55話《不鮮明による不安》
音もなく、二人の前にいつしかロアが現れていた。
彼はこんな状況を目にしても、焦る様子はなく、狼狽えたり驚いたりすることもなく、いつものように面倒さそうなため息をつくだけ。
そんな様子のロアだが、その表情はいつになく真剣なものだった。
「ライアに呼ばれたのかな?それともロアが感じ取ったのかな?」
「……」
「ぼくは知ってるよ。二人には魂からの繋がりがあるって!」
「チッ……」
「ぅッ……なんの、こと……?」
ライアには、フレットの言っていることに心当たりがなかった。
ロアと魂からの繋がり?
なにを言っているのだろうか。
恋人だとかそういう話?両想いだから魂が繋がっているということなのか。
でもそもそもロアとはそういう関係じゃない。
じゃあなんで?
「だからライアを利用したんだ!ライアを傷つけたくなかった。でも、ロアを封じ込めるためなんだ。そうしろって言われたんだ!」
言い訳をするかのように、言葉を連ねていくフレット。
「言われたからにはやらないと!だから!……ねぇ、ライア」
「ぁッ……」
「大丈夫。言う通りにすれば痛くしないからね」
完全にフレットに対して怯えを知ってしまったライアは、ただ言いなりになるだけ。
「……なにをする気だ?」
「やっと言葉を話す気になった?さっきっからずっと黙ってるから、人間を忘れたのかと思ってたよ。でもちょっと待ってて。すぐわかるから」
再びライアに注目するフレットだが、ロアを警戒しているのだろうか?ロアが正面になるように、ライアの周りを半周歩く。そしてライアを挟んでロアと対峙する形にした。
「ねぇライア。ぼくからのお願いは一つだけ。たった一つお願いを聞くだけなんだ。それだけ済んだら解放してあげる。どこにでも逃げていいから。ね?」
ライアの横にしゃがみ込み、赤子をあやすような声色で告げた。
「──!」
フレットは信用できない。でもその言葉を信じたい。
その先に希望を感じたから。
「辛いと会話も大変だろうし、とりあえず直してあげる。【偽開・神質癒潔】」
フレットがライアの傷に手をかざすと、じんわりと温かみが広がって痛みが消えていった。
それは、フレットにやられた傷をフレットが癒したという、ただのマッチポンプな行為だった。しかし散々痛みに苦しみられていたライアは、癒されたという事実だけを大きく受け止めた。結果、内心には安心が広がった。
「本家には及ばないけど、結構楽になったでしょ?気が狂ってさえしなければ体の不調は無くなったと思うんだけど、どう?」
「えっと、あの……ありがとうございます……?」
ライアの中でこの状況が処理し切れず、訳も分からず感謝してしまう。
「大丈夫そうだね。じゃあロアに一言、動くなって命令してくれない?」
「動くな……?」
「似てる言葉でもいいよ。止まれとか、抵抗するなとか、停止しろとか」
「でも……」
「でもじゃない。痛くされたくないならやるだけ。わかるよね?」
地面に流れるライアの髪ごと、ライアの耳の真横に剣を突き立てた。
苦しんで癒されて、死さえ覚悟したライアの思考は、膜に包まれているようにぼんやりしていた。
だが、突き立てられた剣に付着している血が目に入り、嫌でもさっきの痛みを思い出してしまって冷水を掛けられたかのように意識がはっきりとする。
抑えの効かない震えが襲う。
「ッ……」
痛いのは嫌だ。
また踏まれるのは嫌だ。
言わないと刺されるかもしれない。切り付けられるかもしれない。
そんな思考に頭が埋め尽くされる。
なのに、怖いのに……どうしても、それを塗り替えて浮かんでくる。
それは駄目だ。と。
「……」
「ライア?」
もしかしたら、なにも起こらないかもしれない。
でも、ここまでのことをするフレットが、意味のない変なことを言うわけないとも思う。
言うこと聞いてしまえば、ロアを犠牲にするかもしれない。
身代わりにするということだ。
我が身可愛さに、他人を売る。
フェーレの想い人を──
……いや、それはフェーレを理由にしているだけ。言い訳に使っているだけだ。
「ねぇ早く」
ロアがそこにいる。
そのことを意識するだけで、痛みが安らぐほどに心温まる。
これは、友達だからからなのか。
それとも──
「……い、言えません」
「は?なんで?嬲られたい?死にたいの?」
「それは……嫌……です」
「じゃあなんで言わないの?ライアには言う以外の選択肢は残されてないんだよ?」
「それでもッ──!」
「いいぞライア」
ライアの葛藤を覆したのは、その根本にいたロアだった。
「僕は別にいい。ここは素直に聞いておいた方が身の安全に繋がる」
「でも、ロア君は!」
「大丈夫さ。ライアがなにを想像してるのかは知らないが、そいつが考えてることは起きないから」
「もしかして解除済みってこと?……ま、ロアも良いって言ってるんだからさっさと命令してよ」
もう二人がなんのことを差して話しているのかわからない。とにかく流れに身を任せるしかなくない。
「……う、動かないでください」
フレットはその言葉を聞くと満足した様子で剣を抜いた。
「──は」
体が弛緩し、詰まっていた息が漏れた。
緊張状態に置かれていた体が酸素を欲して鼓動を速めている。
ライアは運動した後のように息を荒げながら、ロアを案じて様子を確認した。
「……」
ロアは手を開いて閉じる。それを何も言わずにただ繰り返していた。
「そっかぁ……解除してたんだね。いつやったのかな?そんな素振りは無かったはずなのに」
「……」
「困るなぁ、計画が台無しじゃん。どうしてくれるの?」
「だったらそのまま帰ってくれないか?」
「うーん……それは無しかな。仕方ないけど、無理にでも進めさせてもらうよ。まだやらないといけないことは残ってるんだから」
「……そうか。ライアはどうするんだ」
「変に人を呼ばれても困るし、もう害は与えないからここにいてもらうよ」
「……計画について聞かせてくれるか?」
「やーだね。ロアに逃げられたら困っちゃうじゃん」
「狙いは僕だけ?」
「それだけはやんわり教えてあげるよ。そうだけどそうじゃない、かな」
「仕掛けてこないのは時間稼ぎか?」
「あ、わかっちゃう?そうだね。まだその時じゃないんだ。もう少し待ちかな」
「こっちから仕掛けるのはお前にとって都合が悪いってことか」
「全然。良い暇潰しになるから大歓迎だよ」
「お前には楽しむほどの実力があると?」
「じゃなきゃこんなことしないでしょ」
親しい間柄のように平然と会話をする二人。
だが、互いに他者を寄せ付けないほどの明らかな敵意を向け合っていた。
「ごめんライア」
「……ぇ?」
ライアはロアからの急な謝罪に、思わず抜けた声が出た。
「ちょっとこれは、完全に僕がライアを巻き込んでしまったみたいだ。本来ならこんなことには成り得なかった。すまない」
「でもロア君は──」
悪くない。フレットに襲われていたところを助けてくれた。それにロアだってフレットに狙われてるではないか、と。
そんな内容の言葉を掛けようとした。
だがライアが声を発するより先に、世界に変化が訪れる。それを受けてライアは口を噤んだ。
「──ッ!?」
学園内の方から聞こえてきた轟音。
それは森が騒めき立つほどに世界を震わせ、地面が大きく揺らいだ。
塀を超えてくる白い閃光。そしてそれは数秒後に赤く変化し、じっくりと時間をかけて収まっていった。
フィナーレが聴こえましたね




