70話《一難は去った》
正体不明の集団に襲撃された学園。
その被害は甚大なもので、学生は男女合わせて百十二名が死亡。教師、講師の被害者は四名。その他学園近くにいた一般人も巻き込まれ、二十一名が死亡した。
重傷者、軽傷者も数多く、医療現場は緊迫した状況が続いた。
王都から回復魔法の使い手や聖職者が回される事態になり、今回の事件は世間へ大きく広まることとなった。
詳しい情報は秘匿され、公開されている情報は犯罪組織に襲われたという事実と被害者数だけだ。
襲撃者の人数は九人。たった九人だけだ。
にも関わらず、これだけの被害者が生まれてしまった。
今回の事件がここまで大きな事態になってしまった要因として、学園長が不在だったこと。近々開催される闘技祭のため、そちらに大半の警護が回されていたこと。なにより、単なる犯罪組織などではない、個々が大きな力を持つ者たちによる襲撃だったこと。
それらが重なり、これほどまでの被害になってしまった。
更に、いともたやすく学園内に侵入されてしまっていたことも、不意打ちを許してしまい志望者を増やしてしまった。
敵組織は確認された人数が九人なだけであり、更に多くの人数で攻めてきていた可能性の捨てきれない。だがその確認された九人は、誰一人逃がすことなく、捕縛するか殺害することができていたため、完全にしてやられたとまではいかないだろう。
斧使い。風の魔術使い。外套を纏う暗殺者。盲目の剣士。魔獣使い。黒雨の仮面。重力と魔弾を操る聖職者。爆砕者。
そして、フレット。
彼は素性を隠して学園に侵入していた間諜であり、他の者の侵入を手助けしたと考えられている。
彼は問題を起こすような素行不良の生徒でなく、成績は優秀であり、友人関係にも問題はなかった。
担任を請け負っていたナチュレーザも、彼に対して違和感などを感じたことは無いと話していた。フレットは至って普通の学生だった。
いや、普通の学生を演じていた。と言うべきなのかもしれない。
彼の狂気の底はどこまで続いているのだろうか。彼は狂っていたのか、それとも狂わされていたのか。
……本人が死した今では確定させられない疑問であり、考えたところで無駄だ。
現時点でフレットが裏切者だったことを学園内で知っているのはロアとナチュレーザだけ。
これ以上の混乱を振りまくことが無いように伏せられており、その他に知っているのは国の上層部だ。
──────────────────────────────────
「──以上が、今回の騒動で発覚した情報と、考え得る可能性の大まかな報告になります」
「そうか。報告感謝する。後で資料を複製しておいてくれ。このことについては、後で俺の方で王へ報告しておく。レーザ、今日のところはもう休むと良い」
「ありがとうございます。クーリアさん」
「……すまないな。救援が遅れてしまって」
「いえ、今回ばかりはどうしようもないことでした。クーリアさんが頭を下げる必要は無いかと……」
「それでも、だ。例え駆け付けたのが十秒早いだけだったとしても、それで一人でも多く助けることができたのなら、それは価値のある十秒になる。情報の伝達をもっとうまくやれれんば、俺の魔法で即座に……はぁ」
「クーリアさん……」
「今は公式の場ではない。肩の力を緩めたらどうだ」
「……そうさせてもらいます」
「にしても、帝国か」
「まだ可能性の話ですけどね。クーリアさんはどう思いますか?」
「正直、俺も帝国の線はあると思っている。特に、報告にあった聖職者。あれの情報は以前にも聞いた覚えがある」
「と、言いますと?」
「俺の記憶違いかもしれんが、五年間ほど前……俺がまだ国営隊の隊長になる前のことだ。前隊長のデイリー・バクマンのことは覚えているか?」
「はい。国営隊に所属したての頃には特にお世話になりましたので、もちろん覚えていますよ。ただ、亡くなられたのは本当に残念ですが……」
「それなんだ。その、デイリーが殺されたことが関係しているんだ」
「バクマンさんが?」
「あの時は手掛かりが少なすぎて、デイリーを殺した犯人の特定に至れなかった。突然連絡が途絶え、数日捜索した結果、死体として発見された」
「えぇ。あの時はまさかあのバクマンさんが殺されるなんてと、驚くことしかできませんでした」
「俺もそうだった。プライドを捨てて言うなら、デイリーは今の俺よりも圧倒的に強かった。正直、勝てるビジョンが全く見えないくらいだ」
「……」
「そんなデイリーが殺されてたんだ。どれほどの手練れなのかと、そして何者なのかと。何故デイリーを殺したのかと。結局結論付かず流れていった話だった」
「……まさか!」
