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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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46話《希望を覆い隠すほどの絶望》

「リビオン!!」


 男が動かないことを注意深く観察し、遠くから石を投げつけても反応が無いことを確認すると、レイジはリビオンの元へ駆け寄った。


「レイジ……」


 リビオンは幸いなことに意識を取り戻していて、レイジのことを心配そうに見つめていた。


「大丈夫か!?」


「レイジの、方がぁ……ボロボロ……だ、よ」


「なに言ってんだ。俺はお前より頑丈なんだから気にすんナ……立てるか?」


「腕が、痛いけど……大丈夫」


 リビオンは、本来曲がらない方向に肘が曲がっている右腕を抑えている。力が入らないのか肩から先が重力に引っ張られている状態だ。それを左手で抑えて庇いつつ慎重に立ち上がると、そのまま空中に浮かんだ。


「これなら……楽にぃ、いける……それより、ペントリアスを」


「いやそのペントリアスなんだけどよ……バケモンかよ」


「バケモンってそりゃないっしょ」


 二人の元に姿を見せたのは、全身を真っ赤に染めたペントリアスだった。


 歪な形になった肉体にも関わらず、痛みを感じる様子なく飄々としている。


「アンデッドかなにかか?」


「ただの人間だって!」


 ケラケラと笑うペントリアスだが、その姿は生きていること事態有り得ないものだった。


「なぁ、その白いのって……」


「こりゃ骨だね」


 ペントリアスの肘から突き出したそれに、嫌な予感がしながらもレイジが問いかけると、あっさり骨だと答えられた。


「痛くねぇのか?」


「多分激痛なんじゃね?」


「多分ってなんだよ」


 自分のことなのだからそれくらい分かれよよレイジは思う。


「ちょっと【電染】で麻痺らせてんだよ。あとは無理矢理筋肉を動かしてる感じ。操り人形みたいな感覚」


「すげぇな」


「そぉ……だね」


 【電染】の応用力に驚きと感心が浮かぶ二人だった。だが率直な感想は、


「キモいわ」


「……同感」


「我一番の怪我人ぞ?」


 二人の辛辣な感想に、思わず茶化すように口調を変えるペントリアス。


「はッ。怪我人名乗るならもっ──」


「──ッ!クソッ!!」


 戦闘の緊張で心が張り詰めていた反動からか、レイジはペントリアスの言葉にさらに厳しい言葉を投げかけて雰囲気を和らげようとした。だが言葉が遮られ、ペントリアスが暴言を吐い──


「──と辛そう……に?」


 思考が追いついた時には、視界は移り変わり訓練場の端に移動していた。


「な、なんだよペントリアス」


「……」


「ペントリアス……どぉ、したの?」


「……」


 レイジが声を掛けても、リビオンが声を掛けても反応しないペントリアス。


「おい」


 唐突に奇怪な行動をし、それから下を向いて動かないペントリアスを不審に思い、肩を叩こうを手を近づけた。


 ──バチッ。


「痛ッ!」


 触れる瞬間、弾ける音と共に指先に鋭い痛みが走った。


「ペントリアス?」


 見れば、その体から薄っすらと煙が出ていた。髪の毛は逆立ち、首筋から頬にかけて線状で真っ赤に爛れた痕があり……


 ペントリアスから聞いたことがある。【電染】の過度な使用による反動によるものだ。


「外れてしまいました。残念です」


 奴の声がした。死亡確認はしていなかった。でも、そんなはずはない。


 あの傷でこれほどはっきりと喋れるか?死にかけだったじゃないか。


 恐る恐る声のする方へ視線を……知りたくない真実を、知らなければいけない現実を理解するために。


「救いの手を掴み損ねてしまわれたのですね。可哀想に」


「は……」


「ですがご安心ください。まだまだ救済の機会は」


 ありえない。


「貴方を訪れるのですから」


 そいつの姿が視界にいくつも現れた。


 二人や三人ではない。十単位で数えられるほどの人数だ。


 幻覚なのかと思った。だが、動きにはばらつきがあり、視界がぼやけて複数に見えているだけなんじゃないかいう淡い希望が覆される。


「なん……で」


 もし、一人一人に先と同じ力があるのだとしたら、ヤバい。本当にヤバい。そんな言葉しか出てこないほどに、絶望を感じていた。


「随分掠れた声ですね。もしや、やっと私の手を掴む気になられたのですか?」


「……」


「戦意損失。でしょうか。我を突き通すこともできず、罪を償うこともせず、それで終わりですか?それは実に自分勝手でどうしようもない行ないですね。流石の私のも救いようがない」


「……」


「実のところを言ってしまうと、私の目的の第一優先は貴方方を救うことではないのです。貴方方を抑えろとの命令でしてね、救いはついでに過ぎないのです」


「……なんでピンピンしてんだ?なんでお前は何人もいるんだよ」


 そうレイジが駄目元で聞いてみれば、奴は素直に答えてくれた。


「そうですね。暇つぶしに簡単な種明かしをしましょうか」


 そう言ってる間も、話してない別のそいつらはレイジたちの逃げ道を塞ぐように立ち位置を変えていく。


「先ほどの私は、ただの人形です」


 奴がレイジたちになにかを放り投げてきた。


 地面に転がったのは、人の形を模した指先ほどの小さな玩具だ。奴の言葉を信じるのならなんの変哲もないただの人形なのだろう。


「そして、この私もただの人形です」


 人形。それも魔道具なのだろうか。


 同じ魔道具をいくつも所持していたということか。人形の奴を殺して意味がなかったのなら、目の前の奴を殺しても他の奴を殺しても意味が無いという事だろう。


 仮に力で勝れても、消耗戦となれば優位は圧倒的に奴にある。


「……本物はいんのか?」


「えぇ。いないと言ったところでなにかが変わるわけでもないですし、正直に教えましょう。この力は本体から離れてしまうと接続が切れてしまいましてね、どう工夫しようにも本体がこの場にいる必要があるのですよ」


「……全部殺せば俺らの勝ちってことだな」


「そうですね。ですが、たった一つの私にあれほど苦戦していたではありませんか。もう大人しく救いを受けることを推奨しますよ。これ以上罪を重ねるなんて愚かなことはしないでください」


 逃がしてくれる様子は全くない。奴の救いを受けるまではここから出られず、救いを受けるという事は……


「リビオン」


「レ、イジ……?」


 この異質で異様な状況に、遂に精神が限界を迎えてしまったのか、目に涙を溢れさせて立ち尽くすリビオン。


 リビオンには奴から助けてもらった。その恩を返すためにも、友としての想いも、リビオンを落ち着かせてやりたいし安心させてやりたい。


 だが、その暇もなく、丁寧に説明する暇も無く、そもそもその時間も惜しい。


 だから簡潔に伝える。


「ベントリアスを頼んだ…………カチッ──


 時間が経ち過ぎた。


 ──カチッ。


 もう完全体ではなくなってしまった。


 ──カチッ。


 次も完全体になれる保証はなイ。


 ──カチッ。


 完全体に期待できナイ。


 ──カチッ。


 あれを一体殺れるかすら、ワカラナイ。


 ──カチッ。


 意識が……コンダクシテキタ。


 ──カチ。


 あとハシラナイオレ二タクスダケダ。


 ──カチ。


 ……アレヲゼンブ────コロセ──────


 ……カチ。


 …………チ。


 ……………………


 ………………………………


 …………………………………………


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