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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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56話《奪う者》

「……お前の仕業か?」


「いーや?ぼくはなにもしてないよ。ぼくもちょっと驚いちゃった」


「質問を変える。あれに心当たりはあるか?」


「うー。計画にはないけど……そうだね。心当たりはあるかな。それに、もしかしたらぼくらにとっても不都合なことかも」


 フレットは人差し指を上に向けてくるくると回しながら曖昧に話す。


「それでね、ゆっくり待とうかと思ってんだけど、あれのおかげでもうあんまり時間が無いってことがわかったよ。だからその前にぼくのやりたいことをやらせてもらうね!」


 意気揚々と戦闘態勢に入るフレットは、持っていた長剣を後ろに投げ捨てた。


「【モールディング】」


 全身の関節の可動域以外を、上半身と下半身に分かれて継ぎ目のない金属板が水が流れるように滑らかに覆い始め、右手の指輪が小指だけになっていた。


「ロアに対しては多分あって無いような防御策だろうけどね。動きやすさ?戦いやすさ?まあそこら辺がやりやすくなるんだ」


「剣は要らないのか?」


「あんなの持ってたら動きずらいじゃん。だからちゃんと戦うならこういうやつなんだ。【モールディング】……ね?」


 フレットの拳に生み出されたのは拳鍔。メリケンサックとも呼ばれている、ナックルダスターという格闘具だ。


「……消耗品か」


 今度は、右手から指輪が無くなり、左手の小指の指輪も消えていた。


「レイジといい、ベックといい、物理で戦う奴多くないか?」


「魔術って爆発力には優れてるけど、極限まで極めないと決定打にならないし、長期戦に向いてないからね」


「……同感だ」


「あくまでサポートとして使うくらいがちょうどいいんじゃないかな。じゃ、やろっか」


「そうだな」


「おわ──」


 フレットとライアの側の大地が、まるで巨大な槍のような形で突き出した。


 それは、フレットだけを正確に狙う不意打ちの一撃。


「──っと。危ないなぁ」


 フレットはそれを回避しつつ側面を裏拳で殴り、耐久性を確認。


「正面から殴り壊すことは厳しいかな……ほっ!」


 フレットの足元から出でた追撃の土槍も難なく回避。


「……ライア、木の元まで離れていてくれ。無事に帰すから」


「う、うん」


「もう害は与えないって言ったじゃん。心配症だなー」


「信用されると、本気で思ってるのか?」


「うわーん、悲しいなぁ……」


 フレットはそんなふざけた悲しむ演技を終えると、


「【偽開・魅撃=零式】」


 そう唱えて無防備にも目を閉じた。


「これは今は亡き師匠の戦闘法なんだ。昔の記憶を頼りに再現しただけで完璧には程遠いくて自己流なところもあるけど、ロアも楽しんでくれると嬉しいな!」


 フレットが先のロアからの攻撃を、後方に跳んで回避したため、二人の差は十メートルほどになっていた。


 フレットはロアの攻撃を警戒しているのか、二人の中心から円を描くように塀側に走りだした。動きはそこそこの速さ。赤子以外なら容易く目で追えるほどだ。


 フレットは跳躍して塀の壁に足を付け、靴と壁の些細なざらつきを活かして更に跳躍。


 塀の上部に手を掛け、片手で軽々しく体を持ち上げて登ってしまう。


「ここならどうか──」


 フレットを狙った土の針は、命中することなく素通りしてどこかへ飛んで行った。


 針と言っても指先でつまめるサイズのものではなく、腕ほどの大きさがある。先ほどの槍よりスリムな形状で、より鋭利になったものだ。


「自由自在かぁ。ま、そう都合よくなるわけないよね。【偽開・空打】」


 塀の上でバク転を披露し、余力を持って回避したフレットは、届くはずのない距離にも関わらずロアに向かって腕を振った。


 その腕は空を切ることなく、途中でなにかにぶつかったかのようにパンと弾けた音と共に不自然に停止。


 ロアは目を細めるが、間髪入れずにその意味を知る。


 左の頬に強い衝撃を受け、強制的に首を動かされ右を向く。


「これは……?」


 しかし考える暇もなく、弾ける音が続いた。


 視認できない猛攻がロアを襲う。


「…………」


 全身に衝撃を受けつつも、ロアはフレットから視線を外すことはない。


 フレットは舞のように全身を使って虚空を叩く。


「鬱陶しいんだが」


 フレットの攻撃を、まるで視界にチラつく虫のような扱いで済ませ、反撃。


「っと、やっぱり力不足かぁ」


 死角からの土の針に対して、注意を向けることなく首を傾げて回避。うなじと尾骨辺りを同時に狙う攻撃も、小さくジャンプして肩から捻って回転することであっさりと避けてみせた。


