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転生憑依してきたコにアイドルやってもらってます  作者: 蘭芳琳楠


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第一楽章 Act1 to Act3

事故で負傷した青年は勤め先の社長から、アイドルグループ立ち上げプロジェクトの責任者を任命される。

不思議な少女の助けを受け、彼の挑戦がはじまった!


当作品では現実に存在する固有名詞を極力さけるようにしています。

YouTube=WeWatch

X=EX

Line=Link

といった変更を施しております。ご了承ください。



Act1:「うわぁっ!」


「お伝えしておりますように、大型で強い勢力の台風10号は本未明に神奈川県に上陸したあと、ゆっくりと北上を続けており、関東地方に強い雨と風をもたらしています。このあとも百年に一度の大雨による河川の増水、山崩れなどに充分ご注意ください。このあと台風関連のニュースは午後8時55分よりお伝えいたします」




「あわわ。こりゃムリだ」

 神楽吉法(かぐらよしのり)はダンプトラックの速度を落とした。ハザードを点け、左に寄せるが、雨の強さはワイパーを無力化していて前が見えない。そのまま停止させるが国道は川のようになっていて、充分左に寄せることができたのかもわからなかった。

「これはヤバいぞ……」

 自分の甘い見込みを呪いながら、とりあえず情報収集しようとスマホを取り出し雨の情報を追った。

 画面ではこのあと夜明け近くまで降り続くことになっている。

「マジか。動けないぞ」

 時刻は夜の8時。勤め先の清正(せいしょう)建設の資材置き場へはあと5キロほどだ。なんとか、ダンプトラックを規定の置き場に戻すことを考えているが、とにかく雨量が多すぎる。

 溜息のあと、考えをまとめた。

少し待てば、雨が落ち着くかもしれない。

 ダンプを止めたまま、ネットにアクセスする。動画共有プラットフォームの「WeWatch」を開く。

 吉法の唯一の趣味といっていいのが女性アイドルの推し活だった。中でも最近、気になっているのはデビューしたばかりのアイドルグループ『スマイルチャンス』。

 7人いるメンバーの中にあって、一番目立っていると注目していたのが赤色のキャラクターカラーを持つあすちぃこと、春日(かすが)明日香(あすか)だった。

 彼女の動画を漁っては、そのダンスや歌唱に見入る。それが吉法の日常になっていた。機会があれば「現場」にも足を運びたいと思っていたが、今は仕事に慣れるのが精いっぱいだ。

「あすちぃスマイルでも見て時間をつぶすとするか」

 だが、風雨のせいか電波状態が悪く、動画も不安定で落ち着かない。

 そしてキャビンの屋根をたたく雨の勢いは衰えず、スマホの音量を最大にしても聞こえにくい。

これでは動画に集中できない。

 再びスマホをタップして短文SNSの「RX」を開く。周囲で豪雨について投稿しているものを探すが、雨がひどいから外出は控えたほうがいいという投稿ばかりで役に立たない。

