9話《連携》
『すまない』
ベックが今回戦う相手に事情を話し、それでも加減はしないでほしいとお願いをしていた時、背後から声が聞こえた。
聞き覚えのない声だったので、三組の人かなと思い振り返ると、そこにはベックと同じ黒髪の……青年?がいた。
男だとすぐ断定出来なかったのは、始めに聞こえた声が男性とも女性とも取れないような中性的な声だったからだ。
だが、体格や顔立ちから男だと認識。身長はベックより高め、レイジと同じくらいだろうか。
『君がベック……でいいんだよな?』
『そうだけど……』
『よかった。まだ始まってなかったんだな。いやー、ちょっと昼寝してから教室に戻ったら誰もいなかったんだよ。だからみんな帰ったのかなと思ったんだが、一応見に来たらガンドレ―のやかましい声が聞こえてさ』
未だに状況が飲み込めていないベック。
『で、ガンドレ―に話を聞いたらここで戦闘訓練だって聞いたんだ。そうそう、ガンドレ―からの伝言』
『伝言?』
『一人で戦わずに済んでよかったな。って伝えといてくれだってさ。あいつの優しさ、見た目詐欺だよな』
そこでやっとベックは理解した。
『つまり、ぼくと君が……』
『そう。チームってわけ』
こうなってしまった以上は切り替えていこうと思うベックであったが……
「うーん……君とぼくってどこかで会ったことあるっけ?」
その男に見覚えがあるようなないような。とにかく頭のどこかで引っ掛かりがあり、それがなんなのか見つけられない。
「初対面だと思うよ」
「そうなのかな……」
男の顔を見て熟考するが、結局記憶を掘り起こす前に試合開始の合図が成された。
「先手必勝!!」
相手の男子生徒は、そう叫びながら魔術陣を展開。
油断していた二人に襲い掛かるのは、こぶし大の火球だ。
連続的に放たれたそれがベックたちへ迫るが、日頃のレイジとの戦いにより不意打ちには慣れているベック。
避けることは容易いが、チームメイトが動けないことを想定して自ら盾となり受ける判断をした。
「なッ!」
驚く声を上げたのは火球を放った本人だ。
魔術で防いだりすることなく、生身の状態で受けるベックに焦りを感じているようだ。もしかしたら大怪我をさせてしまうのではないかという懸念が思考を埋めてしまう。
一時的に全体の行動が停止する。
やがて噴煙が捌けていくと、ベックは外傷一つなく両足を地に付けていた。
「なッ──!!」
制服のまま戦う彼らだが、学園から支給されたそれは伸縮性や耐久性が高く、そこら辺の防具を遥かに勝る性能を誇っている。
そのため、火球を受けたところで表面が軽く焦げたりはするものの、燃えたり破れたりすることはない。
だが、正面から受ければ衝撃が体を貫き、火傷することもあり得た。
それにも関わらず無傷のベックの姿を確認した男子生徒は狼狽え、再び驚きの声を上げたのだった。
ベックに守られた男も「おお」、と感心するように声を出した。
「君やるね。ぶっちゃけ飛ばされたり倒れたりすると思ってたんだけど、まさかよろめくことなく、一切動じないとは」
その評価に嬉しさを感じつつ、表情には出さないように顔の筋肉を引き締める。
「これくらい慣れてるし、ちょっと人より頑丈な体してるんだ。あれくらいの魔術ならどうってことないよ」
「助かったよ。ぼく、火は苦手だからさ」
彼はそう呑気に話す。
「そういう割には構える気すらなさそうだったけど……もしかして、開始早々に諦めてたの?」
失礼ながらも疑いの目を向けるベックに対し、男は怒ることなく答えた。
「いや、そんなまさか。あれくらいで諦めるような奴はそもそも学園になんて来ないさ。それに、そんなすぐに諦めて降参なんてしたらあの人たちにも失礼だろう?」
「あれくらいって言葉も失礼な気が……」
「おっと、使う言葉を間違えたか。聞かなかったことにしといてくれ」
と、言葉を交わす二人だったが、もちろん相手がいつまでも待ってくれるわけもなく、ベックがかなりの強者だとみるや先ほどよりも更に大きな火炎を生み出していた。
男子生徒の魔術陣から生成されていく火炎はどんどん巨大化していく。
ちょっとの攻撃ではダメージが通らないと悟り、一撃に賭けるという判断を下したのだろう。
その火炎を制御する男の隣には、水を纏う女子生徒がいる。
よく見れば男子生徒も水を纏っていた。
