春編3話「恒例行事」
今日は珍しく師匠と2人。ゴルディは別の仕事があるから、たまに街の外れの牧場に預けている。
さすがは俺の名馬ゴルディって感じなんだけど、種牡馬の仕事が始まった。
大きな馬体で頑丈で賢いゴルディだから当然そんな話もやってくる。
ただ、本格的に春になると俺が忙しいからゴルディがいないと困る。だからこの時期だけの期間限定。
ゴルディの子どもが産まれるときには絶対休みを取る予定。超楽しみ!
「で、お前はいつなんだ?」
「今そんな話してたっけ?」
師匠からの質問は無視する構え。
したくない、わけでもないけど今はいいというか……純粋に相手がいねぇんだよ。分かれよ。
「夜会でもギンケイとつるんでばかりで何をしている?」
何をって……アグニスは警備だったり、ルミちゃんも影の仕事があったりで毎回はいなくて暇そうなのがギンさんだけだから。
というか、向こうからやって来るから俺は捕まるだけなんだけど。
「王弟殿下のお声掛けを無視するわけにはいきませんからね」
ちゃんと貴族の微笑で答えのに頭を叩かれた。何でだよ。
「お前ら2人は揃うとタチが悪い!」
いや、それ俺のせいじゃないよね?確かに気が付けば2人で「刺し身」を楽しく食べたりはしたけど。生魚を食べる文化もなければ、その刺盛りは尾頭付きのビジュアル。他の貴族はドン引きしてたっけな……。
お互い怒鳴るようなトーンだけどこれが平常。ミレア姉さんがいたらなぁ、と少しだけ懐かしく思う。
兄上とミレア姉さん、今年結婚したんだよね。
いつかはそうなるだろうなとは思っていた。けれど、少しだけ自覚が出来ないまま終わった初恋は澱のように残っている。
だいぶ吹っ切れはしたし、それよりも2人を祝う気持ちのほうが大きい。
街の薬店はミレア姉さんがいなくなっても、相変わらずドライフラワーの香りがして心地よい。
……中にいるのは熊のようなジジイだけどな。
ちょっと久しぶりだなと思いながら、店に入る。
「あ、おかえりなさい」
「リシアンさんも一緒でしたか」
迎え入れてくれたのは王都からこっちにきた薬師。今は師匠の弟子になってる。
若い方は俺の弟子にって話だったけど……その代わりに上級薬師の金刺繍のローブを師匠から渡されそうになったから拒否った。
何か、金刺繍は刺したばかりだとやたら輝いて派手だったから嫌だった。今の落ち着いた銀色のがいい。
「どうした?リシアン。今のお前にならこれを渡してもいい頃合いだと思ったのだが……」
怪訝そうに言う師匠には
「まだ……学ぶべきことは多いので、今は頂けません。師匠がお認めになったものは偶然、出来た物なんで。俺自身がそれだと納得いかないんです」
と頭を下げたら感激された。言えない。派手だから嫌だったとは言えない……。
そんなわけで金刺繍のローブはいまだこの薬店に仕舞われている。早く金色が褪せることを願っている。
あと……偶然なんかより新薬とかの研究もしてるし。そっちで認められたい意地くらい、俺にだってあるから。
「そうだ、リシアンさん。地竜という素材の原料を見たことがないのですが、どのような物なんですか?」
「春に採れるんですよね。……だいぶ減ってるんでなるべく早くほしいんですが」
地竜は辺境固有種だからなぁ。相変わらず勉強熱心なことで。
――……ただし俺は、この若い方の薬師は絶対に地竜の討伐と運搬には連れて行こうと思った。
なるべく早くほしいなどと簡単に言ってくれんなよ。採ってきてもらうやつの態度じゃない。
あの、臭くてぬめってバカでかいミミズに震えればいい。
なんて考えていたら、年配の薬師は何かを察したようで「辺境魔獣辞典」を開き始めた。……バカでかいだけで魔獣ではない、ただのミミズだからそっちには載ってないよ?