「くっそ。こんな時、どうすればいいんだ?」

 自分に問うてみるが、答えは見つからない。

 いつも面倒を見てくれている社長や、現場監督の小川さんに助けを求めようかとも思ったが、なんだか気が退ける。

 雨脚は衰えを知らず、ウィンドウを滝のように流れる雨のせいで外の様子はうかがい知れないが、不安が徐々にあたまをもたげてきて、居ても立っても居られなくなってくる。

 吉法は冷静になろうと生唾を飲み込んで、再びスマホの画面に視線を落としたその時、丈夫なダンプトラックの車体に振動が伝わってきた。

「え?」

 低い振動音があっという間に大きなうねりとなって吉法の乗る10トンのダンプトラックを包んだ。

「わあ!」

 トラックが動き出したのを感じて、吉法が悲鳴をあげた。

 動き出したのはトラックではなく、トラックを乗せた地面だった。

「た、たすけ……」

 悲鳴は土砂崩れの轟音にかき消された。




「う、うぐ」

 ダンプトラックを乗せた国道の路面が山の斜面ごと何メートルか崩れ落ちて、下を流れる多摩川の支流にまで流された。

 シートベルトをしていた上、横転は免れたので、なんとか冷静を保てた。

「じ、地滑りで落ちたのか」

 真っ暗な中、窓ガラスが割れ、雨と土砂が助手席側から入り込んでくる。脱出しなくては。

轟々と音がする中、スマホを探した。すでにびしょ濡れだったが、幸運なことにスマホにスパムメールが着信し、画面が明るくなったので、足元に落ちていることに気づく。

 その明かりを頼りに、とにかく脱出しようと試みる。右ドアは土砂に埋もれていなかったから開くことができた。

 そのまま車外に出るが軟泥に踏み出してしまい、逆に足を取られて立ち往生してしまう。

「あ、ああ」

 自分ではどうしようもないことに気づいて、吉法は恐怖に駆られた。

 このまま立ち往生していれば、状況は悪化の一途だ。はやく脱出しなければ。

 背後で10トンのダンプトラックが傾きはじめた。

「うわぁっ!」

 恐怖が全身を凍りつかせる。

 泥と降りしきる雨の間で、スマホの明かり以外に頼るものがない状況に吉法は死の匂いをかいだ。

 しかし。

 その時、何かの気配を感じた。

 さっきまでいた国道の高さに目をやる。

 ネコだ。

 白いネコがいた。

 この雨だというのに、そのネコはこちらを見ていた。

「な。なんで?」

 不思議と生存への衝動が湧いてくる。

「くっそ!」

 叫びながら、今滑り落ちてきた斜面の上を目指す、木の枝や蔓をやみくもにつかむと、それに体重を預け、どこをどう通ったのかわからないまま、気が付くと、崩れた国道のアスファルトの上に転がり出ていた。

 履いていたスニーカーは両方とも失くし、会社の作業着は泥に塗れていた。それに今更ながら、掛けていたメガネをなくしていることに気づく。

「た、助かったのか?」

 命が保全できたことを喜ぶ間もなく、吉法は会社の資産であるダンプトラックを思い出した。

 今、這い上がってきた斜面の下3メートルほどのところに、トラックがあるはずだが、真っ暗で何も見えない。

「ちょ、ちょお。ど、どうするんだよ、これ」

 アスファルトの揺るぎない場所からは下の様子はわからないが、トラックを回収するにはかなり大型のクレーンが必要だ。

 吉法の脳内は会社での処分がどうなるのか、弁償するとしたらいくらくらい必要なのかといった、どうでもよい思索の嵐が吹き荒れていた。

「あぶない」

 その時、声が聞こえた。

 いや、声が聞こえた気がした。

 咄嗟にその場を離れ、降りしきる雨の中を走りだした。

 振り返ると国道の法面からの不気味な音に気づく。

 崩れる。

 さっき立っていた場所があっという間に崩落した。

「あぅ……」

 降りしきる雨の中、スマホのライトの細い光の先には、さっきまで道路だった場所が黒い口を開けていた。

 あのまま、あそこに残っていれば命などなかったろう。

 低い地響きを耳にしながら、土砂降りの雨の中、スマホの光を頼りに崩落現場から離れようとする。

 吉法はその場でとにかく救助を要請したいと考えたが、通行する車もない。電灯がある場所まで行ってとりあえず電話もかけてみたが、つながらないではどうしようもなかった。

 仕方なく雨だけでもしのげる場所はないかとあたりにスマホをかざすが、どこにもない。

 立ち尽くしていると、次の土石流が轟音とともにやってきた。

 今度は道路の法面よりも高い部分からの大量の土砂が、巨大な濁流となってさっきの崩落現場に流れ込んでいった。

「あ」

 スマホの小さな光が木々までも運ぶ巨大な土砂の濁流の中に、巨大なシルエットを浮かび上がらせた。

それは神社の鳥居だった。

 そうだ。ここは日神(ひかみ)神社のある昇天山(しょうてんやま)だ。古くからある神社で、ここに住む者以外には知られていないが、地元のヒトなら誰でも知っている地元のシンボルのひとつだ。

 吉法も子供のころにやってきた記憶があったが、仕事に就くようになってからは毎日通るというのに、特に意識したことはなかった。

 しかし鳥居が流されるほどの山崩れだ。境内も大きな被害になっているのかもしれない。

 なぜか、避難することも忘れて、鳥居を流した濁流にスマホの明かりをかざしたまま、一歩、二歩と近づいてみる。

 古い木造りの鳥居だった部材が、たしかに押し流されて無残な姿を晒しているのはわかる。

「ん?」

 その鳥居に白いモノが見えた。

 この雨の中だから、はっきりとはわからなかったが、それは小さな生き物に見えた。

「さっきのネコか」

 土砂から斜めに突き出した鳥居の部材の先端に、たしかに白い生き物がいた。

 この土砂崩れの中、白いままでいられることに疑念を抱く間もなく、吉法は一歩前に出た。

「ね、ネコちゃん、こっちだ。こっちへこい!」

 スマホのライトしか光源がないから、それがネコなのかどうかもわからなかったが、逃げ遅れたのなら助けなくてはならない。

 吉法から恐怖の概念は遠のき、ネコを助けたい衝動のみが沸き起こった。

 土石流から飛び出した木の枝がアスファルトの上に転がっている。葉をつけたままの生木でそれなりの重さがあったが、それをものともせず拾い上げると、ネコにむかって差し出した。

