17 選考試験同時視聴中(第三者視点)
そのとき、俺、レイ・テウル・ファラーグと友人のフロリゼル・テウル・ガリエスは、先生や神祇庁の職員と一緒に、学院の階段教室にいた。
神々の宴への参加者選抜試験としてジェラルド・テウル・アンリウォルズが魔法科の一年生たちと相対するのを、水鏡の魔法を通じて見ていたのだった。
相対する、と言ったが、それはすぐに一方的な蹂躙に変わった。魔法科の一年生たちは八割ほどがアンリウォルズ公子の攻撃に一瞬で倒れ、その後は残った者たちで結束していこうとしたが、それもやがて倒された。
「十分か……。公子の読み通りだったなあ」
そう呟いたのは、前の席に座る暗い金髪の青年。俺が所属する魔法部のOBで、今は神祇庁に勤める。かつて斜陽だった魔法部を在学当時に立て直した大立者だというのは、魔法科の生徒で知らない者はいない。
「一瞬で全滅しなかっただけ良かったんじゃないですか」
俺の隣に座っていた銀髪の生徒が言う。いつも通り、彫刻のような美形ぶりだ。
フロリゼル・テウル・ガリエス。現ガリエス伯爵の弟だ。魔法の腕前は抜群で、学院に入って以降、俺の相棒だったりする。
先輩はフロリゼルを振り返った。
「自分があの場にいたらああはならなかったのに、と思っているかい?」
「少なくとも十分でやられるなんてことはないですよ」
「そうだろうね。兄君たち同様、君も魔法巧者だ」
フロリゼルの口元が少しひくついた。先輩もいい性格をしているなあ、と思いながら俺は見ていた。
フロリゼルは、家族の話を他人からされるのを嫌がる。それが、彼の唯一の疵だからだ。
先代のガリエス侯爵だった父親が乱心してまずいことをやらかし、同時に二番目の兄が魔法使いの禁忌を犯し、それまでのガリエス侯爵家の功績や、フロリゼルを含むガリエス家の次世代の素質を鑑み、伯爵に降格しただけで断絶を免れたが、家族の不始末がどこまでも暗い影のように家の名と共に語られる。
そのせいで、フロリゼルには長く友人がいなかった。彼自身は、魔法の腕前はいいし、頭も顔も性格もいいのだが、家という背景が人を遠ざけさせたのだ。
奴に友人がいなかったというのは、俺にとっては幸運だった。おかげで変な手垢のついていない優秀で確かな家柄の友人を得ることができたのだから。
俺の方は、侯爵家の中でも上位の格式を誇る我が家に縁を繋げようと目論む有象無象を相手にし続けて人間不信になっていたので、こっちはこっちで友人らしい友人がそれまでいなかった。
それはとにかく。
フロリゼルをこれ以上曇らせないよう、俺も会話に参加することにした。
「魔法科からは、追加で選抜された者はいないということでいいんですかね」
「そうだね」
「これで、魔素術科からも選ばれなかったとなったら、どうなるんでしょうか」
「魔法科の二年生にお鉢が回ってくるかもしれないよ」
からかうように先輩が言う。俺は少し逆襲してやろうと思いながら訊ねた。
「先輩だったら、アンリウォルズ公子を相手にどれくらいもちます?」
「逃げ続けるので良ければ、かなりもつと思うけどね。君はどうだい?」
「俺は、一人で公子に立ち向かうなんてごめんですよ。フロリゼルと組んでならそれなりに立ち回れるとは思いますけど」
水鏡を見ていると、公子に倒された一年生たちは、アンリウォルズ公子が退出した後、突如闘技場の上空に現れた女性に転移門で運ばれて退出していった。
先輩が呟く。
「君の義理の姉上は、相変わらず魔法の腕が確かだねえ」
「そうですね。でも、仕事はどうしたんだろう」
俺は心底不思議に思いながら答えた。
今、転移門を使ったのは、俺の兄の妻だった。そして、アンリウォルズ公子の実の姉でもある。彼女が兄と結婚してまだ一年も経っていないが、彼女がすこぶるつきの魔法の腕前で、そして野心家であることは、義弟の俺でも十分すぎるくらい知っていた。
