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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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58話《頂点は不安定》

 フレットはロアの隙を狙うことなく、ただ嘲笑っていた。


「お前……」


「いつやったんだって顔してる?さっき君に撃った変な色の弾だよ。目立たない小さいやつ作って木の陰に隠しておいたんだ。それを今ライアに撃っただけ。言ったでしょ?死ぬ気はないからね。なら、わざわざ化け物とまともに戦うわけないでしょ?」


「んん──ッ!」


 唇を噛んで苦痛に耐えるライアだが、黙っていられないほどの痛みに襲われて声を漏らしていた。


「これでライアの足を潰したから、ライア一人じゃ逃げられない。ロアは抱えるなり背負うなりして、精一杯ライアを守りながらぼくと戦わないといけなくなっちゃったってわけだね!」


「……そうだな」


「よし。じゃ、もったいぶらずに使ってみよっと。【偽開】!」


 ──カチ、カチ、カチ。


 フレットは、ロアまで聞こえるくらい力強く歯を打ち合わた。


 三回だけ。それ以上はやらず、ただそれだけに留める。


「……ふぅー。レイジはわかってないんだよ。この力は加減が大事なのに」


「……」


「あれ?別になんとも思ってない感じ?もしかしてレイジのこれ見たことない?」


「知らんな」


「そっかぁ……ライアを助けに行かないの?あんなに血を流して痛がってるのに放置?」


「どうせ助けに行けば攻撃してくるだろ」


「そりゃ当たり前だよ。ぼくはライアの命さえあれば、その他はどうだっていい。手が無くなっても、顔に傷ができても知ったこっちゃない」


「このままだと死ぬぞ」


「だいじょーぶ!その前にライアの役割は果たされるからね」


「……お前を倒してからライアの応急処置に向かわせてもらおう」


「クハッ!【偽開・空打】!」


 ヒュ──と、空気を切断する音が聞こえ同時に、ロアの胸が飛散した。


 ドポンという重々しい沈むような音だった。


 大部分が無くなり、一般人であればこのまま大地の肥料になるしかない。


 だがそれでもロアが倒れることは無い。


 飛散したものは溶けて浸透していき、体の断面には相変わらず肉や臓器は見えない。


「やっぱ意味ないよね。念のためやっておきたかっただけだからいいけどさ」


「……」


 ロアは千切れかけている腕を支えつつ、ライアには攻撃されていないことを確認する。


 桶に水が満たされていくように、体の内側から再生していった。


「にしてもレイジの力って凄いね。全知全能になった気分だよ。大袈裟か!」


 クハハと左頬を掻いて笑うフレット。


「随分余裕なんだな」


「そりゃそうだよ。ロアがほぼ不死身だってのはキツいけどさ、ロアのなまっちょろい攻撃を受けることもないってのも、さっきのでわかったからね!」


「……」


 無言でフレットを見つめるロア。


 その足元から、予備動作なく再び土槍がいくつも飛び出す。


「クハッ!」


 フレットはそれを右に横っ飛びして回避。


「ん?」


 その時、フレットの靴からカチッとなにかが外れる音がした。


「チッ……」


「おぉ、念のため対策仕込んでおいてよかったねー」


 地面にはフレットの靴底だけが残っており、その上方を土槍が突き抜けていた。


 それは、以前フレットが見かけたロアのやり口に対する処置の一つ。確信は得られていなかったが、やはりロアは何らかの方法で靴底を地面に括り付けて行動を阻害してくるようだ。