 足元のアスファルトを流れる水が泥水から軟泥にかわる。急がなければ、自分も危うい。

「これだ。これを渡って、こっちへ来い!」

 叫ぶ吉法を見止めたネコだったが、恐怖に身がすくむのか、動こうとはしない。

「さ、こっちだ、こっちへ! 来るんだ、子猫ちゃん!」

 手招きする吉法を見て、白いネコがようやく立ち上がったかと思うと、吉法の差し出した枝の先に飛び乗った。

「そうだ! そのまま、こっちへ来い」

 その時、吉法のいる場所に土砂が流れ込んだ。

「うわぁっ!」

 足を取られ転倒した吉法の左足には太い木の根が絡んでいた。それがものすごい勢いで、吉法を死の淵へ引き込もうとする。

「あ、足が!」

 激痛が走る。

神楽吉法は悟った。差し出した枝にいるネコだけでも安全な場所へ。

力任せに木の枝ごとネコを振り放った。

 枝は雨をついて宙を舞った。

その時、落雷なのか、白い光を見た。その白くまばゆい光の中にあるあのネコを見た。

ネコは神々しい姿のもっと気高い何かのように見えた。

 激しい泥の圧に身動きできなくなった吉法は死を意識したが、不思議と恐怖は感じない。

「……よかった。あのネコちゃん、助かった……」



Act2:「ええっ?」


後遺障害診断書

氏名:神楽吉法

住所:東京都日上(ひのかみ)市中新庄2丁目5番10-302号

生年月日:2002年9月4日

職業:会社員

受傷日時:2024年8月22日午後8時15分

当院入院期間:2024年8月22日~11月30日

当院通院期間:2024年12月1日~2025年8月31日

症状固定日:2025年8月31日

傷病名:右脛骨および腓骨骨折、右足腓腹筋およびヒラメ筋断裂

他覚症状および検査結果:左足首可動範囲狭窄による左足運動障害。通常歩行に著しい支障をきたす。




「よいしょ。こらしょ」

その声に目覚める。夢か。

事故から1年を経て、懸命なリハビリを経ても吉法の左足は完治しなかった。

しかし、あの濁流に吞まれながら命拾いしたことに感謝するつもりでいたが、この診断書を前にしては、眠れぬ夜を過ごすのも当然のことだった。

秋を感じるにはまだ早い9月初旬の朝5時。外は白み始めている。

 労災適用とはいえ、一年も働いていないからエアコンを点けっぱなしにすることには気が退けて窓は全開放にしていたが、やや強い風が白いカーテンを揺らしている。カーテンを閉めよう。

「うんしょっと」

 声がした。そうだ。窓の外から声がする。これは夢じゃない。

 吉法はベッドの脇に置いている松葉づえを見た。

 これがなければ、窓際まで行くこともできない身体になってしまったこと。

あの日の自分を悔いていないわけではない。しかし、だからといって自分を責めても仕方のないことだと頭ではわかっていた。

だが、それでもやるせない気持ちを感じない時間はない。

「カーテン閉めなきゃ」

 一気に湧いてくる複雑な感情を制して杖を取る。一歩踏み出したところでヒトの気配に気づいた。

「え?」

「うんしょ、よいしょ」

 窓枠に白い手が見えた。

「え?」

 女性が窓枠から入ってこようとしている。

「ええっ?」

「よっこいしょっと」

 都立日上(ひのかみ)高校の制服を着た女生徒が窓枠を乗り越えて入ってきた。白いスニーカーは窓枠を越えるとき、器用に脱いだ。

「え? だ、だれ?」

「はじめましてじゃ! わらわは白石(しらいし)美奈子(みなこ)という者じゃが、それは仮の姿」

 唐突に敬礼してみせる少女に面食らいながら、吉法はベッドの脇に腰が抜けて座り込み、少女を見上げた。

「あ、あの。どちら様で」

「わらわは天照大神(アマテラスオオミカミ)

