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19 魔素術と魔法と

 この世界に人間が創造されたとき、神々は同時に人間に魔素術を与えた。それからしばらくの間、神々が作ったこの世界で人間は魔素術を使いながら生きてきた。

 あるとき、この世界に消滅の危機が迫った。神々だけでは力が足りず、神々は人間に魔法を与えることにした。

 神々は当時の王たちの家臣に魔法を与えた。魔法を与えられた者たちは神々とともに世界の危機に立ち向かった。世界が滅びる瀬戸際に立ち会い、新しく得た力で世界の危機を押し返した。

 この国においてそのときに神々とともに抗った者はちょうど千人いた。彼らはそれぞれ杖を持ち、魔法をふるった。彼らはテウルと呼ばれた。これは「千本杖」の意である。

 今、家名にテウルを持つ者は、そのときの魔法使いたちの子孫である。



 階段教室の黒板を前に長々と説明をしているのは、痩身の老人だった。

 オリエンテーリングの朝に森に来て、森に強い魔力を感じたとかと言っていた御仁だ。ついさっき知ったことなのだが、宮廷魔法使いの先代のトップで、先代のレミトリオン侯爵なのだそうな。

 ご老人は、木曜日の七時限目に講師として教室に現れた。

 そうです、七時限目です。いやー、高等学院って、そんなにハードなカリキュラムをやるところじゃないよ?私が今在籍しているこの学院は、前世で言うところの旧制の高等学校みたいな感じでエリートが集まる学校なのだけど、それでも六時限までしか授業がない。

 それなのに今、七時限目の授業が行われている。宴に参加する者たちのための課外授業として。

 なので、教室の最前列には私とジェニファとクロウと、その他魔法科上位三人が座って、元侯爵の講義を聴いている。

 そして、講義を聴いているのは私たちだけではない。教室の後方には他の生徒たちもいた。学院が、希望者は聴講できるようにしたためだ。

 聴講生は三十人ほど。魔法科ばかりだった。なので、教室の中で臙脂色の制服を着ているのは私とクロウだけ。私は周りのことをは気にしない性格なのだが、それでも貴族の特権意識丸出しの視線に晒されていい気はしない。

「以後、千本杖の子孫は魔法の発展に尽力してきた。また世界の危機が来たときには神々の力になれるように。神々も我々がどれほどの魔法を使えるかを確かめたいと思し召され、時折、宴と称し魔法の使い手同士を競わせる。今回は、若い世代の魔法の力を見たいということと、魔素術の使い手がどこまでやれるかも見たいとの思し召しだ。宴の出席者に選ばれた者は研鑽を積むように」

 今日の講義はここまで、次回は来週にまた行うと予告して、元侯爵は教室を出ていった。私はため息をついた。

「また来週も七時限目にあるのかなあ」

「みたいね。でも、次は何をやるのかしら。今日の話は誰でも知ってる内容だったけど」

 苦笑気味に言うのは隣に座っていたジェニファだ。彼女は宴のメンバーで集まるようなときには必ず私の傍にいるようにしている。まあ、気持ちはわかる。

 宴の参加者の中に女子はもう一人、レイドール公爵令嬢がいるのだが、公爵令嬢なので、畏れ多くて声をかけることすらジェニファはできていないんじゃないだろうか。

 かく言う私は、基本的には魔法科から選抜された生徒にはこちらから話しかけないようにしている。ジェニファを除いてだが。

「最後の一言を言いたかっただけなんじゃないの。研鑽を積め、って」

「言われなくても頑張るつもりだけど。昨日、兄様から手紙が来て、今週末帰省したら、早速特訓だって」

 言いながら、ジェニファは嬉しそうだ。特訓ねえ、と私は独りごちた。元侯爵が言っていたように、魔法はこれまで様々な研究が行われ、いろいろなことができるようになっている。なので、訓練すればするほどできることが増えていく、というのはわかるのだが。

「特訓って、何をするんだ」

 ジェニファにクロウが訊いてきた。彼も、宴のメンバーで集まるようなときには必ず私の傍にいる。魔素術科の生徒同士でつるんでいたいのだろう。こちらも、心情は理解できる。

