80 新顔の人形師
「まあそういうわけだ、なかなか面倒くさいのを抱えてしまって申し訳ないけど、人形師としての腕は間違いないからね、あれの仕事ぶりを見ていておいで。勉強になると思うよ」
「あー、うん、まあ。そうだ、あの人、ラヴィの鱗の選別をやってるって言ってたけど、本当?」
「ああ。それで大分助かってる。私も自分の仕事を受けながらラヴィの修復をするとなるとなかなか進まなくてね。お前も週末にしか帰ってこないから、あれの鱗を揃えるだけでもかなり時間がかかるところだったんだが、ルートヴィヒは鱗の善し悪しを見るだけでなくて、少し質の悪いのに手を加えて使えるようにすることまでできるからねえ」
「え、それは凄い」
ラヴィの鱗は、お化け百合の花びらを染料で染めたものを魔素で何十何百と重ね張りして厚く成形したものだ。花びら自体の質や花びらを接着するときの魔素のなじませかたでその質が左右される。ルートヴィヒはどうやら、花びらを接着させている魔素をいじることで、使えない鱗を使えるようにしているらしい。
「鱗の制作はダントスの工房でやっているんだけど、ダントス自身が全部を作るわけじゃないから、折角いい花びらが入っても台無しにしていることが多いらしい。最近じゃ、自分が鱗を作るところから始めようか、とまでルートヴィヒは言っている。そうなると、またかなり進み具合が早くなるだろうねえ」
もしかして、ラヴィの修復が早くに終わりそうなのは、ルートヴィヒが手伝うようになったからだろうか。
それを訊くと、婆ちゃんは肯定した。ルートヴィヒのおかげで、来月には鱗の数が揃うだろう、と。最初は一年はかかるのではないかときいていたのだが。
「まあ、そういうわけでな。人形師としては一流だが背景が複雑、おまけにいい性格をしている。話をするときには気をつけるんだよ」
そのとき、私の肩に乗っていたシュルがクルゥ……と鳴いた。ホリィがそれをきいて言う。
「何、あの男、姿を消してたあんたを見てたって?」
「ああ、それくらいはできるかもしれないねえ」
婆ちゃんは何でもないことのように言う。だが、シュルはククク、と抗議するように鳴いた。ホリィが通訳する。
「え、何、目つきが嫌な感じだったって?嫌な感じって何。……ああ、何かひとを分解するような目でじっとり見てた、と。分解ねえ」
「人形師なら有り得ることだね。特にシュルは見るからに人形だから、どういう作りになっているんだろうとは思うだろうから」
ククク、とシュルはまだ続けて鳴く。ホリィは面倒臭そうに反応した。
「えー、そんなことないでしょ、気のせいでしょ」
「何?」
「いや、あの男、マリちゃんが馬車に乗っていくのを喰いいるように見てたって」
婆ちゃんは、それは気のせいだろう、と言うが、私は嫌な予感がした。殺されかけた彼を治療したのはマリちゃんだ。命の恩人、なのだから、マリちゃんに対して悪感情はないと思うのだけど、喰いいるように見てた、ってのがなあ……。
「ねえ、婆ちゃん、あの人、どこに住んでるの。もしかして婆ちゃん家?」
婆ちゃんの家は基本的にはうちと同じ間取りで、一人暮らしの婆ちゃんは使っていない部屋があるはずだ。
「いいや、うちじゃないよ。どこに住んでるかは知らないが、本人の話では親戚の家に間借りさせてもらっているということだったよ。何十年ぶりに若いままの姿で戻ってきたのに、受け入れてくれる親戚がいるのかと思ったが、王宮が話をつけてくれたんだと。今でも、ここへの通いは王宮の馬車がやってるよ。もう平民の筈なのに、おかしなこともあるもんだ」
親戚……。まさかガリエス先輩の家とか?いや、先輩の話では、伯爵に降爵したときに王都の屋敷は処分した、と言っていなかったか。伯爵家としての屋敷というのは実は今なくて、先輩は週末は転移陣を使ってモノルムにある隊長の家に行っているのだとか。
夕方、マリちゃんは王宮の馬車に乗って戻ってきた。会長が迎えに来るのを待つためにマリちゃんが我が家に入るのを見届けると、マリちゃんに付き添っていた女性騎士は馬車の御者台に乗り、御者台にいた男性騎士が婆ちゃんの家の扉をノックした。ルートヴィヒがすぐと婆ちゃんの家から出てきて、辺りを見回していたが、私が自分の家の前に立って自分の方を見ているのに気がつくと、笑顔を見せた。
「今晩は。今日はこちらに来なかったですね」
「学院の宿題があったので」
「明日は来られますか。私は明日は来られないのですが、鱗の選別作業を進めてもらえると助かります」
「それは大丈夫です。やります」
「ありがとうございます」
にこやかにルートヴィヒは言い、騎士に連れられて馬車に乗っていった。そのときもシュルは姿を消して私の肩の上に乗っていたし、何だったらホリィも姿を消して私の上空で飛び回っていたのだけど、そちらをじっくりと見るということはなかった。
でも、ホリィは言った。
「あれは、こっちの存在をわかってるわね」
「え、そう?別に凝視とかしてなかったじゃない?」
「視線の配り方がね、そこにいるのはわかってるぞ、って感じだったわ。あんまり気分のいい感じではなかったわねえ」