「は? はいぃ?」




「あのね。ここ、ボクの家なんだけど……」

 少女は悪びれた様子もなく、無断でパソコン用に置いていた机から椅子を引き出して座った。

「知っておる」

「し、知って? 知ってるなら無断で入ってこないでくれる? そ、それに」

 そこまで言ってハタと気づく。

「こ、ここ、三階だよ。ど、どうやって」

「まあ、細かいことは気にするでない」

「き、気にするわ」

 少女は長い髪に手を回した。

「よいではないか。デティールにこだわってばかりいると、マクロ的視点を失うぞ」

 古風な言い回しだが、現代語を挟んでくるのが鼻につく。

「で、何の用だよ、キミ」

 腹立たしくなって、強めの言い方をしてしまう。すると少女は眉を寄せて悲しげな表情をした。

「あ、ああ。ご、ごめん。あのさ……」

「わらわは謝りに来たのじゃ」

「あや? あやまる?」

「そうじゃ。一年前の台風の夜、オマエを巻き込んでしまったからのぅ」

「な、なんだって?」

 少女は右手で髪の毛をくるくると巻きながら申し訳なさげに微笑んだ。

「あの夜、わらわは神通力により、山肌を削ってオマエたちに警告を与えたつもりじゃった。しかし、まさかオマエがあの場所にいて、しかもわらわを助けようとするなど、ゆめゆめ思わなんだのじゃ」

 なぜ、あの夜の事故のことを知っているのだろうか。

「それでオマエに謝ろうというわけじゃ」

 新聞にも載ったから、この小さな町では知っている者も多い。その情報を穿(ほじく)り出して、ここにやってくる者がいる可能性はわずかではあるが、ないとは言えない。

「あー。わらわはその手の輩ではないぞよ」

 声に出していないことに答えるのが不気味だ。

 このコはもしかすると、何か患っているのかもしれない。吉法は枕元に置いていたスマホからしかるべき場所に連絡しようかと思いついた。

「心配するでない。わらわはいたって健康そのもの。精神的にも安定しておる」

 見透かされているのか。なんとも不思議な子だが、この部屋に若い女性を入れたままにしておけないと考えた吉法は、どうにか彼女を追い出そうと考えた。

「と、とにかく、ここはボクの部屋なんで、そのつまり、女子高生を部屋に出入りさせてたなんてバレたら、ろくなことがないんで」

「おう。だから気を使って出入口を使わずに来てやったんじゃぞ」

 カーテンが揺れている。

「わ、わかったよ。で。で、何の用だっけ」

「うぬ。謝罪じゃ。謝罪に来たのじゃ」

「わ、わかった。じゃあ、その謝罪とやらを受け入れるよ。それが済んだら、さっさと出て行ってくれよな」

 少女はまたしても悲しい顔をする。

 その眉間のシワに、吉法は気おくれしてしまう。

「と、とりあえず、お茶くらいなら出すからさ」

「ともかくじゃ」

 少女は肌の色が白く、澄んだきれいな目をしていた。髪の毛は長く、腰まであるようだが、清潔そうでよく似合っている。しかし、どこか人間離れしたような不思議な気配を身に纏っていた。

「ともかく」

 そこまで言うと不意に立ち上がり、ベッドに腰かけた吉法に近づくと顔を覗き込んだ。

「ちょ、ちょ。近いって」

「ともかく、わらわは謝らねばならんのじゃ」

「な、なんで?」

「わらわは」

 少女は背を伸ばすと、窓の外を指さした。

「昇天山の上にある神社の主じゃ」

 地主か? いや、いくらなんでもこの高校生が地滑りの賠償責任を負う立場とは思えない。

「あ、あのね」

 少女は侮辱と受け取って、怒りに任せてまた顔を近づけた。そして吉法の眼前に人差し指を突き立てた。

「わらわは神じゃ」

「そ、それ、漫才のネタじゃね?」

「バカにするでない。わらわはこの国にあって、最初にして最古の最高次元の神とされる偉大なる天照大神であーる」

「す、すごい方のようですけど、どうみても日上高校の生徒さんですよね」

「そりゃ白石美奈子に憑依しておるからの」

「ひょ、憑依?」

 ぶっとんだ設定に吉法の声が裏返った。

「そうじゃて。わらわは古い神ゆえに、信仰による霊力の蓄積に自信があった。しかし、その霊力のすべてを使って天変地異を起こしてやろうと考えるほど怒るようなできごとがあったのじゃて」