「辺境昆虫図鑑」はそっと本棚の奥の方にずらしておいた。
「お前、来週は時間空けとけよ。それまでに運搬依頼も出しとくから決まり次第連れて行く」
「え?僕も行かないといけないんですか?」
不満そうにすんな。俺も師匠も自分で使う素材は大体自分で採ってきてんだろうが。
「興味があればだけど、加工はしてみる?」
年配の方にも声は掛けておく。わりと店で出している薬に使っているし、ぜひお願いしたいとのことだったのでこちらも加工への参加は決まった。
運搬は……まぁ力仕事だし若い方と冒険者で事足りるだろう。
◇──◇──◇──◇──◇
さて、翌週。
朝から若手薬師と死んだ魚の目をしているスピナシアを率いて地竜の採取に向かう。
今年は手頃な冒険者が見つからなかったので、こいつらへの指名依頼にした。
「お前ら酔いやすいからな、これ先に飲んどいて」
「……酔いにくいんですけどね、フツーにさえしてもらえたら」
それなら大人しくこちらに手を差し出してくんなよ。まぁ、運搬のことを考えたら先に飲んでおいたほうがいいけどさぁ。
「あ、そこの薬師さんも飲んだほうがいいっすよ。リシアンさんの移動はヤバいんで」
よく分からないという顔をしている若手薬師にも液剤を手渡す。
「……もう少し味は何とかならないんですか?」
涙目で言われたけど、俺の店にそんなものを求めるな。冒険者が多いんだ、味なんざどうでもいい。それなりに安くて効きゃあいいんだよ。
今日のゴルディは絶好調。いつもより毛艶もよく力強い走りをしている。
牧場でモテモテだったそうだ。あと数件、種牡馬の仕事依頼もきている。ゴルディがよければまぁ……受けようかなと思う。
新しく作った折りたたみ式の荷台から聞こえる「うぷ……」「ぐっ」といったうめき声は無視した。
川辺の地竜出没エリアまで着いたけれど、使い物になりそうにない若手薬師。
鎮暈薬だと偽薬は効果がないのかなと思いながら、そっといつもの丸薬を手渡した。
スピナシアはというと……「いつもの苦い丸薬より今日のがよかった!」とかはしゃいでいた。
やっぱ単純さってすごいよなと思った。若手薬師へ渡した苦味があるものではなく、お前らにはただの蜂蜜を混ぜた水だったんだけど。
元気なスピナシアに若手薬師を任せ、近くで待機しといてもらう。
けれど、ゴルディに地鳴らしをさせて地竜の出現を待つも出て来ない。
やっぱり時期が少し早かったかと思い、舌打ちが出る。
あと数回試して無理だったら出直しかなと思ったら出た。むしろ、なんかデカいのが来た。
土色の体表はぬめっているし、独特の臭いは全力で風魔法で散らす。
大きくても所詮は地竜。首を刎ね、切断面は土魔法でしっかりと覆う簡単なお仕事。
頭部はまた地面に埋めておく。……来年は、もう少し小さいのがいいなと思いつつ。デカいのは臭いがヤバい。何で頭部を埋めると翌年にはまた地竜が採れるのかについては深く考えないようにする。
振り向くとスピナシアはそっと目を逸らし、若手薬師は口を開いてこちらを見ている。
「じゃ、あとはよろしく」
「そうですね、あんたはそういう人ですよね!」
今年のスピナシアは元気いっぱいだな。いいことだ。
そんなこいつらには新しく運搬用装備として口を覆う布もつけてやろう。風魔法を付与した道具だし、少しは臭いもマシになるんじゃないかな。
◇──◇──◇──◇──◇
麓の薬店でスピナシアたちの帰りを年配の薬師とのんびり待つ。
「面白い実験をされていますね」
「うん、でもまだこれってどんな理由でそうなるのかがよく分かんない」
単純なやつほど効くのかな、これ。偽薬研究は若干滞り気味。
「リシアンさんが、それほど冒険者たちには信頼されているのでしょうね」
年配薬師の向ける微笑みには「あー……」とかくらいしか言えない。
何それ、信頼とかそんな不確かなもんで……
「そろそろ来ると思うから解体場にいってきます!」
少し、熱を持った顔を誤魔化すように日が暮れ始めた外へと出た。
やっぱり頃合いだったようで、4人が解体場にいた。
「リシアンさん、お疲れっす!」
挨拶を交わすもやっぱ近付いただけでやべぇな。
「……そこの、息してんの?」
若手薬師は小さくなって座り込んでいる。
「こんなに……こんなに過酷ならなぜ事前に教えてくれなかったんですか?」
と聞いてくるこいつには
「聞かれなかったからだし、事前に調べておかないほうが悪い」
と言い返したら完全に沈黙した。
「お疲れ。たぶん今日はどこの店も入れてくれないだろうし、今年はこれもやるわ」
一本の酒瓶をスピナシアに渡そうとするも
「「「まさかジリュウとか入れてないでしょうね?!」」」
こっちもまさかだよ。何の確認してんだ。
「バッカじゃねぇの、お前ら?!そんなことするわけないじゃん!」
遅れてやって来た年配の薬師が、若手のを介抱しながらもこの様子を眺めていたことにはしばらく気が付かなかった。