「【偽開】……あー、確信の無い情報だったし、やっぱ効かないよねー」


 次にロアを襲ったのはただの火球だったが、それはロアの前に迫り出させた土壁によって防がれて消える。


「どこからの情報なんだ?」


 土壁は地面に呑まれるように沈んで同化していく。


「さーてねっ!」


「……」


 地面が大きく盛り上がり、塀を歪に変形させ崩壊させる。


 フレットはリアクションを取ることなく、壊れつつある塀の瓦礫の上をぴょんぴょんと跳んで無事な塀まで渡っていく。


 その移動の結果、ロアにとってはライアを背後にフレットと戦えるちょうどいい位置になった。だがそれは逆に、フレットからすれば直線上にライアとロアを同時に攻撃できるということでもある。


 不安要素が増えてしまった。


 フレットはライアはこの場にいる限り攻撃しないと言っていたが、それは信用できないし偶然巻き込んでしまう可能性もある。


「……面倒だ」


 ロアはたまらずぼやいてしまう。


「これ好きじゃないんけど……【偽開・リコシェギア】、【偽開・アクティベート=リコシェ】。効き目があればいいんだけど、どうかな?」


 フレットの周囲に白く、そして黒く混ざり合う球体が浮かび、一斉に撃ち出される。


 それらはロアに向かって撃ち出されていたが、そのほとんどは見当違いな方向へ。


 しかし、一部のロアを外れる球体の向かう先にはライアの姿があった。


「チッ……」


 早速前言撤回したか。


 前方には土壁を迫り出して防御。次にライアの安全を──


「クハッ!【偽開・──」


 フレットは、ロアの意識が完全にライアに向く、この瞬間を狙っていた。


 その一瞬の隙を使って狙うのは、ただ一人。ロアだけだ。


「──空打】!」


 フレットは連続で拳を振るって虚空を振動させた。


 その響きは正確に球体へ流れていき、その進行方向へ先回り。


 球体はライアへ飛んでいくことはなく、その直前で跳ね返った。


 ライアに向かっていた球体だけでなく、地面を穿つはずだった球体も、森の中に消えていく軌道だった球体も。


「くそッ……」


 その時ロアは、ライア周囲に土壁を生成している最中。


 咄嗟に自身の防御へ移行するが──


「がッ──」


 一足先に、真っ直ぐにロアを狙っていた球体。


 それが土壁を簡単に砕いてロアの背中に直撃した。つまり、仮にライアを狙われていた場合、無意味な守りとなりライアは攻撃されていただろう。


 自分が狙われて良かったと思った。


「【偽開・ギアアップ】【偽開・ギアチェンジ】」


 更に弾速が加速。


 後方からの攻撃を食らい、思考に空白が生まれてしまったロアが対処することは不可能だった。


「ロア君!」


 ライアの全方位を包み込むように土壁で守ろうとしていたが、それを中断したため最優先で創り出した前方の土壁以外は未完成の状態だった。


 土壁の陰からライアと目が合う。


 もう一秒も残されていないなかで、ふとロアは思う。


 ライアにはどう見えているのだろうか。


 綺麗な瞳には涙が浮かび、頬は赤く染まっている。それだけだったら艶めかしさを感じていたかもしれない。


 でも、こちらに伸ばされた手は赤く染まっていて、潤んだ唇から悲痛な声で名前を呼ばれ……


 申し訳ないなぁ。


「はぁ」


 最後にロアがした行動は、小さく息を吐くことだった。


 ──ドドドドドドッ!!


 連続的に激しくロアへ直撃。


 いくつかは外れて通り過ぎていくが、それも再び反射してロアを撃ち抜いた。


 一瞬のうちに上がった土煙や白煙色濃く漂い、ロアの姿を隠していった。

リコシェギア。ズルい力ですねぇ

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