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15 選抜試験

 選抜試験について告知がされたのはその翌週の月曜日だった。普段は成績を張り出す掲示板に、一枚の紙が張り出されていた。それによると、選抜試験の参加者は翌日の午後二時半に正面玄関前の噴水に集まるようにとのことだった。

 張り出されたのはそれだけで、試験の内容は全く書かれていなかった。

 告知がされた日は既に魔法科の傍の練習場を予約していたので、放課後、私とマリちゃんは試験前の最後の練習をしようと練習場に行った。行くと、ジェニファが当たり前のように待っていた。

「いよいよ明日だね」

 ジェニファが言った。魔法科の掲示板にも張り紙がされていたのだろう。

「頑張ってね。明日は二時に出発でしょう。見送りに行きたかったけど、授業中だから……」

「え、二時?」

 私とマリちゃんは顔を見合わせた。

「二時半って掲示板にはあったけど」

「え?うちの科の掲示板には二時って」

「別々に試験をするのかなあ」

「でも、選ばれるのは一人でしょう?どうするのかしら」

 魔法科の掲示にも試験の内容はなかったらしい。

 とりあえず、魔素術の最後の確認をして、その日は終わった。

 翌日、午前中は普通に授業があった。午後は、集合時間の少し前に試験の参加資格がある生徒だけ授業を抜けて集合場所へ向かう。

 正面玄関前の噴水に向かう途中から、鉄が錆びたようなにおいが鼻をつきはじめていた。

 玄関を出たところで、私たち精霊科の生徒は足を止めた。噴水の周りに、怪我をした魔法科の生徒が大勢、山のように積み重なっていたのだ。血塗れの彼らをどうしたものかと思って私は立ち尽くしていた。

 マリちゃんが震えながら言った。

「もしかして……この人たち、選抜試験の参加者?」

「かもね」

 私の言葉をきいていた精霊科の生徒たちがざわつく。そりゃそうだろう。一体どんな内容の試験だったら参加者がこんな風になるのか。

「静粛に!」

 張りのある女性の声が辺りに響いた。

 噴水の傍に、一人の女性が立っていた。年の頃は二十代後半か。細い銀縁の眼鏡をかけ、暗めの金髪をぴったり撫でつけ、濃い紫色をした高い詰め襟の上着に乗馬のときに履くような同色のパンツを履いている。手には魔法使いの杖。着ている服や手にした杖の高価そうな感じから、学院の関係者とは違うように思われた。

 女性は眉間に深い皺を寄せて私たちを見ていた。

「魔素術科の生徒は私の前に集まりなさい。早く!」

 私たちはすぐには動けないでいた。すると、女性は低く唸り声を上げ、

「早くしなさいと言っているでしょう。平民でも言葉は理解するのでしょう」

 私は、他の生徒を観察していた。誰も最初に動こうとはしなかった。

 女性がまた大きな声で言った。

「早くしなさい!時間を無駄にしないで」

 なぜか皆が私を見た。女性もそれに気づいて私を見た。

「あなたが級長なのかしら?だったら皆が動くよう指示を出しなさい」

 違うんだけどなあ、と思いながら、私は発言した。

「無理です」

 私の後ろにいたマリちゃんが息を呑むのがきこえた。女性は私を睨む。

「どういうこと」

「説明もなしに従うことはできないです。あなたは一体誰なんですか。それに、ここには怪我人がこれだけもいるんですよ。放っておけないでしょう」

「手当をする者の手配については、学院に依頼済みです。それが遅れているのは、学院の落ち度です。それと、私は宴の参加者の選抜試験の会場にあなたたちを連れて行く者です。わかったら、集まって」

 私はマリちゃんを見た。マリちゃんが頷く。私とマリちゃんはその女性に向かって歩き出した。私が先頭を歩き、その後ろに隠れるようにしてマリちゃんがついてくる。

 他の生徒たちも私たちに続いた。魔素術科の生徒が集まるのを見届けると、女性は杖を掲げた。水色の光が幾つも浮かんでくる。以前も見たことがあるので、転移陣の光だとわかる。

