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81 意外な指南役

 王宮から戻ってきたマリちゃんは上機嫌だった。

「とっても筋がいいって褒められて。自分にもできることがたくさんあるってわかったの!」

「そうなんだ。貴族とかに嫌な目に遭わされたりはなかった?」

「ほかの人がいつも一緒にいてくれて、大丈夫だったよ。でもやっぱり、自分の身は自分で守れるようになっておいた方がいいって言われた」

 そこで私は思いだした。そうだ、体術の先生のこと。ジェニファに相談しないと!寮に戻ったら話そう。

 翌日はルートヴィヒが残したメモに基づき、使える鱗と素材はいいけれども加工が甘い鱗とそのどちらにも当てはまらない鱗にわけていった。婆ちゃんは自分の作業をしながら、時々私の作業ぶりを見ていた。問題はないらしい。

「鱗が揃ったら、ラヴィに移植してやらないといけないねえ。王宮からは遅くとも年末には間に合わせてくれと言われているんだが」

「年末?何かあるの?」

「さあねえ。そんなことは連中は一切言わなかったが、どうあっても間に合わせたいらしいよ」

「学校には、近々ラヴィがテッサ山脈に戻ってくるって連絡があったらしいけど」

「そりゃ、尻尾が全部戻らなくても、外を飛び回ることはできるから。本人もおかしくない程度の長さになったらちょっと遠出をしたいと言っているらしいからねえ」

 言いながら、婆ちゃんは部屋の片隅でふよふよ浮いていたホリィに目をやった。ホリィは暢気な様子で答える。

「そうよー、あの子今退屈してるのよー。神々からそんな短い尻尾で出歩くなって言われて、神々のおわす空間にいるんだけどねー」

「何で尻尾が短かったらいけないの?」

「そりゃ、鱗があの子の力の源でもあるからよ。鱗があればそれを力に換えて戦うこともできるからね」

 そんなものかと思ったが、鱗の材料からするとそれはおかしな話ではなかった。力を生み出すためのもの、というよりは少ない力を増幅するためのもの、という感じではあったが。

「シホちゃん、そろそろ戻る準備しないと」

 マリちゃんが呼びにくるまで、私はずっと鱗の選別に集中していた。完全に使える鱗だけでなく、加工が少し悪いだけの鱗も使えることになって、大分捗ったと思う。

 自宅から寮に戻り夕食を食べるために食堂に行くと、ジェニファが既に入り口で私たちを待っていた。ジェニファの目尻が少し赤くなっているのに気がついて、どうしたのかと私は訊ねた。

