春編12話「ハニートラップ」
「モンテディオス王家の第一王女がヤバい」
突然に、こう言い始めた叔父上が「この人また変なこと言い始めたな」で流されなかったのはそれまでの実績があるからだった。
「うちの!!可愛いセイたんとルイたんを見るあの目ったら見た?!絶っっっっっ対、ロクでもないこと考えてるよ……貞操の危機と言っても過言ではない」
貞操の危機って、私たちはか弱き乙女ではないんですが。
あと私たちはもう成人しています。婚約者候補はすでにいますし、それに隣国の第一王女が追加されても別に不自然ではありません。
「ルミちゃん!ちょっとモンテディオス王国に潜入して情報を集めてきてくんない?」
「かしこまりました」
ちょっと待て。当然のように私付きの王家の影であるルミスを使おうとするな。ルミスも何で即答した?
「あれは獲物を狙う目でした。潜入ルートが確定次第、すぐにでも」
獲物を狙う目。
隣にいる兄上と目を合わせて、頷く。ルミスもこう言っているし、何より叔父上が止まらないことを私たちは知っている。
「何事もなければそれでいい」と思った私たちに、想定外の結果がもたらされるのは数ヶ月後の話。
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「あら?貴女も来た……の?」
姉王女が少しの動揺を見せて、そう声を掛けてくる。
「えぇ、グラティア王国の皆様のお出迎えですもの」
取り澄ました声を出す。……今回の訪問は隣国、グラティア王国の王太子妃か王子妃への打診であろうと言われている。
この、姉王女に負けてはいられない。何としてでも私はこの国を出たい。
「グラティア王国よりギンケイ・グランティス王弟殿下、ルイシン・グランティス王子殿下のご到着です」
モンテディオス王国の兵たちは頭を下げ、私たち王族はじっとその扉が開くのを待つ。
二人の白銀と黄金の髪は対照的で美しく、それぞれ深い青と紫色の瞳がこちらを射抜く。
初めて見る隣国の王族にしばし見惚れて動きが一拍遅れてしまった。
挨拶も早々に、姉王女について語る陛下のお言葉をギンケイ王弟殿下はのらりくらりと躱している。
「あぁ、こちらの姫君は初めてお会いするね?」
パチリと目が合った私にそうお言葉をくれた。
「第二王女のエルシア=フィル・ディオラスと申します」
まじまじと私を見つめるその瞳はやさしく、なぜだろうと思う。
「エルシア=フィル?」
私の出自は他国には知られていない。存在すらほぼ伏せられているせいだ。この名の形式は今のモンテディオス王家では私だけ。
「森の民でもある母方の文化に由来しております」
国王陛下も姉王女も遮ろうとするが、何としてでも私の印象を残さねばならない。計画のためにも――……。
「森の民とは?」
二人を制するようにギンケイ王弟殿下が尋ねてくる。
「聖なる大森林に住まう民のことですわ。私の母の出自にございます!」
最後に国王陛下と短く会話をされてから、また晩餐の時にと謁見は終わった。
晩餐の席でもまた森の民についての話題は続き、特に魔を統べる者の伝承については詳しく聞かれた。
隣国の王太子妃を目指す姉王女に遅れを取るわけにはいかないもの。私は確かな手応えを感じた。
「ただ珍しがっているだけよ?グラティア王国の王女となるのは私です。邪魔をしないで」
……貴女は何も知らないくせに。いつもより姉王女の罵倒は響かなかった。ルミが、着飾ってくれたことが気持ちを強く持たせてくれた。
◇──◇──◇──◇──◇
「王女殿下、本当に決行なさるのですか?」
薄い夜着に身を包んだ私を心配そうに見つめるルミ。
「……えぇ。私は何としてでも、グラティア王国へ行かねばならないのです」
そのためなら、この身体すら惜しまない。
差し出せるものはこれしかないから。グラティア王国の文化なら、きっと一夜をともにすれば私のことを受け入れざるを得ないはず。
「大丈夫ですよ、悪い事にはなりません」
私の緊張で冷えた手を握りながら、ルミはそっと一本の鍵を渡して来た。
前から頼んでいたとはいえ、この手際のよさには驚かされる。
「……本当にこちらの鍵でよかったのですか?」
普段は淡々としているルミが不思議そうに呟く。
「えぇ。お会いして確信したわ。この方なら大丈夫だと思うの」
「……今なら、誰も見張りはおりません。お帰りをお待ちしております」