 辺りが光に包まれ、その光が消えると、私たちは全く別な場所にいた。空は紫がかったピンク色。足下の床は灰色の石で、空のピンクと地面の灰色が延々と続いている。

 自分が立っている床を覆う石のタイルを見ながら、私はあることに気がついた。目地に水がかすかに残っている。そして、目地は何やら汚れている。

「ここが試験会場よ。じきに試験者が来るので、それまでおとなしくしているように」

 女性は再び転移陣を開くと、それを使って姿を消した。いいなあ、私も帰りたい、と心中でため息をついていたとき、マリちゃんが私の腕をつついた。

「ねえ、これ見て」

 床に敷かれた石のうちの一つを指さす。鹿の絵の線画が彫られていた。

「これ、アンリウォルズ公爵家の家紋よ」

「え、それじゃあここって、アンリウォルズ公爵家関連の何か?」

「多分……。闘技場とか練習場?」

 私とマリちゃんが顔を見合わせていると、凛とした張りのある声が辺りに響いた。

「よく来た、魔素術科の諸君」

 声がする方を見ると、波打つ金髪を肩に垂らした長身の青年が立っていた。着ているのは紛うことなき魔法科の制服。ただし、金の刺繍で縁取りされた白いマントを肩に羽織っている。手には杖を持っていた。飾りは大仰ではないが、杖の表面には細かな細工がされていることがその光り具合でわかる。

「私はジェラルド・テウル・アンリウォルズだ。これから諸君らには私と戦ってもらう。一時間耐え続けることができた者が宴に参加できる。複数が残った場合は、残った者同士で戦ってもらう。では、始める」

 言った途端、光が襲ってきた。私は咄嗟に亀の甲羅を展開する。魔法の威力はかなりのものだった。直撃していたら命が危なかったかもしれない。まさか魔法で襲ってくることはないだろうと思いながらも心の中で準備をしていてよかった。

 ていうか、何で人間相手にこれだけもの魔法を使って問題ないのか。

 疑問に思ったが、それはとりあえずおいておく。空の色からしてここはなんだか変だ。

 ここがアンリウォルズ公爵家所有の施設であるならば、空間を歪めるほどの結界が張られている可能性が高い。であれば、普通の場所よりも神の煉獄が作動するまでに時間がかかるということは有り得る。

 見ると、亀の甲羅の外側の床が何カ所もえぐれていた。さっきの光がぶつかった場所のようだった。もしも当たっていたらと思うと、恐ろしかった。実際、試験に参加した十九人のうち、私とマリちゃん以外はそれを喰らって負傷し、床の上で悶絶していた。

 マリちゃんは、私のすぐ後ろにいて無事だった。

「シホちゃん、みんなが……」

 マリちゃんは、負傷した同級生を治しに行きたいのだろう。魔素術は、魔素を操る。人体から発せられる魔素の流れをうまく動かせば、少なくとも止血はできる。マリちゃんはそういうことが大得意で、止血以上のこともできた。

「マリちゃん、私があいつを引きつけるから、すぐに亀の甲羅を張って身を守りながらみんなを助けに行くタイミングを計って」

 私は言った。いつもの役割分担だ。何かトラブルがあって、立ち向かわないといけなくなったとき、私が前面に出て、マリちゃんが後方でいろいろと始末をする。

 だからマリちゃんもいつもと同じように動いてくれると私は思っていたのだが、マリちゃんは違った。

「駄目だよ、シホちゃん。相手は八歳で神々の宴に出た魔法の天才なんだよ。さっきの魔法科の人たちだって、きっとアンリウォルズ先輩にやられたんだよ」

「だろうね。床の目地に、血の痕がある。……でも、このままでもまずいのはわかるでしょ。何もしないでいると、負傷したみんなに手当をしてあげらないままだよ」

「シホちゃん、駄目だよ、変なこと考えたら」

「大丈夫、わざと当たりに行くことはしないから」

 言いながら、私は、何とか逃げる方法はないものか、自分たちがいる空間のあちこちに目をやった。ピンク色の空はどこまでも続いている。そして、出入り口のような場所はどこにもない。本当なら壁とかあるはずなのに、空間がずっと続いている。ここは無限の広さがあるんだろうか。

