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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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54話《思惑》

「ぼくもね!反対はしたんだ!直接狙えばいいじゃんって!」


「ひっ──」


 声が出ない。


 叫びたいのに、助けを呼びたいのに。


「でも駄目だって言うからさぁ……仕方ないけど、こうするしかなかったんだ」


 いつの間にかフレットの手には刃の長い剣が握られていて、それがライアの腹部に刺さっていた。


 フレットの行動が理解ができず、恐怖に体が支配される。


「大丈夫!まだ殺さないよ!」


 ライアを刺したことに対してなんとも思ってない様子で、明るい声で告げてくる。


「ぼくらの目的は他にあるからさ」


 フレットがゆっくりと腕を引いた。


 その剣先は赤い液体が滴っている。


 制服にも血が滲み出して、刺されたんだと視覚で理解させられる。


 刀身が光を反射し、ライアにその存在を示してくる。


 理解してしまえば、次に脳を訪れるのは痛みだ。


「うぁ……ッ」


 腰が抜けてへたり込む。


 その間にも血は流れ出ていく。


「大丈夫だって。大人しくしてれば死なないから!後遺症は残るかもだけどね」


「嫌ッ……」


「落ち着いてよ。まだ死なれたら困るからさ」


 しかしライアは、自分の血が多量に流れ出ているところを見たことも、鋭利な刃物で刺された経験もない。


 それにまだ学生。冷静にこの状況を見れるわけなかった。


 痛む腹部を庇うように、腕の力だけで体を後ろに下げてフレットから逃げようとする。


「せっかく浅めに臓器を避けて刺したのに、それじゃ意味ないじゃん!」


「ひッ──」


 フレットは表情を硬くし、ライアの頭を掴んで地面に押し付けた。


 それから手首を勢い良く踏みつける。


 怯えたライアは喉がキュッと閉まり、か細い音が漏れ出る。


「大人しくしてて。ね?」


 ライアを見下ろす目は酷く冷酷なものだった。


「もう一回言うけどさ、目的はライアじゃないんだ」


 お腹がジクジクと痛む。泣きたい。逃げたい。


 でもそれ以上にフレットに対する恐怖が大きく、それらの感情が全て上書きされていく。


「うん。良い子じゃないか。契約してる雑魚を呼び出さないもの好感が持てるよ。怖くてそこまで考えが至ってないってものあるかもだけど。あ、駄目だよ?拷問とかされたいのならやってもいいけど、嫌でしょ?」


「──!」


 涙を浮かべさせながらも、小刻みになんども頷く。


「だよね。痛いのは嫌だもんね!」


 フレットの表情が元に戻る。


 それだけでライアは安心感を覚えた。


「ぼくの仲間。仲間と呼びたくない仲間なんだけどね、その中にはさっきのライアの叫び声とかが大好きな奴がいるんだ」


 踏まれてない右手で制服の上から腹部の傷口を抑えて、吐き出したい声を我慢するライア。


「マダーウェって奴なんだけど、なかなかキモイよね?……だよね?」


「──!」


「うん。そうだよね。でもさぁ、ぼくもその気持ちがわからないわけじゃないんだよ。やらないから安心してね?で、なんでわかるかって言うと、安心するからなんだ」


 踏みつける足の強さを弱めぬまま、フレットは言葉を続ける。


「やっぱり、自分が優位にいるだけで人間ってのは安心感に包まれるんだ。ライアは今、恐怖を感じてるでしょ?でも逆に、ぼくはライアがこうして抵抗せず大人しくしてくれて、とっても安心してる。立場って大事だよね」


「──!」


「だよねー!……それにしても、なかなか来ないね」


 なんのことを言ってるのか。


 なにが、誰が来ないのか。


「うーん。これは……まだ足りないってことのかな」


 フレットの底知れない視線がライアを射止める。


 心臓がキュッとなる。


「足りないのはなんだろうね。痛み?」


「ッ!」


「いや、違うか。それよりも深いところ……恐怖心かな。となると、手っ取り早いのは結局痛みを与えることか」


「や……」


「大丈夫。死にはしないから」


「もう止めて……くだ……さい……ッ!」


「でもこのままじゃぼくの目的が達成されないんだ」


「痛っ──!」


 フレットはライアの手首を解放すると、その足でライアの右手の上から未だに血が流れ出ている腹部を踏みつけた。


「さっきは落ち着いてって言ったけど、実はライアは思った以上に強い子なんだなって思ってたんだ。だって普通ならもっと泣き叫んで発狂して狂乱して、ぼくの話なんてこれっぽっちも聞きやしないんだから」


 刺激された切り口から血液が流れ出し、フレットの靴底を赤く濡らしていく。


「だから、過少評価してたところは謝るね。ごめんね。でも、これも大事なことだから」


 そして足首をぐりぐりと捻らせた。


「ああ──ッ!」


「でもこれだと痛みのことばっかり頭に浮かんじゃうよね?だから止めてあげる」


 足を退けて、ライアの横にしゃがみ込むフレット。


「いたい……もうやめてっ……!」


「止めてるって……ね?」


 足を退けてもすぐに痛みが治まるわけない。フレットは剣を左手に移して、痛みに喘いでいたライアの頬に右手を添える。


 それから親指で優しくライアの唇を撫でた。


「ぅ……」


「こんな場所じゃ、叫んだって誰にも届かない。誰もライアを助けになんて来ない」


「やぁ……ッ」


「ほら、助けを呼ぶんだよ。声に出すんじゃない。ライアの奥深くにあるものに、助けを求めるんだ」


「わからないよ……!」


「違う。わかるようにするんでしょ?そうじゃないとまたお腹を踏んじゃうよ?」


「──ッ!」


「難しいよね。でもやるしかないんだよ。死にたくないでしょ?痛いのは嫌でしょ?だったら…………あぁ、もういいや」


「ぇ……」


 もういいや。つまり、もうライアには用がない?用済み?


 用済みになったらどうなる?今生かされている理由は?


「ッ!やります!」


 声を出すとお腹の傷が更に痛くなる。


 でも、それ以上の恐怖に突き動かされて口が動いた。


「いや、やらなくていいよ。やる必要がなくなったからいいやって言ったんだ。でも安心して!まだライアにはやって欲しいことはあるからさ!」


 既にフレットの眼中にライアはいない。


 ライアがフレットに声を掛けたから、それに返答しただけだった。


「クハッ!来てくれたんだね!」


 フレットは新たな来客を元気良く出迎える。


「嬉しいな!」


「ぇ……」


 フレットしか見えていなかったライアは、そこでフレット以外の存在に気が付いた。


 それはライアを更なる絶望のどん底へと突き落す者か。


 それとも希望を見せてくれる者か。


「ああ!とっても嬉しいよ!心苦しかったけど、ライアを痛み付けた甲斐があったってもんだね!」


「……」


「それにしてもいつ来たのかな?走ってくる姿は見えなかったし、そこの塀を飛び越えてきたとしても音が聞こえなかったんだけど……考えても意味ないか!未知ばかりの存在なんだから!ねぇロア!そうだろ!」


「ロ、ア?……ロア君ッ──!」


「……はぁ」

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