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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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66話《帰ろうか》

 フレットが死んだからなのか、ライアの突き刺さっていた針は縮むように消えていった。


 だからと言ってライアが生き返るわけではない。


 針が無くなっても、傷は無くならない。


 失われた命は戻らない。


「……」


 あの時は、フレットがなにをしたのかわからなかった。


 なにもせず体に無数の針を刺せるなら、その力を僕との戦いで使っていなかった意味がわからないからだ。


 だが、死したライアの体から、一つの銀色に光る指輪がでてきた。装飾や柄は無いシンプルな見た目。身に覚えのない指輪だった。


 それで気付いた。


 ライアの元に駆け付けた時点で、ライアの体内に仕込まれていたのだろう。


 そして、フレットは同じような指輪を嵌め、それらと引き換えに武器を作り出していた。


 つまり、本当の狙いがライアだったのだとしたら、フレットの勝利は確定していたということだ。


 今思えば、だからこその余裕だったのかもしれない。


 死人に口なし。


 ライアとフレットの二人だけだった時のやり取りも、なにがあったのかもわからない。


「殺さずに捕えるべきだったな……」


 あれほど冷静さを失うなんていつぶりのことだろう。


 人の死なんて数えきれないほど見てきたのに、ライア出会ってから一年すら経過してないのに、なんて情けないんだろうか。


 レーザ曰く、学園にはフレットの仲間が沢山来ていたらしい。


 内部からフレットが手引きしていたことで、侵入を許してしまったとか。


 ……正直どうだっていい。


 他の奴らがどんな奴だったとか、全体的な被害はどれほどなのかとか、興味ない。


 あとはレーザとオーちゃんたちに任せとけばいい。もう関係の無いことなのだから。


「ロア様、到着致しました」


「あぁ」


「我々はこちらで待機しておりますので」


「いや、帰りは必要無い」


「……承知しました」


 馬車に乗って、揺られて、一体何日経っただろうか。


 外に出ていないせいで景色が全く変わらず、時間の進みがわからなくなっていた。


「帰ろうか」


 隣に座るライアに声を掛けた。


 返答を求めているわけじゃない。


 ただ、なんとなく。


「背負うぞ」


 先に馬車から降りて、抵抗のないライアの腕を引っ張って降ろした。


 腕を首に回させて、落ちないように体を傾けながら膝裏に手を入れて背負う。


「死んでるようには見えないな」


 体の傷は綺麗さっぱり無くなっているし、血色も健康的だ。ただ脱力しているのと、心臓の鼓動が無いだけ。


 魔法は実に便利だ。


「……」


 そこから少し歩くと、大きな門に辿り着く。


 訝しむ視線を向けてくる門番に一言告げる。


「入らせてもらうぞ」


「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「約束は取り付けてない」


「でしたら、少々お時間頂きます」


「ライアがいるんだ。別に良くないか?」


 背負うライアの顔が見えるように向きを変えた。


「……!お嬢様がいらしたのですか」


「寝ているんだ。さっさと入れてくれないか?」


「ですが、あなたの素性が分からないため私では判断ができません」


「はぁ……」


 正しい判断ではあるのだが、こういう時にされると頭が固いとおもってしまう。


「これがわかるなら楽でいいんだが」


 ポケットから金色のバッチを取り出して渡す。


「これはッ!……失礼しました。お通りください」


「助かる」


 あっさりと門を開けてもらい、敷地内への侵入に成功する。


 たまに本物なのか疑われて時間を取られたり、実際偽物だとバレることもあるからあまり使いたくないやり方だ。


 今回はすんなり通してくれて助かった。


「変わらないな」


 門から玄関までの微妙に長いレンガの道。


 左右に広がるのは庭師の頑張りが感じられる庭園。


 屋敷の見た目も、少し色濃くなったようにも見えなくもないくらいの変化。


 背中にライアの重みを感じながら扉の前まで歩き、落とさないよう慎重に片手を外す。


 そして、色褪せた扉を叩いた。


「……」


 少し待つと、内側から扉が開かれた。


「どちら様でしょうか?」


 おずおずと可愛らしいメイドが出迎えてくれた。その反応と見た目の年齢的に新入りっぽさがある。


「ライアの友達なんだけど、デヴァンっている?」


「当主様は書斎にいらっしゃるかと。当主様に御用ですか?」


「そうだね」


「でしたら応接室にご案内します」


「デヴァンと約束は取り付けてないんけど、呼び出していいのか?」


「当主様の意向ですので」


「そうか。じゃあ案内頼めるか?」


「ライア様は……」


「このまま連れていく」


「かしこまりました」


 屋敷の中は静けさに包まれていた。


