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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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44話《慈悲に溢れた幕開け》

「あっ……」


「どうしタんだヨリビオン。アいつなんもしてネェぞ」


「……」


「リビオン?」


「下……見ちゃ……駄目だ」


「あ?下?」


 リビオンの言葉を聞き、レイジは反射的に下を見てしまった。


「……は?」


 始めに捉えたのは、ペントリアスの姿。


 だが先ほどまでの元気そうな様子とは打って変わり、ピクリともせずうつ伏せに倒れ伏していた。


 次に知覚したのは真っ赤ということ。


 そして一瞬の思案の末に、それがペントリアスから流れ出た多量の血液だと気づいた。


「ペントリアス!!」


 レイジの呼びかけに、血溜まりの中に沈むペントリアスは答えない。


「抵抗された場合最も厄介なのは貴方と聞いていますので、お先に救いの手を差し伸べさせていただきました。贖罪の言葉と救いの響きを聞くことができなかったのは惜しいですが……その血を以て、救済としましょう」


 己こそが至極当然正義であると。


 己の行ないに疑いの欠片も無い瞳で、四肢が歪に曲がったペントリアスを見つめる。


「それにしても、人は脆いものですね。ですが私はそんな儚く淡い命だったとしても等しく救いましょう。次は貴方方です」


 奴がなにをしたのかわからない。


 ペントリアスはなにをされたのか?リビオンの【エッセンスコントロール】で浮遊されていたはずだ。にも関わらず、無抵抗のまま落下したような有様。


 リビオンが制御を誤ってしまい、【エッセンスコントロール】の影響を受けれず自然落下してしまった可能性はある。しかし、ペントリアスならば身体能力に合わせ、【電染】を使用すればなんら問題なく着地しているだろう。


 仮に唐突のことで【電染】でペントリアス自身を強化できなくとも、あそこまで血が流れだすことは無く潰れた蛙のようになっていないだろう。それに、レイジとリビオンが落ちていったことに気付けなかった。ペントリアスも声を上げなかった。


 なにをされたのかわからないが、それが奴の未知の攻撃であると考えられた。


 未知の力。つまり、その正体は奴の魔法なのだろう。


「くソ……リビオン、俺を降ロセ!お前は助けヲ呼んで来イ!」


 真面目に戦いを受ける必要は無い。ペントリアスの状態を踏まえ、今は増援に期待して誰かが校舎に向かうべき。


「レイ……ジ」


「早ク!!」


「わかっ……た!」


 レイジをふわりふわりと慎重に降ろし、リビオンは本校舎へと飛んでいく。


「邪魔しねェンか?」


「なぜ邪魔をする必要があるのでしょうか?貴方を救い、その後彼も救います。順番が気に入らないということですか?」


「クソうぜェ」


 言葉が通じているようで、奴は奴の言いたいことを言っているだけ。意見を突き通しているだけだ。


「心配は不要ですよ。既に救われた彼もいます。飛んで行った彼もすぐに戻ってきます。貴方は一人ではないのです」


「戻ってくルダぁ?……そうだな。テメェをぶっ殺ス増援を連れてキテな」


「現実を見つめるべきですよ」


「あぁ?」


「よく考えてみなさい。救い損なうことのないよう、準備を怠るのは当たり前のことです」


「考えンのは苦手なンダ。テメェをぶっ殺してかラゆっくり考えてヤる」


「救済の機会を自ら放棄するのですか……哀れでしかない。ですが、それでも私は!何度でも貴方に、貴方方に手を差し伸べましょう!」


 男はレイジから視線を外して空に向けた。


 警戒しつつもレイジがその先を見ると早くもリビオンが戻ってきていた。


 レイジはリビオンの姿しか見えないことを不審に思いつつも、また男がなにかしないか警戒してリビオンを背後に男を監視。


「駄目だレイジ……出れない……!」


 戻ってきたリビオンから聞かされた言葉は、レイジの心から希望を奪った。


「どういうことダ!」


「壁がぁ……ある」


「壁?」


 リビオンから聞かされたのは、すぐには理解できない言葉。壁があるとはどういう意味なのだろうか。壁があったとしても、リビオンなら飛んで超えれるのではないか?


