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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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60話《終演に向かって》

「ゴエァ──」


 正面から岩盤に打ち付けられ、蛙が潰れたような声を鳴らして吹っ飛ぶフレット。


 逆さまの状態のまま崩れていた塀に衝突し、その身で更に砕いて学園敷地内へ転がっていく。


「……」


 フレットは起き上がらない。


 しかし体は僅かに上下しており、息はまだ残っているようだ。


 荒れ狂っていた泥は既に消え失せていた。雨が降って水溜まりができているだけの、いつも通りの景色だった。


「……大丈夫かライア」


 あの状態のフレットなら、もし再び襲ってきても遅れを取ることは無いと、そう考えたロアはライアの元へ向かった。


 ライアは足を抱えて木を背に座り込んでいた。


 少し落ち着いているものの、その足からは未だに血が流れ出ている。


「ぅ……んッ……」


「強がらなくていいさ。応急処置しかできないが……任せてくれるか?」


 フレットの攻撃は正確なものだった。


 足の骨や大きな血管を上手く外して攻撃していた。


 本当にライアを殺すつもりはなく、ただ足を奪うだけの攻撃だったんだろう。


 ライアはロアの言葉に、ゆっくり頷いた。


「目は瞑っていた方がいいぞ。少し痛む」


 ライアが目を瞑ったことを確認し、ロアはその足の穴に指を入れる。


「……んぅ!」


「頑張れ」


 指先が広がって膨張し、その傷を埋めていく。


 それに伴いライアは苦痛に呻き、汚れたり怪我をすることも構わず地面に爪を突き立てて握る。


「あ、く……うぅ……!」


「それだと爪が剥がれる。背中でも腕でも、どこでも掴んでいいからもう少し頑張ってくれ」


「んッ……」


 ロアの左腕を胸に引き寄せてギュッと抱き締める。しかし全くの加減無く爪を突き立て握り締めている。


 一つ一つ、これ以上傷を作らないよう丁寧に。


「いッ……ぅッ…………はぁ、はぁ」


「よく耐えた」


 冷や汗をかき、乱した息を整えるライアをロアは静かに待つ。


「ロア君、この足……」


「綺麗になってるけど、見た目だけなんだ」


 ライアの足は流れ出たばかりの血液が伝っていたり、土汚れたりしているものの、先ほどまでの痛々しい穴は元から空いてなかったかのように綺麗になくなっていた。


 汚れも雨によって少しづつ洗い流されていく。


「水とか空気に触れてない分、さっきより痛みはないと思う」


「うん……」


「でも歩くのはやめておいた方がいい。こうして話せるならまだ大丈夫だと思うけど、用心に越したことはないからね」


「フレット君は、生きてる……?」


「あの男のことか?」


「うん」


「あんな男の事を気にかけるのか?」


「……クラスメイト……だから」


「……はぁ。死んでない。まだ生きてたよ」


「そう、なんだ。よかった」


「生かしてたらまた襲われるかもだぞ。ライアが望むのなら、今すぐにでも片を付けてくるが」


「ううん、いいの。フレット君にも、なにか事情があったんだと思うから……」


「……そうか」


 ロアはそれ以上フレットに触れない。


「あの……もしわたしが死んじゃったら、フェーレの事任せてもいい?」


「そこまで怯える必要は…………いや、あぁ。そうだな。その時は任せてくれて構わない」


 それでライアの気分が安らぐのなら、いくらでも頷こう。


「うん。ありがとう。約束だよ?」


「契約じゃなくてか?」


「そんな硬いものじゃなくて、本当にただの約束。書面の用意だってできないでしょ?」


「……そうだな。約束だ。もしライアになにかあっても、フェーレのことは守ると約束しよう」


「うん!」


 こんな状況でもフェーレのことを気に掛ける。ライアは本当にお人好しというか、なんというか……


「僕が助けを呼んでくるのと、このまま助けが来るまで待つのと、僕がライアを背負って一緒に行く。どれがいい?」


「えっと……」


「フレット!」


 突然塀の中からフレットを呼ぶ声が聞こえた。


「……レイジか?」


「そうみたい」


 壊れていない塀に隠されて見えなかったが、レイジがこちらに向かってきていたようだ。


「大丈夫ですかフレットさん!どのような者に襲われたのですか!?君を襲った者はまだ付近にいますか!?」


 もう一人の声も聞こえた。珍しくいつもの冷静さが乱れている。


「レーザも来ているのか……なら安心だな」


 レイジだけならともかく、ナチュレーザがいるのなら話が早くて済む。


 ライアの状態を伝えて、フレットのことも話さなければ。


 足音が近くなると、壊れた塀から二人の姿が見えた。


 ナチュレーザはいつも通りだが、レイジの状態はとても酷い。


 制服がただのぼろ切れみたいに汚れて穴が開いていた。怪我も相当なもので、全身血だらけだった。


「レーザ!」


「ロアか!?おい、ライアもいるじゃねぇか!」


「ロアさん?何故ここにロアさんが?まさか、お二方も襲われたのですか!?」


「そうなんだが、なんでここがわかったんだ?」


「……あの強い光ですよ」


 一回だけゆっくり息を吐いて、少し冷静さを取り戻したナチュレーザが指差したのは、フレットが出した光だった。


「それよりもなにがあったのですか?」


「あぁ、実は──」


「レイジ!先生!ロアがいきなり襲ってきたんだ!」


「……は?」


 気を失っていたかと思っていたフレットが、いきなり喋ったかと思えばまさかの大嘘を吐いた。


 折れたあばらが肺に刺さったのか、口から血を吐くフレット。しかし、気にすることなく右頬を掻きながら言葉を続けた。


「ぼく抵抗できなくて、一方的に攻撃されて!次はライアを殺すつもりなんだ!」

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