いつもと同じように頭を下げるルミに平常心を取り戻す。
夜の廊下はまだ薄い夜着だと肌寒く、気持ち駆け足で向かった。
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「エルシアちゃんのこと、どう思う?」
「他国の王女殿下をちゃん付けで呼ぶのはやめてください、叔父上」
相変わらず、叔父上がいると空気が締まらないなと思う。
「いや、真面目な話……モンテディオス王家の第二王女って今回が初めて表に出たよね?」
「……側妃の御子ですからね、そういうこともあるんじゃないですか?」
特に森の民という少数民族の母だという出自だし、特に不思議ではない。
「報告は受けているだろう?モンテディオス王国の虐げられた姫君についての。虐げられてるわりにあの子、ガッツがあるよね!」
何らかの計画を持って、グラティア王国に移住しようとしていることは判明している。
ただ、彼女が何を計画しているかまでは心許した侍女にも語っていない。
「いやー……気になるじゃないか。森の民だとか何より、彼女のあの髪の色ったら」
「あぁ、珍しい色ですよね」
晩餐の薄暗い席で見た彼女は落ち着いた茶色の髪をしていた。昼に見た彼女は……光が当たると金色にも見える琥珀の髪色だった。それは自分たちも知る彼によく似ている。
「上手く行けば魔王伯のルーツも分かるんじゃないかなっていうね?興味深くないかい?」
「魔王伯呼びはリシアンからやめろと言われているでしょう……。この間もそれで苦情の手紙が届いたばかりじゃないですか」
懲りない叔父上に呆れはするものの、後天的なリシアンの精霊言語を操る特殊能力。それがもしも森の民と関係があるものだとしたら?
好奇心が疼く。その時
カチッ
小さく金属が触れる音がした。さっと部屋の奥に隠れるよう手で指示されたのに従う。
極力、音を立てぬよう扉を開けて入ってきたのはまだあどけなさの残る第二王女エルシア殿下だった。
「ギンケイ王弟殿下……私の一夜の願い、聞き届けてくださいませ……」
静々と薄い夜着の少女が跪く。
「ハニトラが……キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」
「馬鹿なこと言ってんじゃないんですよ!」
「場所とお相手を考えて喋ってください」
同時に叔父上への突っ込みが炸裂した。
突如現れた、私と王家の影でもあるルミスに目を白黒させているエルシア第二王女殿下。
「あの……?」
しまった、戸惑っている。
「あぁ、すまないね!ついテンションが上がって。ルイたんには刺激が強いからまずはこれを羽織ろうか?」
ルミスが慣れた手付きで上着を羽織らせている。
「刺激が強いって俺も子どもじゃあないんですけどね……」
「ルイたんにはっ!まだ早いから!!」
とりあえず今はそういう事を言ってる場合じゃあないんだよ!
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言い合うグラティア王国のお二方を呆然としながら見ることしか出来ない。
なぜ今夜、私がギンケイ王弟殿下の部屋を訪れることは知られていたの……?
カタカタと抑えようとしても、恐怖で身体は震える。
「怯えないで、姫君。私たちは君の味方だと思う……が、まずはなぜ我々の国に来たいのかその真意と計画を教えてはくれないか?交渉はそこからだよ」
「なぜ……」
口に出すと、不利になるとは分かっていてもそう零れ落ちた。
「なぜって君も気が付いているだろうに?先程は自然に羽織ってくれたじゃないか?」
自然な手付きで上着を羽織らせた青年の顔を見る。これといった特徴のない、見知らぬ人だ。
「気が付かれるほどの失態はしておりません」
その淡々とした喋り方だけは、知っている。
「そっか……ルミちゃん、化粧映えするタイプだもんな。ほいっと」
見慣れた、侍女と同じ栗色の髪をした鬘を被ったその様子で確信となる。
「ルミ?貴女……いえ、貴方は……?」
ぐるぐると考えが追い付かず、間諜がなぜ私のもとに?どうやってモンテディオス王国の侍女へ……私は男性にお世話……あまりの出来事に混乱して気が遠くなる。
最後に威勢よくルイシン王子殿下が王弟殿下に向かって何か言っている声が、微かに聞こえた。




