14 貴族もいろいろ
選抜試験の発表がいつあるか、私も最初のうちは待ちかまえていたが、その日は何のお達しもなく、そのうちにあまり思い出さなくなってしまった。
マリちゃんは、魔素術の復習を繰り返していた。試験は実技だろうということはマリちゃんもわかっていて、学院の練習場を借りて練習していた。私もそれにつきあった。というか、練習を断ろうとすると、マリちゃんの剣幕が凄いのだ。
「シホちゃんもひとごとじゃないんだよ!」
そう言われると、あ、はい……としか言えなくなってしまう。それで、昼休みと放課後には私も練習に行くことになった。
学院の練習場は、二面ある。一面につき、ちょっとした野球場のような広さがあり、一つは魔素術科の校舎の傍に、もう一つは魔法科の校舎の傍にある。
水曜日の放課後、魔素術科の練習場は他の生徒たちに押さえられていたため、やむなく魔法科の練習場を借りることにした。マリちゃんがそうした。私は、魔素術科の練習場を借りられないのなら、今日の放課後は練習はお休みにしてもいいのでは、とマリちゃんに言ったのだが、マリちゃんに断固として拒否されたのだった。
いやー、魔法科の練習場って、魔法科の建物の傍にあるでしょう?それって、どう考えたって敵地でしょう。マリちゃんはまだ魔法科の生徒たちの洗礼を受けてないから、気にしていないんだろうけど。
私たちは、魔素術科と魔法科の校舎を繋ぐ回廊を進んだ。魔法科の校舎を一瞬横切って通り抜けると、その先に目指す練習場がある。
と、女子の声が聞こえた。
「ですから、さっきから言っているでしょう。辞退なさいと」
険のある声に、私もマリちゃんも足が止まる。声は、練習場の入り口から聞こえてきていた。
「子爵家が出しゃばっていいようなことではないのです。今辞退すれば悪いようにはしません。あなたの将来の進路についても考慮しますわ」
「断ります」
毅然とした声がした。聞き覚えがある声だった。私はゆっくりと静かに練習場の入り口に近づいた。
そこには、四人の魔法科の女子がいた。立っている位置からすると、三対一。三人の顔に見覚えはなかったが、それに一人で対峙している女子には見覚えがあった。
ジェニファだった。
どうやら、宴への参加を辞退するように、と言われているらしい。
四人は練習場の入り口に立っているので、どうあっても無視ができない。でも、そんな話をしているところに近づきたくない。
私とマリちゃんが固まったように立ち止まっていると、ジェニファがこちらに気づいた。それまで険しい表情をしていたのが、一瞬で笑顔になる。
「シホちゃん、魔素術の練習をしに来たの?」
残りの三人もこちらを見た。三人のうち、先ほどまでジェニファを責めていた女子が眉間に深い皺を寄せてこちらを睨みつけていた。
あんまり近づきたくないなあ、と思いながらも、仕方がない、四人のところに歩いていく。
「うん、まあね。選抜試験がどんな方法になるのかわからないけど、やるだけやっておこうかなって」
実際は、マリちゃんが熱心なのだけど、そこは黙っておく。マリちゃんはずっと私の後ろで縮こまってるし。貴族相手だから、こうなるのは仕方がないと私も納得している。マリちゃんの家は商売をしているから、貴族に変に目を付けられるわけにはいかない。それなのに魔法科の傍の練習場を借りるなんて迂闊だなあ、と今更ながらに私は思う。
「それで、そちらの三人はどちら様?」
私は、私たちを睥睨していた女子一人とその後ろでやっぱりものすごい目つきで私たちを見ていた女子二人に目をやった。
「えっと、その」
「わたくしたちはもう行きます。魔素術科が、無駄に努力をすればよいのですわ。ラウトゥーゾさんは、先ほどお話しした件、よくお考えになって」
三人の女子は歩み去った。その後ろ姿を見送ってから、私はジェニファに言った。
「宴の参加者に選ばれたの、おめでとう。言うのがちょっと遅くて間抜けな感じだけど」
「いいのよ、おめでたいのかちょっと微妙だし。名誉ではあるけど」
「まあ、危険だって言うしねえ」
そのとき、マリちゃんが私の制服の裾を少しばかり引っ張った。それに気づいて、私はジェニファをマリちゃんに紹介した。
「マリちゃん、こちら、ジェニファ・テウル・ラウトゥーゾさん。ジェニファ、こちらはマリ・リーヌ・フォロさん」
「ラウトゥーゾさん、でいいでしょうか。魔素術科のマリ・リーヌ・フォロと申します」
マリちゃんは微笑を浮かべると、優美にお辞儀をした。貴族相手のお辞儀だ。ちょっとよそよそしく感じるけど、その洗練された動作を見るのは私は好きだった。
対するジェニファもお辞儀を返した。ちょっと軽く頭を下げる感じの。でも、これまた品のある仕種だった。何だかんだ言って貴族なんだってよくわかる。
「はじめまして、ジェニファ・テウル・ラウトゥーゾです。私のことはジェニファ、でいいので。シホちゃんにもそう言ってるし。あなたのことはマリちゃんでいい?」
「あなたがそれで良いのなら。えっと……。私たち、ここに魔素術の練習をしに来たのだけど」
マリちゃんが当初の目的を説明する。ジェニファはにっこり笑った。
「知っているわ。練習場の予約簿を見たから。私もちょうど練習しようかなって思っていて、それでシホちゃんの名前見て、一緒にやれたらって思ったの」