「あれは……」
「無理矢理大きくしてるから、放射されてる熱の制御ができてないんじゃないかな」
その女子生徒がフォローしているおかげで、至近距離であれほどの魔術を生み出しても自傷ダメージを受けることなく魔術を練り上げることに集中できているのだろう。
「にしても、即興のチームにも関わらずああやって連携が取れてるとなると……できてたり?」
「変なこと言ってないで、今は戦いに集中してよ」
「ごめんごめん」
掴みどころにないチームメイトに、連携が取れるのかちょっと心配になる。
「ぼく、近距離での戦闘しか向いてなくて、こうした遠距離の魔術の撃ち合いになると見てるか壁になるしかんだけど……」
様子を見ていたことが裏目に出た。
やがて球体になり、それでもどんどん膨らんでいく火炎に、冷や汗がベックの背中を濡らした。
「参考までに聞きたいんだけど、君はあれも受けれたりする?」
「無傷とまではいかないけど……いけると思う。ただ、連発されたら厳しいかな」
先ほどの火球と同じ程度のものなら何発撃たれても耐えられる自身がベックにはあったが、あれほど濃密な魔術は数発が限界だろう。
「まあ流石に連発できるような代物ではないだろう。それにしてもあの男はすごいな。素であれほど魔術が使えるとは」
「なんか……様子見されてない?」
「そうみたいだ」
「多分だけど、一歩でも動いたり魔術陣を展開するとか、ちょっとでも妙な動きをしたら撃つつもりなんだと思う」
「少し雑談しただけでこうも防戦一方な感じの状態になるとは……ちょっと舐めてたかな」
「でも、維持し続けるのも大変だろうから、そろそろ僕らの動き関係なくしかけてくるんじゃないかな」
「ふむ。じゃあ壁になってくれ」
「……そもそも君が避けてくれるのなら、ぼくが食らう必要もないんだけど」
「それもそうか」
「えぇ……」
ベックは思わず呆れ顔になってしまう。
「……よし。いい作戦を思いついた」
「それは?」
「君は僕のことは気にせず、好きに突っ込んでくれ。後ろからサポートしよう」
「え?それ、作戦……なの?」
「確かに作戦とは言い難いが……この状況で綿密な作戦を練れるか?」
「わかったよ……」
仕方なく意識を燃え盛る火球の奥、二人の相手生徒へ向ける。足を僅かに地面の上で滑らせて踏ん張れる位置を探す。
「いくよ」
そして、相方からの返事を聞くよりも先に一気に加速。前方へ駆け出していった。
敵との距離が離れていることはベックにとって不幸だったが、幸いにも走りやすいフィールドだったのは幸いだった。
欲を言うなら大岩が転がっていれば投げつけたり身を隠したりできたのだが、今更考えても仕方のないことだ。
激流のように自身の後方へ流れていく景色と、視界を埋め尽くさんばかりに迫ってくる火球。
しかし、速度は小さかったもとの大差ない。
「いけるッ!」
限界まで。限界まで火球に真正面から近付いていく。それに伴い圧倒的な熱がベックの肌を著しく熱していた。
燃え盛る炎の光に、目を開けていることも辛さを感じる。
やがて、空も大地も視界から消え、全てが火球で埋め尽くされた。
限界だ。
本能的にベックはもうこのタイミングを逃してはならないと感じ取り、体重を全て左足にかけて全力で跳んだ。
自身の身長と変わらないサイズの火球を利用して姿を隠す。追い打ちを防ぎつつ、距離を詰めるという意図の行為だ。
そして、火球を完璧なタイミングで避けたのだ。
魔術は遠距離まで攻撃を届かせることができるが、その分速度がなければ届くまで相手に思考する猶予を与えてしまい、簡単に防がれたり回避をされてしまう。
火の魔術は特に空気の抵抗を受けやすく、速度が出しにくい。
だからベックにとっては敵からの援護と言っても過言ではなかった。
そして、自身の得意距離まで近づけば一方的な試合展開に持っていける。そう確信していた。
しかし──
「あ」
ベックは一つの失態を冒していた。
真っ赤な視界が一度クリアになり、次にベックの目が捉えたのは光輝く細長い物体。
氷柱だった。
隣の女子生徒の魔術だろう。
ベックが火球を利用し姿を隠していた。つまり相手もその火球を利用してベックから姿を隠すことが出来ていたのだ。
火球を避けることを意識し過ぎていた。更なる展開を予測し切れていなかった。
──しくじったッ!!