「な、なにをおっしゃっておられるのかわかりません」

 松葉杖を頼りに立ち上がると、窓ではなく、ワンルームの玄関を指し示した。

「お茶したら、さっさと帰っていただけますか」

 松葉杖を使って冷蔵庫まで行くと、ペットボトルのお茶を取り出し、コップに注ごうとしてこの家には自分用のグラスしかないことに気づく。

 しかたなく、2リットルのペットボトルごと彼女に差し出した。この動作すら、不自由な右足では一苦労してしまうが、今は苦にしている場合ではない。

「無礼ですが、神様。どうかこのままお飲みください。あ、半分減ってますが、口を点けて飲んだわけではないので大丈夫です」

「衛生観念についてはわらわに懸念はない」

 なんだか知らないが、この言い回しがいちいち腹立たしい。

「と、とにかく白石さんでしたっけ? 謝罪は受け入れました。お茶飲んだら、お引き取りください」

「あ、いや。オマエはなかなかストイックなようじゃが、神が謝罪するときのルールを知らんのか?」

「ルール?」

「そうじゃ。高次の神がこうしてお出まししてまで謝っておるのじゃ。お決まりの条件提示がするのが定番じゃて」

「じょ、条件提示って?」

「そうじゃ。願いをかなえてやることで、落とし前をつけるということじゃ」

 願い。もしも願いが叶うなら、それはこの左足を元通りにすることに決まっている。

「さ、願いを言うてみるがよい。叶えてしんぜよう。あ、だがしかし。すまぬな。残念じゃが、わらわはその足を治癒させる霊力は持ち合わせておらぬ」

「え? ええー。神でしょ。最高次元の神なんでしょ。なんとかしてくださいよ」

「すまぬ。バイオロジカルな方面にわらわの霊力は働かないのじゃ」

「なんだよ。そもそもあの地滑りを起こしたのが自分なんでしょ。それほどの能力がありながら、こんな足ひとつ治せないんですか」

「じゃから。霊力にも方向性があってだな。八百万神(やおよろずがみ)のすべてが同じ能力なわけなかろうが」

「なになに? 神様にもタイプや仕様があるということですか。ああ、そうですか」

「そうじゃ。理解が早いのう。神がすべてフェラーリではないということじゃ。BMもおればベンツもおるが、軽四貨物や自動二輪の神もおるのよ」

 例えがいちいち鬱陶しいが、言わんとしていることはわかった。

「だったら、何がおできになるんですかね」

 嫌味交じりに言ってみる。

「わらわの方向性はコミュニケーション系じゃ。ブロックチェーンを駆使しての複数ノードによる……」

「あー、もう! わかりましたよ」

 すっかり相手のペースにはまり、さも現実のことのように受け答えしてしまったが、彼女は若い年代に特有の幻想を見ているのだろう。いわゆる厨二なんとかというヤツだ。

 まともに受け答えしてしまったことが恥ずかしくなって、話の方向を変えようとする。

「そもそも何に怒って、地滑りを起こしたんですか」

「リゾート開発じゃ」

 なんか安物のオカルト映画みたいな話になってきたぞ。

「そ、それで?」

「昇天山を削って、リゾートホテルとゴルフ場を開発する話があってじゃの。わらわに何の奉告、あ、まちがえるなよ、報告ではないぞよ。字はこっちを書くのじゃ」

左の手のひらに右手で文字を書いて見せる。

「奉告なく、計画を進めおったんじゃて」

「それはそれは」

 一応建設会社の従業員だ。人口10万人の小さな町ゆえ、市内最大の建設会社に勤めていれば、大規模開発の話を知らないわけはない。

 だから、彼女が言っているのは市内最大の不動産会社であり、市商工会議所会頭が経営する黒沢不動産による開発計画のことで、それが事実なのは認めなくてはならないようだ。

「あのハゲ頭が無理な開発をしようとするので、わらわは懲らしめてやろうと思ったのじゃ。しかしの」

 少女は眉間にシワを寄せて悲しい顔をした。

「この偉大な神であるはずのわらわでさえ、人々の崇拝による霊力の増強に陰りが見える中、全霊力を注いでの抗議の印じゃったが、台風の理力を使ったとはいえ、いささか制御の効かないものとなってしまい、それでおぬしにひどい仕打ちをしてしまったのじゃ。許してたもれ」

「神様の力って、ヒトの崇拝がエネルギー源なの?」

 ヘンなところに興味が湧いてしまう。

「あたりまえじゃ。神などという存在はそもそもヒトの心、つまり思念が生み出すものじゃ。ほれ。お主たちは今でも神曲だの、神ゲーなんだのと言っては新たな神を生み出しておるではないか」