「こっちは魔素術の練習だから、そっちの練習の役に立てるとは思えないけど」
私が言うと、ジェニファが少し肩をすくめて見せた。
「うん、それはね。でも……。ごめん、迷惑かもしれないけど、今、私、魔法科でひとりぼっちで。誰かと話したかったの」
「もしかして、宴の参加者に選ばれたから?」
「そうなの。うち、子爵家だから。……まさかこんなところで家格の違いを思い知るなんて思わなかったなあ」
ジェニファは目尻に涙を浮かべていた。それを見たマリちゃんが断固とした口調で言う。
「気にすることなんてないと思います。ラウトゥーゾさんは実力で選ばれたんでしょう」
「ジェニファ、でいいわ。入学前にお兄ちゃんとお兄ちゃんの友だちにすっごくしごかれたおかげだけど、魔法の成績は学年で四位なの」
ジェニファの言葉に私は何となく思いついた。
「もしかして、宴に選ばれた他の三人って、魔法の成績の上位三人?」
「そうよ。ヴァイオレット・テウル・レイドール公爵令嬢に、サイモン・テウル・ライゾール侯爵子息に、ハリー・テウル・リントリー伯爵子息」
「それって、成績順と家格順が一致してる?」
「そう。だからなおのこと、子爵家でしかない私が目障りなんだと思う」
苦笑するジェニファ。私は何と言っていいのかわからなかった。それではいじめの標的になるのを避けられないのではないか。
と、またマリちゃんの目が半眼になっているのに私は気づいた。
「えっと、マリちゃん……?」
「やっぱりおかしいよ。魔素術の一位はシホちゃんなのに、何でそうじゃない子が選ばれてるの」
またそれか、と私は思ったが、ジェニファが、え、知らないの、と言った。私は訊き返した。
「知らないって、何を?」
「魔素術科から選ばれてる子。彼、貴族だよ」
「はああああ?」
私は思わず大きな声で叫んでいた。
「だって、彼、魔素術を使えるよ?」
「ああ、うん。えっと、きいた話だと、平民と貴族の間に生まれたのを、養子として親の実家である貴族家に入っていて」
「それって、フェドゥール伯爵家ですか?」
マリちゃんが何かを思い出したらしい。
「あ、うん。知ってるんだ?」
「まあ、噂話では……」
「え、何?有名な話なの?」
私が一人だけ取り残されたような感じになっていた。マリちゃんは少し迷いながらも話し出した。
「フェドゥール伯爵家は比較的新しく伯爵家になった家なんだけど、そのせいか自由な家風で。結婚も比較的自由で、そこのお嬢様が平民に嫁いだの。駆け落ちとかじゃなくて、普通に」
珍しいこともあるもんだ、というのが私の感想だった。
基本的に、貴族と平民の間に子はできない。ごく稀にできることはあるが、魔法を使えない子である可能性がある。魔法はその血筋に伝わるものだからだ。
魔法を使えなかったら、その子は貴族からは除籍される。貴族同士の結婚であれば確実に魔法を使える子が生まれる。となれば、貴族は貴族と結婚しようと考えるのは当然のなりゆきだが。
「それで、平民と結婚したお嬢様が子どもを産んだんだけど、生まれた子どもは魔法を使えたから、伯爵家が引き取ったの」
「でも、クロウはフェドゥールって名前じゃなかったよ」
「学院では父親の名前を使ってるんでしょ」
驚きの情報ではあった。が、しっくりきた。オリエンテーリングのとき、クロウは森の魔力がどうこう言っていた。何でそんなことがわかるんだと私は思ったが、彼が魔法を使えるのであれば、納得がいく。
「クロウが魔素術を使えるのは、平民の親がいるから?教えてもらったのかな」
理屈からいうと、魔素術は貴族も使える。ただ、子どもの頃に習わないと習得は難しい。そして、貴族は魔素術を馬鹿にしているので、子どもに魔素術を習わせようとはしない。
マリちゃんは頷いた。
「多分、そうなんじゃないかな。でもそうなると、彼が選ばれたのって、魔素術の成績とは関係なかったのね」
そんな話をしながら、私たちは練習場に入った。私たちの他には誰もいなかった。魔法科の生徒たちも選抜試験に参加するんだろうに、練習はしないのだろうかと思い、そうジェニファに問うてみた。ジェニファは首を横に振った。
「やる気のある子とそうでない子がいるの。それに、やる気がある子たちだって、こんなところでは練習しないわ。ここはあまり強い結界が張られていないから、そんなに大きな魔法は使えないでしょう」
「あー、貴族って、魔法練習用にものすごい結界を張り巡らした練習場を自前で持ってるんだっけ」
「そう。空間そのものを歪めて空間を広くできるような結界を持っている貴族もいるわ。そういう家の子は、放課後になったらさっさと家に帰って練習するのよ」
「貴族って感じだねえ。それにしても、どんな練習場なんだろ、空間も歪めるような結界って」
行ってみたいねえ、と私はマリちゃんに言ったが、マリちゃんは青い顔をして首を横に振るだけだった。後でマリちゃんに訊いたところ、平民がそんなところに行くなんてきっと碌なことはない、ということだった。
マリちゃんが言うのは正しかった。その翌週、私たちは空間が歪むほどの結界が張られた大貴族の施設にいたのだが、状況としては全く良いものではなかった。
本日もう一話投稿します。