 ジェニファはわざとらしい笑みを浮かべた。

「ううん、何でもないの。ちょっと、この週末はいろいろあって。そっちはどうだった?マリちゃんは王宮に仕事に行っていたんでしょう?」

「そうなの!私、結構筋がいいって褒められて。このままいくと、学院を卒業した後は王宮に就職できそうなの。でも、ちょっと問題もあって」

「問題?」

 心配そうにジェニファは訊く。私は務めて明るい声で言った。

「まあ、それは食事をしながら話そう」

 ジェニファもマリちゃんも否やはない。

 いつものように配膳台で食事を受け取り、食堂の隅のテーブルにいく。

 周りの席からは少し遠いし、他の生徒も少し離れた場所に席を取っていたので誰かの耳を気にしなければならないということはなかった。

 マリちゃんはジェニファに、王宮で安心して働けるようになるために、自分の身を守る方法を身につけなければならないのだと話した。

 マリちゃんの話を引き取って私も言う。

「マリちゃんは体術を身につける必要があると思うだけど、そういうのを教えてくれる人って心当たりがなくて。ジェニファの知り合いで誰かいない?」

「そうねえ……。教えるのは女性の方がいいだろうから、そうなるとなかなか……。あ、そうだ。リーシア先生に頼んだら?」

「リーシア先生?何で?」

 あの人はマナーの講師ではなかったか。

「リーシア先生だったら王宮勤めの中でどんなことが必要かわかるでしょう。それにきっと身を護る術だって身につけてるよ」

 確かに。魔法は人間相手に使えないんだし、そんな中で魔法使いが危害を加えようとする人間から身を護るとしたら、剣術か体術によることになる。

 マリちゃんが、首を傾げながら訊いてきた。

「リーシア先生って?」

「ああ、そっか、マリちゃんは知らないんだった。あのね、風の日に礼儀作法の課外授業をしてくれる人だよ。王宮の女官をやっているの」

「そんな人が学院に来ているんだ?もし教えてもらえるんだったら嬉しいけど」

「じゃあ、今度の課外授業の後に頼みに行こうか?」

 私が提案すると、マリちゃんは一もニもなく賛成した。ジェニファも小さく頷いている。

 火曜日の課外授業は木曜日のとは違って宴の出席者しか受けられないことになっているので、マリちゃんは教室の外で待つことになった。

 授業では、案の定、お辞儀の仕方から歩き方まで細かく指導を受けた。私は根気強く練習を続ける。

 一時間ほどして、授業終了をリーシア先生が告げた。先生に授業の礼を言ってから、私とジェニファはすぐに先生に、私たちにとっての本題を切り出した。

「先生、お願いしたいことがあるんですけど」

「あら、なあに?」

「私の友だちが王宮で働きたいって言ってるんですけど、王宮の人たちからは自分の身を守れるようになりなさい、って言われているらしくて。それで、先生だったら必要な体術を身につけているんじゃないかと思って。それで、その子に教えてもらえたらと」

「ごめんなさい、時間がなかなかとれないの。本当にごめんなさいね」

 リーシア先生は部屋からさっさと出て行ってしまった。

 廊下で待っているマリちゃんに何て言おうと思いながら、私はジェニファと顔を見合わせた。

「どうしよう、当てが外れたなあ……」

「そうね。やっぱり、マリちゃんのご実家を頼った方がいいんじゃないの?」

 そこに、それまで私たちのやりとりを見ていたクロウが声をかけてきた。

「体術を身につけたい友だちって、リーヌ・フォロのことなのか?王宮で働くって何だ?あいつ、卒業後はフォロ商会で働くんだと思ってたけど」

 私とジェニファはお互いを見合った。まあ確かに、マリちゃんの実家との確執なんて、ほかの生徒は知りようもないことだ。だから、大多数の生徒はそんな理解なんだろう。

「マリちゃん、やりたいことが見つかったの。王宮で治癒術師になるんだって。そうしたら、知り合いの王宮勤めの人から、自分で自分を護る術を身につけなさいって言われたんだよ」

「ああ、それで体術か。いつでも魔素術を使えるとは限らないだろうから」

「そうなんだよね。それで、誰か教えてくれる人はいないかと思って探してるの。マリちゃんはうちの父さんに頼むつもりでいたんだけど、父さんは体が大きいし力も強いし、力頼みのやり方が得意っていうか。それで、そうじゃない戦い方を教えてくれそうな人はいないかと思って探してるんだけど」

「なるほど。……男でよければ、俺、心当たりがあるけど」

「え、本当?」

 思ってもない言葉に私は驚いた。クロウは重々しく頷く。

「ああ。元は騎士で、体術の腕は今でも衰えてない。魔素術とか使えない場面では誰よりも動けるし。多分、頼めば引き受けてくれると思う」

 おお、お誂え向きではないか、と思ったが、ふと引っかかった。

「ええっと……その人って、クロウの家の人?」

「俺の家、ってフェドゥール伯爵家ってことか?んー、そうとも言える、のかな。まあ、雇われてはいるけど、平民としてだから、家の騎士みたいに主従とかいうのとは少し違うというか」

「平民だったら、なおのこと当主の許可がいるんじゃ?勝手にクロウくんが大丈夫だなんて言っていいの?」

 ジェニファも心配そうに訊いてきた。

「大丈夫だ。だって、俺の実の父親だから」

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