ベックは咄嗟に避けようと足に力を入れていた。
ベックを狙う魔術が同じような火球だったらそこまで焦る必要はなかった。しかし、氷柱となれば話は別だ。
炎は大した質量を持たず、魔術耐性のあるベックとは相性がいい。だが、鋭利に尖った高速で放たれる氷は物理的な威力が大きく、ベックでもまともに食らえばダメージを受けることは避けられない。
構えられていない状態ではなおさらだ。
ただ、それでもベックに対して致命傷を与えられるほどの魔術ではなかっただろう。しかし意表を突かれ動揺しているベックには立ち向かうという選択肢が浮かんでこなかった。
ここでベックは、もう一つに失態を冒してしまった。
体は右方向へ力が掛かっていた為、左に避けようとすると切り替えの遅延が発生してしまう。だからベックは再び大きく右へ跳ぼうとした。
だが、前方へ走り出そうとしていたところから無理に姿勢を変えたのがマズかった。
足が縺れてしまい、ベックの体は地を転がる。そのまま集中砲火を──
受けることはなかった。
突如ベックの体の下の大地が隆起。その勢いに突き飛ばされて、ベックは宙を舞うことになった。
氷柱は標的を失い、そのまま隆起した地面を粉砕。
「これは!?」
荒ぶる視界の中、離れた位置に仲間の姿を確認した。
足元を指差す彼の姿を見て、ベックは状況を理解。
そうだ。これはチーム戦じゃないか。一人でできないなら仲間を頼ればいい。
斜め方向に飛ばされたおかげで、砕けて不安定な足場でないところに着地。瞬時に接近を図る。
何もせず、戦闘向きではない。そう考えてしまっていた。
だが、ベックにとって脅威となり得るのは男子生徒ではない。あの氷柱を操る女子生徒だ。
再び空中に氷柱が生み出され、その隣では男子生徒が無数の火球を構えていた。
先に放たれたのは火球。
ベックはその火球をものともせずに突き進むが、乱雑に放たれた一つがベックの顔にクリーンヒット。
ダメージはほぼゼロ。しかし、一瞬だが視覚を奪われた。
「ぐっ──」
そして肩に鋭い痛みが走り、氷柱を食らってしまったのだと遅れて理解。
だがベックの耐久力を超えることはできず、突き刺さることはなく軽く仰け反らせるだけの一撃だった。
左手を開いて閉じて、開いて閉じて。まだ痛みを少しの痺れを感じるが、腕が動くことを確認。
急所に当たらなければ問題ない!
ベックはそう判断し、それ以降の氷柱は視認してから冷静に避けていく。
不意打ちでなければベックの身体能力で十分に対処可能だった。
全ての氷柱を避け、回避先を読まれて放たれた氷柱は腕を振るって破壊。
耐えれるとわかった以上、危険を冒してまで回避を徹底する必要はない。それを理解したおかげで緊張はほどけていた。
「射程範囲!」
女子生徒との距離、僅か五メートル。魔術を撃つよりも先に拳を振るえる距離だ。
だが、相手も最後まで抗う。
自身の魔術より仲間の魔術に賭けて、男子生徒が肉弾戦に切り替えた。
女子生徒に下がらせて、時間稼ぎの為にベックへ立ち向かう。
だが──
「うおぁ!?」
ベックへ向かうはずの足が地面から離れず、つんのめるようにして前方へ倒れた。
その隙を逃さずにベックは無防備な男の頭に蹴りを入れる。
「ごぶぁばっ──!」
ある程度加減した蹴りであったが、それでも男の口から漏れた音を聞いて申し訳なさを感じた。
「次!」
男子生徒は後回しにするつもりだったが、邪魔者を減らせるに越したことはない。
ベックはすぐさま氷柱を警戒するが──
「ま、参りました……」
両手を挙げて降参のポーズをとっている姿を見て、息を吐いて体の力を緩めた。
「な?サポートするっていっただろう?」
その女子生徒の背後にはベックの相方が立っており、その後頭部に手を当てていた。
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