が、それがまさかこんなところに出てくるとは。義姉は宮廷魔法師団に所属していて、平日はそちらに勤めに出ている筈なのだが。
「僕らと一緒だろう。あれも仕事の一環なのさ。もしくは、実家が中心となって行われる一大行事に加わるために休暇でもとったかな?」
「一大行事、ですか」
「そりゃあ、神々の宴に参加する者の選抜を、公爵家とはいえ一貴族家が主催するなんて、前代未聞だからね」
それはそうだ。通常、神々の宴の参加者なんて、神々が自ら指名してくるか、神々が王に選抜を依頼し、王家が選考会を主催するものなのだから。
「義姉のことだから、自分が携わらなくてどうする、とか思ってそうですね」
俺の言葉に先輩がくすりと笑った。
水鏡で映し出された闘技場は、公爵家の家人たちによって洗い清められていっていた。また、補修も同時にされていった。流された血の量は多かったし、闘技場の損傷もそれなりにあったので、すぐには終わらなかったが、それでも公子の読み通り、十五分もすれば完了した。
さて、次は魔素術科の生徒たちの選抜試合だ。
義姉は魔素術科の生徒たちを転移門でアンリウォルズ公爵家の闘技場に転移させると、さっさと姿を消した。それと入れ替わりで、アンリウォルズ公子が現れる。
そして、魔素術科の生徒たちに攻撃をする。
公子はさっきも同じことをして、その結果、魔法科の生徒は八割が脱落した。今回はどうか、と見ると、一人の女生徒が咄嗟に亀の甲羅を使って、二十人中二人が助かっていた。
反応速度の速さに、俺は思わず声を上げていた。階段教室中からも、どよめきが起きる。
俺は水鏡の映像を見ていたが、ふと、亀の甲羅を使っている女生徒に見覚えがあるのに気がついた。
「なあ、術を使っているあの子、見覚えがあるんだけど」
フロリゼルに訊ねると、フロリゼルはすぐに答えた。
「新入生オリエンテーションの日に俺が廊下でぶつかった子だ」
「ああ、キーホルダー壊しちゃった子か。へえ、手練れだったんだ。名前、なんて言うんだろ」
「シホ・アリス・ゼンさんだよ」
先輩が言った。
その名前に、フロリゼルが反応する。
「彼女が、ですか。先日の新入生のオリエンテーションのときに、神の煉獄の囚人に立ち向かったときいていますが」
「あと、ラヴィが懐いたって」
俺も傍から言う。ラヴィの世話は俺もしたことがあるが、ラヴィは少し距離をおいて生徒たちに接している感じを受けていた。なので、ラヴィが人に懐いたというのは驚きだった。
「そうだよ、彼女がシホ・アリズ・ゼンだ。魔素術科の一年のトップだ」
俺たちがこんな会話をしているうちに、シホ・アリス・ゼンは亀の甲羅を解き、ものすごいスピードで闘技場を移動し始めた。友人を守るためか、公子に魔素術をぶつけて自分の方に注意を引きながら。
フロリゼルが感心したように言う。
「逃げるわけじゃないんだな」
「怪我した生徒たちの世話を友だちに頼んだんじゃないか。自分はその時間を稼ぐために、公子の相手を引き受けた、とか」
それは素晴らしい行動だが、無謀な、とも思う。あの天才魔法使いの相手を一人でするだなんて。
同級生からかなりの距離をとったところで、アリス・ゼンの服のポケットから、小さな木箱が飛び出てきた。アリス・ゼンの周りを飛び回り、蓋をぱくぱくと開けたり閉めたりしている。
「あれ、何だ?魔のものか?」
「恐れ多いことを言うもんじゃないよ。あれは、神使だ」
先輩が言った。俺は首を傾げた。
「神使?何でそんなものが彼女と一緒に?」
「事告げの女主人の話では、神々の思し召し、だそうだよ」
やがて木箱の中から薄緑色の薄衣がふわりと出てきた。アリス・ゼンはそれを引き出すと、片方の腕から背中に回し、もう片方の腕に残りをかける。
「あれは?」
「神具だ」
見ているうちに、アリス・ゼンは見たこともない魔素術を使い、アンリウォルズ公子の攻撃を封じ込んだ。
