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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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48話《圧倒する者》

「──ッ!」


 意識の覚醒。


 溢れる高揚感。


 適度に弛緩する肉体。


 心の臓から湧き上がる力。


 すなわち完全体。


 すなわち──条件未達成。


「おや?戸惑いが見えますね。もしや、獣から人に戻りましたか?」


 体は浮いていた。逆さまになっていた。酷い頭痛に襲われていた。


 いつからこの状態になっていたのか。


 これでは抵抗しようがなかったはず。


 なぜ、自分は殺されていない?


「少々対処が遅れてしまい、四つの私を無駄にしてしまいましたが、これも必要な犠牲……破損……いえ、損失ですね」


 辺りを見回せば、初めに殺した奴を含めて五人の奴が倒れていた。頭が潰れていたり、胴体が千切れかけていたり、様々な死に様だ。


「ナんで、殺さネェンだ?」


「獣である貴方を殺したところで、それは救済ではなくただの殺害になってしまいます。まずは贖罪を。次に救済を」


「ソウかよ」


「罪人には、必ず償いの機会が与えられる。あなたにはその権利があり、私には機会を与える義務があるのですよ」


 奴は身振り手振りで身の内の想いを表現し、淡々と話しを続ける。


 他の奴らは微動だにせず、こちらに顔を向けているだけ。


 作り物みたいな無機質な表情だ。いや、作り物なのか。


「貴方は、神を信じますか?」


 唐突な話題の転換。


「……ア?」


 レイジは奴のその言葉の意図が理解できない。


「信じるも信じないも貴方次第であり、強制する気はありません。ちなみに、私は神を信じてません」


「……聖職者ジゃねぇんカヨ」


 思わず突っ込みを入れるレイジだが、奴は冷静に答える。


「やはりそう思いますよね。ですが、聖職者だから神を信じていると、勝手にそう決めつけてしまうのは良くないことですよ。人間だから人間だけが恋愛対象であり、性的興奮を覚えるわけではないでしょう?心の底から愛を感じるわけではないでしょう?多種族にそのような欲求を求める者も少なくないのですから」


「……確かにナ」


「人間だから、エルフだから、男性だから、女性だから、ゴブリンだから、精霊だから、子供だから、大人だから、老人だから、生徒だから、教師だから、好きだから、嫌いだから、愛しているから、美しいから、醜いから、平民だから、貴族だから、王族だから、奴隷だから、聖職者だから……それら全ては、ただのお飾りに過ぎないのです。人間だから人間を愛する。本当にそうでしょうか?人間は人間という同種族の共通点があるから共存していますが、同種族であるからこそ同じ立ち位置であり、その限られた足場を奪い争い殺し合います。結局のところ上辺だけであり、参考程度にしか成りえないのです」


 奴の考えに対して、否定する言葉は出てこなかった。


「ですが、私のこの衣装は見た目だけのものではありません。崇める対象が神ではないというだけであり、この信仰心は確かなものなのですから」


「テメェノ親玉か?」


「そこまで考えが至っているのなら誤魔化しは必要ないでしょう」


「ドンな奴なんだヨ」


「私がなんと答えるのか、貴方はわかっていますよね」


「念のたメだ」


「黙秘です。禁じられていますので」


「……」


「では、いつまでも戯れているわけにはいきませんので、そろそろ聴かせてください」


「あ?」


 気を失っていた時でないのなら、なにも聞かれてないはずだ。


「ナにヲだ?」


 訳が分からず聞き返すレイジに、奴は穏やかな笑みを浮かべた。


「貴方の懺悔の声を!【グラビティ=シャット】」


 奴が手を──


「ギ、あああああ──!!」


 わからない。


 わからない。


 わからない。


 ──痛い。


「あああアアアアああア!!」


 奴はどこにいる?何人いる?


「ギあ、グッ、あああアア──!!」


「あぁいいですよ!素晴らしい響きです。これで貴方の罪は償われていくのです!洗われるのです!」


 全身から砕ける音が聞こえる。


 自分の叫び声が聞こえる。


 奴の笑い声が聞こえる。


「アああゥああああ──!!」


 駄目だ。


 もう無理だ。


 あいつらはどうなったんだ?


 ペントリアスは生きてるのか?


 リビオンは見逃されているのか?


 それとも、もう二人とも殺されたのか?


 一人も助けられずに、自分の命すらも失うのか?


「あああッ──カ……ヒュッ────ッ!」


 頭が痛い。背中が痛い。胸が痛い。腕が痛い。足が痛い。目が痛い。頭が痛い。足が痛い。脹脛が痛い。腰が痛い。腹が痛い。胸が痛い。首が痛い。頭が痛い。


 苦しい。


 赤い。


 痛い。


 寒い。





 ────死。

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