「えー。神曲も神様なんですか」

「さすがに規模が小さいがの。そういったものは特定の者の崇拝しか集め得ぬから、大きな力にはなり得ぬのじゃが」

 まあ、もっともらしい話だが、彼女の夢物語にこれ以上つきあう必要はない。

 そう考えて吉法は彼女に麦茶を勧め、とっとと帰ってもらうように急かす。

「ま、お話の趣旨は理解したよ。とにかく、あの日の災害はキミのせいだったんだね。それで謝罪に来たと」

「そうじゃて。では望みを告げよ」

「望み?」

「そうじゃ。ひとつだけじゃぞ。わらわがそなたへの乱暴を詫び、その代償としてひとつだけ、望みを叶えてつかわす。それが神の謝罪のルールじゃ」

「あら、そうですか」

 真面目に受け止めていたらきりがない。

「さあ。ボクね。今日、用事があるんですよ。会社行かなきゃいけないの。そろそろお引き取りください」

「望みを告げよ」

「あー。わかりました。それじゃ、ボクになんかあったときは助けてください。それでいいでしょ」

「あいわかった。ではキーワードを口にするのじゃ。さすれば、わらわはたちどころに貴殿の望みを叶えてつかわす」

「キーワード? あ、わかりました。テクマクマヤコンですか? エコエコアザラクですか?」

「それは貴殿が決めるがよい」

「あー、なるほど。じゃあ。そうだなあ。『来てー』とか、『助けてー』とかかな。あ、いや『力を貸してください』にしときます」

 冗談めかして口にしたが、彼女は至極真っ当に受け止めたようだ。

「うけたまわった」

 少女がおもむろに立ち上がると、身をひるがえした。

「ではの」

「あ、ちょ、ちょっと!」

 開けっ放しの窓を彼女が乗り越える。

「よっこいしょ」

 短めのスカートの裾を気にしながら揃えてあったスニーカーを履くと、ゆっくりと降りて行った。


「なんだ、今のは」

 再び気になって松葉杖を使って窓際に立ち、下をのぞいたが、彼女の姿は建物の壁面にはもうなかった。



Act3:「力を貸してください」


辞令

神楽 吉法 殿


2026年7月1日付けをもって

新設する芸能部企画開発部長に任命する。


2026年7月1日

株式会社清正建設

代表取締役 鈴岡 正




「ま、座ってくれ」

 鈴岡正(すずおかただし)社長は銀縁メガネを直すと社長室の机を離れ、応接間に吉法を案内した。

 事故から2年が経過していた。

今の彼も松葉づえを手放せないが、不自由になった左足をかばいながらも歩くことには支障がないまでに回復していたが、社長に気を使わせまいと、大げさなほど足取りをしっかりしたものにした。

 それでも招き入れた社長は言った。

「あれから丸2年近く。こんなことになってしまって、本当に申し訳なく思っている」

 吉法の着席を待って一度座った社長は立ち上がると深々と頭をさげた。

「い、いや。事故の責任はボクにあります」

「何度も言うがそんなことはない。あの雨の中、次の日も雨で現場が回る可能性が低いのに、それでも規則にしたがってダンプを戻しておこうとした神楽くんの考えは会社員としては正しかった。しかし、危険を冒す必要はないと伝える責任は会社と、このワシにあった」

 建築学部を卒業して、大手ゼネコンに就職したかった。しかし、採用されたのは、大手とはいえない総合建築業の会社だった。

 夢は橋を架けること。一級建築士になって、その夢を叶えるつもりが、配属された先は現場管理。理想と現実の間に取り残されて、吉法の東京での就業は一年で終わってしまっていた。

「そ、そんな」

 そんな彼を採用し、事故のあとも手厚く面倒を見てくれているのがこの会社だ。

「しかも、取返しのつかない身体にしてしまい、思うように現場復帰も叶わぬこととなってしまい、申し訳ないという言葉では済まないほどの苦難を与えてしまったことは痛恨の極みなんだ」

 社長に呼び出されたのは、解雇の通知だと思っていた。

 建設会社の社員として、この足のまま現場に復帰することは叶わないだろうと考えていたからだ。

 しかし。

「今日まで積算補助の仕事で、まあ、やりたくもないモノを引き受けて肩身の狭い思いをしていたと思う」

「く、クビ。あ、いや解雇じゃないんですか」

 社長に(じか)に呼ばれたのは社員契約の解除だ。そう決めつけていた吉法に、鈴岡社長は大きく掌を左右に振った。

「んなわけあるか」

 社長が真顔になったが、すぐにいつものあの優しい笑顔に戻った。

「そこで、この辞令というわけだ」

 社長室にはこれまでに手掛けてきた工事の竣工を記念して、作業に携わった人たちと完成物の前で撮った記念写真がいくつもきれいに装丁されて額に収まっている。

 しかしその端に一枚だけ雰囲気のちがうポスターが貼ってあった。

 社長はおもむろに立ち上がると、ポスターまで進む。そこで満面の笑みで、吉法を見返した。

「これじゃ」

 そのポスターは社長が好きだといったアイドルグループ『スマイルチャンス』のメンバーが勢ぞろいしているものだった。

 それは同じアイドルヲタクとして、吉法がプレゼントしたものだった。

社長は若いころ、ピーチレディから始まって、松永聖子、中道明菜と並みいるアイドルを応援してきたと豪語して、ある日、飲み会の席で末端に座っている吉法に話しかけてきたのだ。