 でも、それならそれで、やりようはある。

「マリちゃん、私、行くから。さっき言ったようにして」

「シホちゃん!」

 私は亀の甲羅を解くと、魔素を操って床の上を滑るように移動しはじめた。オリエンテーリングの日、転移先の森の木々の上でやっていたのと同じ技だ。ただ、ここは下が平らなので、アイススケートで移動しているような感じになる。そうやって移動しながら、私は術を発動させた。目に見えない魔素を集め、幾つもの小さな塊にする。それを無数に発生させると、移動する自分の周りにまとわりつかせるように展開する。

 蜂の群舞、と呼ばれる術だ。故郷では、これができないと一人で森に入らせえてもらえなかった。これができると、たとえ熊に出くわしても、これをぶつけて熊を怯ませる、あるいは怪我を負わせて、その間に離脱することができるからだ。

 アンリウォルズ先輩は私に向かって光の礫を飛ばしてきた。私はそれをかわしながら移動する。礫の幾つかは蜂の群舞にぶつかり、消滅した。それでいい。

 私はアンリウォルズ先輩の攻撃をよけながらも、彼にぐんぐん近づいていった。そしてそのままアンリウォルズ先輩に突っ込む。その直前に亀の甲羅を私の全周囲に出現させ、そのままぶつかっていった。亀の甲羅を張りながらの移動は難しいけど、こういう慣性を利用する方法ならさして負担は変わらない。

 アンリウォルズ先輩はさすがにそのままになってはくれなかった。私の捨て身の攻撃を、空中に逃れることでよける。私は勢いを殺すことができず、そのまま床の上を滑っていく。アンリウォルズ先輩は光の礫を私に放ち続けていた。亀の甲羅に守られているので光の礫がぶつかっても無事だ。

 滑り止まったところで、私は光の礫が飛んでくる合間を盗んで体勢を立て直した。アンリウォルズ先輩は完全にこちらだけを見ている。マリちゃんたちからはかなり遠ざかっており、完全に見えなくなっている。それを確認して、私は言った。

「ちょっと、ホリィ!人間相手に魔法を使ってるのに何で神の煉獄が作動しないの?」

 私のキュロットのポケットからホリィが飛び出してきた。出てくるなり言う。

「監視者が動いてるのよ」

「監視者?」

「そう。その影響が及ぶ範囲内では、魔法で人を攻撃しても神の煉獄が動かないのよ」

「じゃあ、それを壊したらあいつは魔法を人間に対して撃てなくなるってこと?」

「何馬鹿なこと言ってるのよ!監視者も神使よ!神使殺しなんてしていいわけないでしょうが!」

「でも、それじゃどうすれば」

「羽衣使いなさいよ。使えば、アンリウォルズにだって対抗できるわ」

「ええー……。ここで羽衣を使ってもしあいつを倒すなんてことになったら、宴の参加者に決まってしまうじゃない」

「何を今更。第一、他の子たちを助けるにはそれしかないんだから」

「それはそうなんだろうけど」

 言いながら、私はいつの間にかアンリウォルズ先輩の攻撃がやんでいることに気がついた。もしかして、皆の方に向こうの注意が向いてしまったかと一瞬焦ったが、そうではなかった。彼は空に浮かんだまま、こちらを見下ろしていた。

「お前がシホ・アリス・ゼンで間違いないようだな」

 私は固まった。三年生の魔法科のトップが、何で私の名前を知っている?

 私の疑問は、私の顔の表情から丸わかりだったらしい。アンリウォルズ先輩は空の高みから見下ろしたまま、その通る声で言った。

「私とて、たとえ相手が平民であろうとも、対峙する相手のことは調べる。特に先週のオリエンテーリングの際にラビィと遜色ない移動速度で追いかけっこをした生徒がいたとなればな。しかも、神の煉獄の囚人を撃退するのに顕著な働きをしたとなれば、看過することはできまいよ」

 私は絶句した。私が煉獄の囚人を撃退するのに関わっていたなんて、何でそんなことが向こうにバレてるんだ。

「もう、シホってば。本当に今更だよー」

 ホリィが言う。

「あれだけ派手に立ち回っておいてさー。バレてないはずがないって」

「いや、でも昨日だって何も言われなかったし」

「それは事告げ様の配慮だよ。宴の参加者を学院の一年生から選べとか魔素術科からも選べとか、神々の要望をこの世界の偉い人に伝えたときに、シホは今回よく働いたけど、とりあえずはそっとしておいてやれって言ってくれたんだよ」