 もし今回のように靴底が簡単には剥がれるように靴を改造してなかったり、運よく脱げていなければフレットの足はめった刺しになっていただろう。


「油断ならないね!」


「……」


「おわっ」


 フレットは死角からの土槍にも片足を上げて危なげに回避。


「レイジの魔法と合わせて大丈夫なのかわからないけど、多分いけるでしょ。【偽開・魅撃零式】」


 再びフレットは目を瞑った。


 それからフレットは、ロアを翻弄するようにちょこまかと走って跳んで、舞っていく。


 時には腕や足を振るって、ロアの攻撃が届く前に破壊。


 そのたびに砕けた破片が広範囲に飛散し、まきびしのように転がった。


 フレットはそれら全ての間を縫って足を付け、時には塀や木を足場とし、時には土槍すらも利用して避けていく。


 圧倒的だった。


「……」


 にも関わらず、フレットの表情は段々と曇っていく。


「うーん……」


 初めはフレットが優勢に見えたし、実際優勢を保っていた。


 だが、時間が経てば経つほど、ロアの攻撃のキレが上がっていくのだ。


 元から、多少優位性は崩れるとは思っていた。


 【魅撃零式】の長時間の使用は負担が大きい。連続使用さえ厳しさがあるが、そこにレイジの魔法を重ねているのだ。


 だから、少しづつ動きは鈍るし、地形や環境の形を捉える精度も下がってしまう。


 それでも、フレットが待つその時までは持ち堪えられると思っていた。


「……これまじ?」


 なのに、ロアの攻撃の速度も、範囲も、どんどん強化されていく。


「やばいかも……追加……いけるかな。【偽開】」


 ──カチッ。


「──はっ!?」


 一瞬、フレットが感じていた世界が大きく歪み、意識が遠のいていた。


 思わず目を開いてしまい、【魅撃零式】が解除されてしまった。


 ギリギリのところで持ち直し、正面から向かってくる蛇のようにうねる泥に対して【炎煌】をぶつけてから空打で破壊。


 鼻下に変な感覚があったので、挟みこんでくる泥を飛びのいて回避しつつ指先で拭ってみると血がついていた。


「もうこれ以上は無理かな……」


 全方位認知できていたからこそ、どこからともなく襲い掛かってきても対応できていた。だが、視界からの情報が主になってしまうと、戦い始めの時の攻撃ならともかく、今のロアの攻撃の完全な回避は厳しいものがある。


 そもそも【魅撃零式】と雨の相性が悪い。


 雨粒を一滴すらも逃すことなく認知してしまい、余計に世界を乱されてしまうのだ。


 更に滑りやすくなるから戦いにくい。


「運が悪いなぁ……」


 フレットの心にあった優越感が薄れていく。


 ふと、ロアの攻撃が止んだ。


「いい加減、終わりにしようか」


 嫌な予感がしたフレットは、大慌てで地面から足を離して塀の上に避難した。


「待て。待て待て待て待て!」


「待ってやれるほどお人好しじゃない」


 大地がフレットに牙を剥いた。


 これまでのフレットを狙ってくる攻撃とは規模が違う。


 どこもかしこも生き物のように蠢く。


 元の高さと同じところで波打つところもあれば、五メートルは優に超えているところもあり、自然に発生する波ではありえない。


 親鳥からご飯を貰うひな鳥が、上を向き口を開けて鳴くように、泥がフレットに向かって波打ち奮い立ち、唯一の安全圏だった塀の上すらもあっという間に覆い隠していく。


「ああくそッ!【偽開・グラビティ=レイズ】ッ!」


 フレットは逃れるために跳躍し、その勢いのまま空に上がっていく。


「死ぬ気はないんだよ!」


「逃がさない」


 ロアの操る泥が蛇のようにフレットを襲い、足に噛みつきそのまま絡みついた。


「くッ!」


 下に引っ張られて、内臓が浮遊感に襲われる。


「【偽開・炎煌】ッ!」


 極炎の威力を増して拘束を解こうとするが間に合わない。


 どうにか頭を回転させたフレットは、己の体が向かう先へ、下方へ極炎を放出した。


 纏わないのなら加減は必要ない。


 手のひらが焼けようが全力で、限界まで泥を燃やし尽くす。


「【モールディング】ッ!」


 地面に叩きつけられる直前、残った左手の人差し指と親指の指輪を消費して、前腕に盾を装着して衝撃に備えた。


「──ッ」

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