「キミ、そのキーホルダー」

腰に下げていたキーホルダーはスマイルチャンスの人気メンバーである、あすちぃこと、春日明日香のアクリルだった。

アイドル好きと知った社長はにこやかに語った。

「かわいいコだな。わしにも教えてほしい」

 それがきっかけで、社長はスマイルチャンスにハマることになる。

 しかし、それがこの『芸能部』というのにつながるとはとても思えなかった。

「しゃ、社長。ボクになにをしろと」

「うん」

 再びメガネを直す。

「実はこれなんだよ」

センターテーブルの底板から分厚い書類を挟んだファイルを取り出すと、鈴岡社長はにっこり笑った。

「え?」

 ラベルプリンターの印字したシールには『社外秘:日上市ご当地アイドル創設事業』と書かれていた。

「こ、これは?」

 社長が再び立ち上がる。

「この町は東京の北西部に位置し、風光明媚ではあるものの、これといった産業もなく、かといってにぎわうほどの観光資源もない、なんとも中途半端な地方都市だ。年一回のマラソン大会くらいしか知名度はないから、東京とは名ばかりで、悪口でいうなら陸の孤島やら、東京過疎地帯とか、まあ、いろいろ言われとる」

「それでご当地アイドル……ですか」

「そうだ」

 吉法の脳裏にこの計画が無謀なものだとの印象が沸き起こった。

 ご当地アイドルなら、今や全国に存在している。そのほとんどが町おこしや地方創生の名のもとに消費されているが、実際にそれが収益的に成功していると思える例はないことを知っていたからだ。

「そこでじゃ。おらが町のアイドルを立ち上げることとなったんだよ」

「そ、それを……。このボクに」

「そうだ」

 社長は自慢げに鼻を鳴らした。

「計画そのものは市役所内でくすぶっていたんだが、予算がつかずに頓挫していたらしい。それが、半年ほど前に商工会の寄り合いで偶然となりに座ったのが産業振興課の課長でね」

「そ、それでうちが。清正建設が請け負うことになったんですか」

「そうだよ。まあ、わしの発案ではあるんだがな。あ、もちろん市長にも根回しの上で、あくまで私企業の事業を市が後援する形にしたんだが、助成金も出るよう議会に働きかけさせた」

 鈴岡社長は嘘が下手なヒトだと感じた。

 すべては足の機能を損ねた自分がここで居場所を喪うことを避けるために用意されたのだろう。

 それも本業ではなく、建築以外の唯一の自分の得意分野であるアイドル熱を利用できるようにと配慮してくれたに違いない。

 胸の内に熱いものがこみあげてきて、吉法は社長を見上げた。

「これをボクに」

「そうだ。神楽くん。この事業を引き受けたのは、キミがまっさきに目に浮かんだからだよ」

鈴岡社長の目には優しさと温かみがあふれていた。

「いいんですか」

 社長は静かにほほ笑んだ。

「もちろん」

そこまで言うと口を真一文字に結ぶ。

「だが、これは当社にとっても新事業として利益を出していかにゃならん。予算は年一千万円」

「い、一千万ですか」

 一千万円も預かるなら、たいへんな事業を任されることになる。

 ヒトの上に立って業務を進めるなど経験したこともないし、ましてやアイドル好きとはいえ、芸能関係の仕事はまったくもって未経験。

 頭の中でぐるぐるといろいろな計算が駆け巡るが、どこをどう通っても、自分には無理そうに思えた。

「一年で収益化するんだ。アイドルグループの結成へ向けて、プロジェクトをスタートさせる。デビューは来年4月の『日上市桜まつり』だ」

「え?」

 スマイルチャンスのポスターとは反対側の壁に貼られているカレンダーは12か月が一枚に表示されている。年内はあと6ヶ月。年が変わって4ヶ月。合計10ヶ月でメンバーの募集から結成、トレーニングに楽曲選定から振り付け、衣装も作成しなくてはならないし、広報も必要だし、オリジナル曲を作るとしたら作曲家の手配も必要だ。それにホームページにSNSにとやることは山ほどある。