「それって、私の名前を偉い人たちが知ってるってこと?」

「勿論」

 私はげんなりした。前世には存在した個人の情報を管理する権利を主張したい気分だった。

「そんな顔してもどうしようもないって。覚悟を決めなさい」

 ホリィが言う間も、光の礫が飛んでくる。

「アリス・ゼン。勝負だ。お前の力を見せてみろ。遠慮はいらない。ここは我がアンリウォルズ家の闘技場。強力な結界が張られていて、空間は無限に広がっている。どんなに大がかりな術を使っても、外には影響しない」

 飛んでくる光の礫はさっきまでよりも格段に大きくなっていた。亀の甲羅の中に籠もっていたのでは、じり貧なのは間違いない。

 私はこの期に及んでと思いながらもホリィに訊いた。

「ここで羽衣使って、私がそういうのを持ってるって知られたらどうなるの?」

「ああもう。まだそんなこと言って!全部事告げ様が言ってるわよ。あなたに加護を与えているからそのように扱うようにってね。あと、アンリウォルズなら神使の立場で口止めできるわ」

 ホリィは自信満々だ。他に選択肢もないし、私は羽衣を使うことにした。といっても、羽衣を持っているのは私ではない。  

「わかった、ホリィ。お願い」

「了解!」

 ホリィはかぱっとその蓋の開け口を開けた。その中から、羽衣の端がふわりと出てきた。私はそれをつかむと、思い切り引き出した。亀の甲羅の中が羽衣でいっぱいになる。それと同時に私は亀の甲羅を解き、羽衣に魔素を通して私の周囲に展開した。私を中心にして、螺旋状に浮かせる。

「それが神具か!」

 アンリウォルズ先輩が光を放った。前世で見た灯台の光に似た光の道がまっすぐ私に向かって来る。

 羽衣にぶつかると、光はその方向を変えた。そして、床にぱっくりと線を刻む。あれがぶつかっていたら、五体満足ではいられなかっただろうと思うと、恐怖が沸いた。そもそも、魔法使いと魔素術師なんて、使える力の効果の差がありすぎる。神の煉獄という仕掛けがあるからぶつかることがないが、それがなければとっくに魔素術師は殲滅されているのではないか。

「神具の威力を見せてみろ。それだけではないはずだ」

 アンリウォルズ先輩は魔力を練り始めた。羽衣を使っているからか、私も魔力を感じられるようになっている。

 周囲から熱が消えた。床が凍り始め、空気の中にきらきらと光るものが浮かび始める。風が轟と巻き上がり、吹雪になる。羽衣が囲っている辺りはその影響からは遮断されているので、私は問題ないのだが、見渡す限り吹雪いているのを見て、私はマリちゃんたちを案じた。怪我をした生徒がこんな寒さにさらされたら、ますます弱ってしまうのではないか。マリちゃんは亀の甲羅を張っているだろうが、亀の甲羅は暑さ寒さを防ぐことはできないのだ。

 私は、自分が使える魔素術を思い浮かべた。魔素術、とは魔素を操って行うものの総称で、その使い方は無限だ。ただ、ほとんどの魔素術にはそんなに威力はない。

 そんな中でも魔法に対抗できるような威力のある術が六つあり、名前がついている。そのうちの一つが亀の甲羅であり、蜂の群舞だ。残り四つも思い浮かべてみたが、それらでアンリウォルズ先輩に勝てそうにはなかった。

 勝つ。

 この言葉に、私は苦笑する。魔素術で魔法に勝つ、だなんて。

 いつもの私にはない思考だった。神具を使って、気が大きくなっているのだろうか。神具を使っているからといって、魔力を感じられるようになったからといって、魔法を使っているわけではないのに。

 でも、と私は気がついた。勝てなくても、引き分けには持っていけるのではないか。もしくは、勝ち負けではなく、アンリウォルズ先輩に勝負をあきらめさせるようにできるのではないか。

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