼け止めもつけてなさそう。野暮ったい三つ編みの彼女を見たとき、嫌悪感よりむしろ哀れみの感情が湧いた。彼女は、確実に狩られる方。
「あー、ごめん、えっと……」
同じクラスなのに名前が出てこない。影が薄いんだよ。
「タナカです。タナカミホ」
「あー、ごめんね、ミホちゃん、すぐ出すわ」
「あ、はい……」
ミホが顔を赤らめる。野暮ったいくせに、そのしぐさがちょっと可愛い。
「はい、これ」
鞄から出した進路希望票を手渡す。
「ありがとうございます……」
「同じクラスじゃん、敬語なんていいって」
「はい……」
赤くなるミホ。
その姿がなんとなくかわいくて忘れられなくて、その日からワタシはなんとなくミホにちょっかいを出すようになった。
ミホは口数こそ少なかったが、徐々に心を開いてくれている感触がした。
「ねぇ、レイカさん……」
帰宅途中、ふいにミホがワタシの名を呼ぶ。
「何、ミホ」
「ワタシ、彼氏ができたんです」
頭を鈍器で殴られたような衝撃。誰、いつから。
「レイカさんにも会って欲しくて」
頬を赤らめながらミホは言う。
「大丈夫なの? それ」
ミホみたいな野暮ったい子に寄ってくる男なんて、きっと碌な男じゃない。
「W大の大学生なんです。レイカさんにも一度会って欲しくて」
「分かったわ、会うよ」
ミホに寄ってくる男がミホにふさわしいか、ワタシはこの目で見定めなければならない。
「ねえ、レイカさん」
ミホがふいにワタシをじっと見る。
「なに?」
「何も、感じませんか?」
感じるって何だろう。ミホは何を言ってるんだろう。
「一体、何」
「何でもないです。日曜、開けておいてくださいね」
ミホはそういうと、何事もなかったように歩き出した。
日曜日、指定されたハチ公前まで行く。休日なのに、ミホは制服だった。隣にはミホの彼氏であろう茶髪でデニム姿のだらしない感じの男。
「ミホちゃんから話聞いてるよ、可愛いね」
「はぁ……」
ありえない、ミホには似合わない。こんな軽薄そうな男。
「ねぇ、ワタシ用事思い出しちゃった。ミホも来て」
ミホの手を引っ張り渋谷の道を走り出す。
あの男の呼ぶ声が聞こえた気がしたが、そんなの関係ない。
「ねぇ、レイカさんどうしたの?痛いよ」
息を切らせたミホが抗議みたいな声を出す。
「ミホには、あんな男似合わないよ。あんなチャラ男」
手を繋ぎながら、ワタシはまっすぐ言葉を吐き出す。
「レイカさんだって」
ミホの視線が突き刺さる。
「レイカさんにオジサンは似合わない」
さあっと血の気が引く感覚。
「オジサンって……」
口の中がカラカラになる。
「見ちゃったんです。一緒に歩いてるの。お父さんじゃないですよね」
まっすぐな瞳。
「あれは……」
ただの小遣い稼ぎ、体は売ってない。そんな言葉が頭の中をぐるぐるしていると突然、暖かい唇が押し付けられた。
「え……」
一体、何。
「ごめんなさい、ワタシ、騙したんです。全部知ってたんです。オジサンのことも、レイカさんの気持ちも」
だましたって何?ワタシの気持ち?
「W大の大学生もレイカさんの気持ちを確かめたくて……案の定、嫉妬してくれましたね」
ふふふ、とミホは笑う。
「ワタシがレイカさんの気持ちを救いますから」
救われる?ワタシが?
小柄なミホが、大きく見えて後ろから光が差しているように見える。
ワタシは、王子様のつもりでいつの間にかミホに絡めとられていたのかもしれない。
ミホの唇がもう一度重なり、舌が侵入してくる。
その侵入を受け入れながら、ワタシはぼんやりとそんなことを考えた。