 別の場所で仕事をしているのか、他の執事やメイドの姿は見えなかった。


 案内された先の応接室で、ライアと隣り合って座って待つこと数分。


「お待たせしたね」


 顎髭の似合うダンディーな男が入ってきた。


「初めまして。私が当主のデヴァン・ストラインだ。えー……すまない。先ほどのメイドが君の名前を聞き忘れていたみたいでね、聞いてもいいかな?」


「ロアだ」


「ロア……ロアと言うのか」


「なにか?」


「いや、すまない。少し懐かしさを感じる名前だったからついね。それで、ロア君は娘を連れて、どういう用で来たのかな?」


「……率直に言おう」


─────────────────────────────────────


 デヴァンは、ライアの死を冷静に受け止めていた。そのように見えた。


 でも、落ち着いているのはあくまで外面だけで、内心は大荒れだっただろう。


 膝に乗せた手は強く握られていて、最後には血が滲んでいた。


 怒鳴られたり、話が通じないほど嘆いたりするものだと思っていたが、実の娘を失ったにも関わらず…………本当に、強い男だなと思った。


 ただ、デヴァンは少し時間をくれと涙声に言って、ライアを抱き抱えて応接室から出ていった。


 当然だ。愛する者を失って、涙を堪えられる人間なんていないのだから。


「……」


 真実を伝えることは、嫌な役回りだ。


 だが、誰かがやらなければいけないこと。


 ならば、僕がやるのが筋というものだろう。


 ……フレットの対して、油断はあった。


 僕を死に至らしめるほどじゃなかったから焦りは少なかった。


 その油断のせいで、ライアが殺されてしまった。


 そもそも、フレットの狙いにライアは含まれていたのだろうか。


 ライアを殺してどうなる?


 僕を狙う過程で巻き込まれてしまっただけ。そうとしか考えられなかった。


 つまりは、ライアを殺したも同然だった。


「……」


「お待たせした」


 目を赤くしたデヴァンが戻ってきた。


 いくらか落ち着いたのか、声の震えは無くなっていた。


「ライアは?」


「娘は部屋に寝かせてきた。近いうちに葬儀を行なうつもりだ」


「……そうか」


「保存魔法まで使っていただき、感謝する」


「僕じゃないが……機会があれば伝えておく」


「よろしく頼む」


 デヴァンは一呼吸置いて、応接室の入口に立ったまま言葉を続けた。


「ここまで娘を連れてきてくれた者に言う言葉ではないのは承知の上なのだが、日を改めてもう一度足を運んでいただけないだろうか」


「それはもちろん」


「すまない。次の時には必ず歓迎の準備を整えておこう。良ければ娘の話も聞かせていただきたい」


「話せることは少ないが……」


「構わない」


「わかった」


 断る理由は無い。


「では、玄関まで見送ろう」


 デヴァンに促されるまま応接室を出た。


 屋敷から出れば、もうライアと会うことはないだろう。


「おや、お客人ですかい?」


「ん?」


 玄関から反対方向から聞こえた言葉。


 振り向くと、そこにはメイドを側に付けた老女がいた。


「寝ていなくて大丈夫なのか?」


「えぇ。今日は体調が優れていてね」


「それはよかった。ちょうど客人を見送るところでね」


「そうなのかい。ちゃんとお茶は振舞ったのかい?」


「手を離せない用事が入ってしまってね。また今度の機会に、ということにさせていただいた」


「それならあたしがお相手しようかい?」


「……そうだね。このままお返しするのも忍びない。少しゆっくりしていただいてからお帰りいただこう。こちらは私の母、メイシェリア・ストラインだ」


 ……そうか。この家に来たなら出会ってもおかしくはないのか。


 すっかり忘れていたし、姿も昔とかなり変わっていたから名前を聞いてからじゃないと気付けなかった。


「ユユ。お茶を入れてきてくれないかい?それと、お茶菓子もお願いね」


「かしこまりました」


「それじゃあお客人。あたしが案内するよ。着いて来ておくれ」


「……随分老けたな」


 気付いてから見れば、目の感じとかの面影は残っている。


「ぁ……」


「ロア君。客人と言えど、母にそのような物言いは控えていただきたい」


「ッ……いえ、いいのです。デヴァン」


 どうやら、気付いてくれたらしい。


 忘れられていたら、ただ口の悪い印象を付けるだけになってしまうところだった。


「久しぶりだね。シェリー」


「ロア様は、変わらないですね」


 彼女の手を握った。


 久しぶりに握ったその手はしわくちゃで、力を入れたら簡単に折れてしまいそうだった。


「ロア様!?え、あのロア様?ロア君が母さんがずっと言ってたあのロア様!?」


「お静かになさい」


「あ、うん。ごめん……」


 厳かな印象は貼り付けていただけのものだったのか、デヴァンは子供のような口調になった。


 当主だろうがなんだろうが関係無い。子は、母の前ではどこまでもただの子供になるのだろう。

少しづつ、ロアの謎が解かれていきます。伏線が下手なんで容易く気づかれてそうですけどね。

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