「そのまさかだと、俺は考えている。レーザからの報告の中にあった、聖職者について。その力と、男子生徒への事情聴取。それと、男子生徒の傷の状態だ」
「力とは、白と黒の弾を撃ってくるというものですか?それとも、重力を操る力のことですか?それとも、増殖するといった力のことですか?」
「弾のことだ。レーザは知らないだろうが、俺はデイリーの死体をこの目で見たんだ。その時の傷口が、報告にあった男子生徒の傷口と同じような状態な気がしてな」
「綺麗に抉られたような傷口が、ですか?」
「ああ。レーザはその生徒の傷口しか見てないし、俺はデイリーの傷口しか見てない」
「男子生徒の傷口をそのままの状態にしてしまうと命に関わるので、治癒を優先させていただきました」
「それは正しい判断だ。だから言葉でしか考える余地はないが、単なる魔術では成しえない傷口だ」
「つまり、魔法ということですか?」
「その可能性の無くは無いが、俺はここで更にもう一つの可能性を考えている。事情聴取での情報からだが、その聖職者は攻撃の度にわざわざ呪文のようなものを唱えて攻撃してきていたらしいな」
「えぇ。そのように聞いています。また、別箇所での戦闘でも、侵入者たちは言葉を唱えていたと」
「今回の襲撃は、帝国の仕業なのではないかと俺は思う」
「帝国の……」
「まだ奴らは不明な点ばかりだ。だが、近年の奴らの特徴として、魔術ではない力を使うときに、その技名と思われる言葉を話す。そんな共通点がある」
「そのことにどのような意味が?」
「わからない。言ったところで、相手に次の行動を予測されるだけだ。自ら晒してなんの利点があるのか、正直考えもつかない。だが、そんな未知数な共通点を俺は睨んでいる」
「なるほど」
「と、なるとだ。当時のデイリーは、極秘で帝国の間者を潰す任務を請け負っていた。そして、肉体を綺麗に抉り取る力。次なる攻撃を言葉にする帝国の共通点……俺は、今回の襲撃は帝国の者によって起こされたもの。そして、その中にいた聖職者は、デイリーを殺した奴なのではないか?」
「帝国の仕業というのはともかく、聖職者については……こじつけでは?」
「こじつけで済むならそれでいい」
「それに、バクマンさんを殺すほどの手練れを殺せるとは……その生徒には申し訳ないですが、どうにも思えないですね」
「その点に関しては同意する。だが、それでも……いや、この話はまた今度しよう」
「そうですね」
「……最後に一ついいか?」
「なんでしょう?」
「奴らが帝国の者だと仮定して、狙いはやはりあいつか?」
「……フレットという名の一般生徒に紛れていた襲撃者の仲間。そのフレットも技名のようなものを言葉にしていたとのことなので、クーリアさんの話と合わせて考えますと帝国の間諜と考えていいでしょう。そして、本人はフレットに襲われたと話し、更にフレットから狙いはお前だとも聞いたそうです」
「はぁ……胃が痛い」
「同感です……」
「あいつを責める権利は無いが……六十年前の王国上層部を恨みたくなるものだ」
「国営隊の隊長が絶対言ってはいけないことですよ」
「デイリーもこんな感じだっただろ?隊長はこうなる運命なんだ」
「それに慣れてしまうと、誤って公式の場で口にしてしまう可能性があるので気を付けてくださいね」
「少なくとも王は許してくれるだろうから問題は無い。それで、あいつはいつ頃こっちに来るんだ?」
「ロアさんなら、当分は来ないかと」
「学園は休校になったんじゃないのか?」
「そうなんですけど、まだやらないといけないことが残っているとか」
「あいつがか?あんな無気力だった奴がそんなことを言い出すとは、世も末だな。なら俺から遊びに行くか」
「そう気安く転移するものではないですよ。いつ今回のような緊急事態が起こるかわからないんですから、無駄に魔力を消耗しないでください」
「俺一人だけなら僅かなものだ」
「それと、事情が事情ですので、今は行かないべきですよ」
「事情?なんだそれは」
「ロアさんと交流のあった生徒が被害者に含まれていまして、それ関係であちらに残っている感じですね」
「そうか。なら、大人しく待つとしよう。あいつが気に入る酒でも探しておくか」
「その前に王への報告お願いしますね」
「……中間管理職でも作るべきか」
「なにをさせるんですか?」
「面倒事と雑用大半」
「誰もやりませんね」
「隊長は辞退すべきだったか」
「そんなこと言ってないで働いてください」
「仕方ない。さっさと済ませるか」
「そうしてください」
風の魔術使い。外套を纏う暗殺者。盲目の剣士。魔獣使い。爆砕者。
彼らは登場することなくどこかで大暴れして終わりました。もしかしたら生きていて、いつか光を見ることがあるかもしれませんね。今のところは考えてませんが……