 吉法の顔色を見てか、鈴岡社長が奥の控室に声をかけた。

「おーい、入り給え」

「失礼します」

 入ってきたのは小太りの男性と、かわいらしい女性だった。

「資材課の蔵前祥太郎(くらまえしょうたろう)です。本日付けで芸能部芸能課課長を拝命いたしました。よろしくお願いいたします」

 蔵前さんは資材課の調達担当だったからこれまでに接点はなかった。顔を知っている程度の間柄だったので、彼が選ばれた理由がわからない。

 しかも彼は課長と名乗った。自分は部長で彼の上司ということになるのか。

 吉法は勝手に動揺した。

「わたし夏野(なつの)・ティリニ・おとといいます。庶務課からの転属です」

 彼女なら知っていた。スリランカ人とのハーフでエキゾチックな顔立ちだから目立つし、彼女目当てに事務所に出入りする輩もいるほどだったから社内でも有名人だった。

「二人は芸能部設立による社内公募に応じてくれた当社きってのアイドル好き。つまりドルヲタだ」

「え? ええー」

 思わず声をあげてしまった。

 好きを職業にするのは憧れではあるが、現実的にはむつかしい側面がある。

 吉法の脳裏の冷静な部分がヒリヒリとこの危機的状況を拒否している。

「あ、あのう」

 しかしここまで気を使ってくれる社長の厚意を無にしていいはずがない。

「まあ、無理もない。いきなりの辞令じゃし、創業以来40年、建設ひとすじでやってきたわが社がこのようなチャレンジをするんだ。その重責たるや、ただ事ではあるまい」

 社長は同情してくれるが、辞退を口にする状況ではないことだけははっきりしている。額にジリジリと脂汗が浮かぶ。

「こ、困ったな」

「なあに。役所も協力してくれるし、うちもこの町じゃあ、ちっとは知れた組織だ。いざとなったら、いろいろなヒトが力を貸してくれるよ」

 社長は陽気な声で言うが、それにどれほどの困難が伴うのかを想像して足が竦む思いをした。

「と、とにかく」

 鈴岡社長と蔵前さんに夏野さん。三人が吉法の決意の表明を待っている。

 意を決した。

「よ、よろしくお願いします」

 そう言って一礼すると、社長が先陣を切って拍手をしたから、みんなが拍手をしてくれた。

 吉法は足の不自由さも忘れてその場に立つと、部下となってくれる二人に向いて深々と頭を下げた。

「と、とにかく、ぼくにどこまでできるかわかりませんが、精いっぱいやってみます。どうか、お二人もお力をお貸しください」

 そのあと、お茶とお菓子が運ばれ、和気あいあいとした雰囲気の中、これからのプロジェクトについて、そしてお互いに理想とするアイドル像について語り合う時間を持った。吉法は動揺を悟られまいと努めて明るく振舞ったが、額の脂汗は止まらなかった。

 社長が率先して語ったのは、これまでのアイドル愛好歴。

 続いて話題となったのが今、巷を席巻しているスマイルチャンスだった。

「ぼくもあすちぃのファンなんです」

 蔵前とは一致を見たが、社長は不満げな顔をする。

「わしはやっぱ黄色の天使、住道(すみのどう)楽々美(ららみ)ちゃんだよ」

「社長はキワモノ好きですね」

 あけすけない意見を放つ夏野さんに苦笑したその時、ドアをノックする音がした。

「うん? 誰か呼んでたかな」

 社長はそう言いながら、入室を許可した。

 吉法は面食らい、他の三人は唖然とした。

「どもぉ。日上高校2年の白石美奈子じゃあ。またの名を……」

「あー、あー、あー!!」

 席を立つと、右足一本で彼女のもとに駆け付けて、それ以上言わせまいとする。

 なぜだ? なぜ、やって来たんだ。

「盟約に従い、見参(つかまつ)った」

「な、なんで来たんだよぉ」

 社長たちには聞こえないよう小声で聞いた。

「キーワードをお主が発したのじゃ」

 し、しまった。忘れてた。一年も前のことですっかり記憶の彼方だったが、さっき、『力を貸してください』と言ってしまった。

 しかし、第三者に言ったことに有効性があるなんて聞いてなかったぞ。

 そう言おうとしたとき、社長が声をあげた。

「どちらさまですか?」

「あー、そのつまり、社長。このコはぼくの。えーと、そのつまり、ボクの参謀みたいな存在でして」

「参謀?」

「そ。そうなんです。日上高校の……、あ、あの。あ、アイドル研究会の方でして。アイドルについて意見をしていただこうとお呼びしたしだいなんです」

「な、なんだって。芸能部部長就任はサプライズということにしていたんだが、ま、まさか、それを予測して、このコに声を掛けていたのかね」

 まずい。いくらなんでも、飛躍がすぎる言い訳だった。

 吉法は玉の汗を吹き出しながら、苦笑いで取り繕う。

「そ、そーなんです」

「そうじゃ。わらわは盟約に従い、やってきたというわけじゃ」

「盟約?」

 社長が聞いた。

「そうじゃ。この者に呼ばれ、この者の望みを叶えにやってきたのじゃ」




引き受けたはいいものの、やることはヤマほどあるしタイヘンだあ!


第一楽章 Act4~ は3月内公開予定です。

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