アンリウォルズ公子はアリス・ゼンを宴の参加者と認め、そして選抜試験は終わった。
俺は先輩の様子を窺いながら訊いた。
「もしかして、先輩にはこの結果はわかっていましたか」
「どうしてそう思う?」
「だって、彼女が神使と神具を伴っていると知っていたら」
「そうだねえ。今回の結果、僕ら神祇庁の人間には全く意外じゃなかったよ。多分、アンリウォルズ公子もそうだったんじゃないかな」
「じゃあ、何でこんなことをしたんですか。試験なんてわざわざ」
「彼女が神具を使えるかどうか、疑ってかかる人たちがいたんでね。それと、平民を神々の宴に参加させるとは何事か、とか言ってくる人たちを黙らせたかったというのもある。……さて、他に何か訊きたいことは?ガリエス君は、さっきから何か訊きたいことがありそうな顔をしてるけど」
俺はフロリゼルを見た。
フロリゼルは怪訝そうな表情をしていた。
「どうして俺たちにあれを見せたんですか」
「そうだね、説明をしないといけないと思っていたんだ」
先輩は視線を横にずらした。そこには、いつの間にか、黒髪の長身の若い男が立っていた。
先輩が在学当時、魔法部を立て直していたときに、先輩の相棒として常に行動を共にしていた人物だった。彼は先輩に頷いてみせた。先輩もうなずき返し、にこやかに言った。
「実は、君たちに、お願いしたいことがあってね」
「お願い、ですか」
「そう。もう部長と名誉部員のジェラルドには話したんだけど、僕の妹を魔法部に入部させてほしいんだ。それと、シホ・アリス・ゼンも」
「アリス・ゼンも、ですか?でも彼女、平民ですよ?」
「ああ。でもさっき見ただろう。彼女は神具を持っている。あれを使えば、平民でも魔法も使うことができるらしい。とは言っても、彼女は魔法については何も知らない。神具を使いこなせるように、彼女に魔法を教えてほしいんだよ」
「平民にそこまでする必要がありますか」
フロリゼルが言う。俺も同感だ。が、先輩は、
「まあ、君たちがそう思うのは当然のことだと思うけど、うちの長官がアリス・ゼンを個人的に知っていて、心底気にかけていてね」
俺もフロリゼルも息を呑んだ。神祇庁長官といえば、現国王の第三王女だ。この国でも有数の魔法の手練れと言われている。
「王女殿下が平民と知り合いなんですか」
フロリゼルが不審そうに言う。まあ普通なら疑問に思うだろうが、王族に近しい貴族なら知っていることがある。
第三王女殿下は王族という型にはまらない方なのだ。
ある意味王族の醜聞だが、侯爵家以上には共通の秘密として情報共有されている。
先輩は頷いて言った。
「まあ、そういうこともあるんだよ。詳しい経緯は話せないけどね」
そう言われても、フロリゼルは納得した様子を見せない。
「何で俺たちに頼むんですか。女子に言った方がいいのではないですか」
「妹の性格からすると、実力のある先輩に誘われた方が乗ってきやすいんだ。アリス・ゼンについては、君の美貌に期待してはいけないかな」
先輩の言葉に、フロリゼルの表情が曇る。俺はなるべく軽い口調で言った。
「それは、難しいと思いますよ。オリエンテーションの日に、あの子、フロリゼルと廊下でぶつかったんですけど、そのときフロリゼルの顔を見ても全然見惚れてたりとかなかったんで」
「だとしても、とにかく頼むよ。彼女が神々の宴を生き延びるには魔法は必要だし、それに、フロリゼル、君は彼女が生き残れるよう力を貸すべき理由がある」
「理由、ですか」
フロリゼルは首を傾げる。俺も同感だ。まさか、オリエンテーションの日にぶつかってキーホルダーを壊してしまったことを言うんじゃないだろうな。
が、先輩が言ったのは全く違うことだった。
「六年前、君の兄上に対峙し、殺されかけたのがアリス・ゼンなんだよ。君の兄上の凶行の被害者を少しは気にかけてもいいんじゃないかな」
フロリゼルは愕然としていた。俺も驚いた。




