第15話「城壁の内側」
城が見えた時、蓮は足を止めなかった。
止まれば、見ている。見ていれば、目立つ。旅人は城を見ない。市場を見る。飯屋を探す。蓮は視線を石畳に落としたまま、門をくぐった。
それでも、視界の端には入ってきた。
第二壁に、見慣れない紋章があった。
——予想通りだ。
感情は、そこで終わりにした。
四人で入ると目立つ。蓮とガレスが先に入り、エルヴィンとリリアは時間をずらした。合流は大通りから一本入った路地の水場だった。
落ち合った後、蓮は一言だけ言った。
「第二壁に黒崎の紋章が出ている」
ガレスが短く舌打ちした。エルヴィンは無言だった。リリアが蓮の顔を見たが、蓮は路地の奥を向いたままだった。
「宿を取る。二部屋。名前は使うな」
宿に荷物を置いてすぐ、蓮は一人で出た。
目的は一つ。フォルダの店だ。
王都に着く前、ミレヴァで仕入れた話があった。城に近い市場の外れに、金さえ払えば何でも教える情報屋がいる。城の内部に関する情報も扱っているという。
真偽は分からない。ただ、他に手がなかった。
看板のない建物だった。
扉を開けると内側に鈴がついていて、小さな音が鳴った。帳場の奥に初老の男がいた。蓮を一度見て、また帳面に目を落とした。
「何を探している」
「城の中の人間だ。ベルダという名の書記を知っているか」
男の手が止まった。一秒だけ止まって、また動いた。
「城の内部の話は高い」
「いくらだ」
「何を聞きたいかによる」
蓮は言った。
「ベルダの居場所。城の中に入る方法。この二つだ」
男は帳面を閉じた。
「銀貨五枚」
蓮は財布から出して帳場に置いた。
男が話した内容は、思っていたより具体的だった。
ベルダは東棟の三階に移されている。奥から二番目の部屋。表向きは「療養中」だが、出入りは制限されている。
城への入り方については——搬入口の西側に排水溝がある。蓋は古く、内側から厨房の床下に繋がっている。深夜零時に見張りの交代がある。その瞬間だけ、渡り廊下が空く。
「使えるかどうかは自分で確かめろ」と男は言った。「俺は知っていることを売るだけだ」
蓮は立ち上がった。
「もう一つだけ聞く。城内に黒崎に反発している人間はいるか」
男はしばらく蓮を見た。
「さあな。ただ——」
少しだけ間があった。
「ベルダはまだ生きている。それだけは確かだ」
店を出た。
その夜、蓮は搬入口から西へ二十歩の場所を確認した。
石畳がわずかに沈んでいる。鉄の縁が土に埋まりかけていた。排水溝の蓋だ。足の裏で重さを確かめて、通り過ぎた。
使える。
今夜入る。
宿に戻ると三人が部屋にいた。
「今夜、城に入る」
ガレスが顔を上げた。
「今夜か」
「長くいるほど顔を覚えられる」
エルヴィンが口を開いた。
「一人ですか」
「そうだ」
ガレスが何か言おうとした。蓮は先に言った。
「三人は宿で待て。俺が戻らなければ、翌朝撤退してくれ」
リリアが立ち上がって蓮の左目を見た。指先で瞼の縁に触れた。
「少し赤い。今夜は問題ないけど」
「ああ」
「戻ってきたら、ちゃんと診る」
蓮は短く頷いた。
部屋を出た。夜の王都に足を踏み出した。