 ジェニファは少し考えて、

「魔法書を見ながら、実践とか応用とか?」

「お兄さんって、優秀なんだ」

「んー、魔法にはすっごく詳しいよ。学院でトップになったことがあるって。他の教科は知らないけど」

 私たちの会話が耳に入ったらしい魔法科トップ三人のうちの一人、私の記憶が確かならリントリー伯爵子息が、横から話に入ってきた。

「それは何かの間違いでは?私の兄たちも学院の卒業生で、魔法でトップになりましたが、ラウトゥーゾなんて名はきいたことがありませんよ」

「お兄様方はいくつ上ですか?私の兄は少し年が離れているので、それでかもしれません」

「一番上の兄は七歳上ですが」

「私の兄は十歳上なんです」

 ジェニファが控えめにほほえんだ。それで話がついたとばかりに。ジェニファはお兄さんのことが好きなんだなあ、と私はそれをぼんやり見ていた。

 そこにまた別な人物が後方から近付いてきて話に割って入る。

「もしかして、君の兄上というのは、ヨハン・テウル・ラウトゥーゾ氏のことか?」

 ジェラルド・テウル・アンリウォルズだった。魔法科の生徒なので、今の課外授業に参加していておかしくはなかったが、彼がいたことに私は内心驚いていた。

 ジェニファも驚いた様子で頷いている。

「あ、はい。そうですけど。えっと、兄を御存知なんですか」

「有名人だ。魔法クラブの中興の祖と言われている大変な人だよ。大規模魔法を使うことは得意ではなかったが、それ以外のあらゆことに長けている人だときいている。特に、魔力操作は追随できる者がいなかった、と。そうか、その妹君か。宴、頑張ってくれたまえ。先輩もいろいろと御存知だろう」

 満足そうな表情のアンリウォルズ先輩に対し、ジェニファは呆然とした様子だった。

「兄様、そんなだったんだ……。知らなかった」

「謙虚な人だときいているから、妹君にご自身の武勇伝などは話されなかったんだろう。ところでアリス・ゼン」

 先輩が私に向き直る。

「先日の手合わせのときに使った魔素術のことを訊きたいのだが。あれは一体何だったんだ?」

「えっと……どれのことでしょう?」

「最後の障壁だ。亀の甲羅ではなくて」

「ああ、あれ」

 先輩の吹雪と溶岩を封じたものだ。

「魔素術の資料を見てみたが、名を持つ術のどれにも当てはまらなかった。あれは一体」

「人形師に伝わる術です。難易度が高いので、一般には知られていないですけど。知り合いの人形師も魔素術ではなくて天術って呼んでました」

「そうか。魔素術にもあんなものがあるとは知らなかった」

「そんなに凄い術があるのか」

 クロウが呟く。

「それって、俺にもできないか」

「だから、難しいって言ったでしょ。私もこの間初めて成功したんだから」

 そして多分、成功したのは羽衣のおかげだろう。つまり、私も、マスターしたわけではないということだ。

 先輩はクロウを見ながら少し考えている様子だった。

「君は、フェドゥール伯爵家の先代の孫か」

「あ、えっと、はい」

 クロウは私に一瞬目をやったが、覚悟を決めたように頷いた。ジェラルドは首を傾げながら、

「君は魔素術の成績も良いそうだが、テウルの家の一員だ。魔法もそれんりに使えるのだろう。どちらで戦うつもりだ?」

「えっと……。どちら、というのは」

「いや、余計な世話かもしれないが、宴ではどちらかに絞って使った方が良いのではと思う。魔素術を使った後ですぐに魔法に切り替えられるのならばよいが」

 クロウが眉を下げる。

 本当に余計な世話だと私は思い、先輩に言った。

「何で切り替えられないなんて言うんですか」

「魔法と魔素術は根本的に違う。両方を使えても切り替えがうまくできなかったりするときく」

 私は顔をしかめながら先輩の話をきいた。私はその切り替えを見事なまでに行うことができる使い手を知っている。私はそう言おうとしたが、クロウが遮った。

「いいんだ、先輩が言われることは俺も感じていたことだから。今、俺も考えているところで」

「そんなことで悩んでいるようでは先が思いやられるな」

 鋭い声が飛んできた。声の主を振り返ってみると、魔法科の三年生が階段教室の階段を下りてきているところだった。

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