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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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59話《強者は強者の鴨となる》

 自分の両腕が逝ったことを確信した。


 そして、この戦いでは使い物にならなくなったと悟った。


 【神質癒潔】の発動には、心臓から指先まで途絶えることなく回路が繋がっていなければならない。


 他の回復方法もあるが、それではこの腕の完治には至らない。


 それどころか、不完全に治してしまって後々綺麗に治すのが大変になってしまう。


 だが、腕を使わない戦い方はいくらでもある。まだやれる。


 諦めることはない。


 この腕に最後の働きをしてもらう。


 まだ脳は痛みを理解していない今だからこそ、無理をしてでもできること。


「くッ!」


 更なる攻撃に備えるために肩から腕に力を入れて跳ね起き、その場から即座に離れる。


 腕から嫌な音が聞こえたが、後で治してもらえばいいだけ。


 この調子ならロアの確保はできなくとも、その脅威を伝えることができる。情報さえ持ち帰ることができれば、自分じゃないもっと最適な誰かに指令がいくだろう。


 それに、もう少し。もう少しのはずなんだ。


 まさか気付かれていないなんてことはないと思いたい。


 もしそうだとしても、あいつがこっちまで誘い出してくれる手筈になっていたはずだ。


 ロアの強さは想定以上だったが、逃げに徹すればまだ耐えれる。


 やられっぱなしなのは嫌いだが、この雪辱はいずれ晴らす。直接手を下せなくても、首さえ見れればそれでいい。


 無理矢理引き下ろされたが、方向感覚はズレていない。


 ロアの位置も、ライアの位置もわかっている。


 地面に変化はない。下方からの攻撃は来ないとみていいだろう。


 ならば、注意深くロアの動きを観察し、次の回避行動へ移ればいいだけ。


 ……あれ?


 ロアが見えない。


 それどれどころか、地面も木も空も見えない。


 ……こんなに暗かったっけ。


 逆さまだから?いやそんなわけないか。


 もしかしたら目をやられちゃったのかな……?


 でも雨は見えてるし、目はちゃんと機能してるよね。


 それにしても沢山あるなぁ。雨粒も大きいし、ゆっくり落ちていってる。


 ……ゆっくり?


 雨ってこんな綿毛みたいにゆっくり落ちるものだっけ?


 雨粒が大きいと空気抵抗とかでゆっくりになるとか?


 そんなわけないよね。


 あー、腕どうしよ。ポーラーの【神質癒潔】ならちゃんと元に戻るよね。そう信じたいところだなぁ……


 みんなは上手くやってるのかな?


 クヌーブはナチュレーザだっけ?ずっと一緒に頑張ってきて、背中流し合ったりした時もあったなぁ。ほんと、もしかしたら一番の親友だったかも。


 でも確か、勝ちを見込まれてないただの捨て駒として配置されてるんだよね。クヌーブはナチュレーザのことを弱いって思ってるんだろうな。可哀想だけど、少しでも時間稼いで死んでくれてれば良いかな。


 エアは学園内でとにかく暴れまくる指令だったな。今頃血の惨劇を作ってるんだろうなぁ羨ましい。


 寮には誰が向かってるんだっけ……もう覚えてないや。


 クヌーブはともかく、他のみんなは楽しそうでいいなぁ。


 ……絶対ここにはマダーウェが来るべきだったよ。


 マダーウェのことは嫌いだけど、文句を言えないくらいには強い。


 なんでマダーウェが訓練場にいくんだろう。レイジはぼくだけ十分だと思うんだけどな。


 マダーウェならロア相手でも何一つ誤ることなく立ち回れるんだろうなぁ……


 ぼくも【現身変幻】が使えればなぁ……


 ……というか、ぼくはいつまで逆さまでいるんだ?


 このままじゃやられちゃう。体を動かさないと。


 …………


 いや、体は動いてる。でも、雨みたいにゆっくりとしか動いてない。


 この現象はなんなんだろう。


 ぼくだけが遅くなってるならそういう攻撃を受けてるってことなのはわかるけど、自然物にまで影響を及ぼせるとなると……指定した範囲の全てを遅くできるのかな?


 だとしたらこんなに考えれることに説明がつかない。


 雨まで遅くするのに、脳まで影響を受けないのはなんでだろう。


 あ……雨が潰れて細かい飛沫になってる。


 なにかにぶつかってるのかな?


 なにか、ある?


 …………あ……これが走馬灯ってやつ?

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