「見えない壁が、ずっと、どこまでもぉ……多分あいつが……やった」


「テメェなにしタ!」


「言いましたよね。準備は怠りませんと。この辺り一帯は封じさせていただきました。内側からも外側からも、越えられない結界を設けています」


「け、結界……」


 逃げ道を塞がれていた。


 訓練場には、切り替え式の魔術吸収の結界が戦闘エリアごとに張り分けられている。それは人体は問題なく通過できるため、奴の言う結界は全く関係のない、新たに張られた別の結界なのだろう。


 広範囲の行き来を封じる結界となると、かなり強力な魔道具。もしくは魔法だが、ペントリアスがやられた時のことを考えると前者なのだろう。


 それほど強力な魔道具を買えるほどの資金力があるのか、冒険の最中で発見した代物なのか。どちらにせよ、相当な実力者であることは間違いない。


「リビオン、やるしかナい」


 未だ戸惑い迷いの見えるリビオンに覚悟を決めさせる。


 油断はできない。まだ奴の魔法の本領が分からない以上、二人で相手をしても不安ばかりが心を占めていく。


 相手の余裕綽々な様子。学生の身で勝てるのだろうか。


 だが、現状でそんなことを考えていても仕方ない。


「俺の時間モ少ない。早くしなイとペントリアスもヤバイ。あいつヲ殺してでモ、ペントリアスを救うンダ」


「……うん。わ、わかっ……た」


「俺が前二出る。援護シろ!」


 言うが否や、レイジは飛び出した。


 男がなにかをする前に、先に潰してしまえばいいと。


「不用心ですよ」


 男の手のひらがレイジを捉えた。


「【グラビティ=フィックス】」


 瞬間、まるで足が固定されたかのように動かなくなった。


 しかし体には前方への勢いが残っており、崩れ落ちるように地面へ沈み込んだ。


「まずは私の手の内を探るべきでしたね」


「オおおオオォッ!!」


 男が手を下に降ろしていくと、それに合わせてレイジに掛かる負荷が増加。ミシミシと全身が悲鳴をあげている。


 肺がまともに機能せず、新鮮な空気を求めて口を開くが喉を通っていかない。


「──ハ──ァ」


「丈夫な体ですね。ですが、体内まで丈夫な人はいません」


「────────」


「抵抗せず、身を任せてください」


「────────」


「穏やかに眠りなさい。その先に救いが待っています」


「────────カハッ!ハァッハァッハァッ」


 体が軽くなり、肺までの空気の道が取り戻される。


 脳が渇望するままに呼吸を繰り返し、肉体を整えていく。


 点滅していた視界が回復すると、男は宙に浮かび両手両足を広げて大の字になっていた。


 そんな無防備な状態になりながらも、男から焦りは感じられない。あるのは怒りだった。


「……彼の救いを邪魔するのですか」


「やらせない……」


 リビオンが【エッセンスコントロール】で奴を拘束していた。


 レイジには視認できないが、奴には衣服にも締め付けられている跡が見受けられる。きっと全身に魔力を巻き付かせて固定しているのだろう。


「貴方自身の抵抗は許しましょう。ですが、他人の救済を妨げることはいかがなものかと」


「……」


 幾分か、声が低く感じられる。不機嫌さを隠せていない。


「仕方ありません。貴方からにしましょうか」


「……!」


「……これは」


 男の関節が本来の向きとは逆方向に曲げられていく。首も無理矢理左を向けさせられ、そのまま視界が後方へ回っていく。


 男は掛けられる力に抵抗しているのか、せめぎ合うように全員が震えていた。


「これが貴方が成せる最大の抵抗なのですね」


 少しづつ、痛々しい見た目に近づいていき……


「準備は怠りません。貴方の情報は既に入手済みですので……」


 男の体が正常な状態へ戻っていく。


「……!?」


 リビオンは驚きに目を見開き、その間にも男はリビオンの拘束から逃れて地面に着地。


「単なる魔力であれば、対処は容易いのですよ」


 凝り固まった体を慣らすように腕や首を回す。


「情報以上、想像以上のものではありました。ですが──想定の範囲内です」


 今度は両手を上下に開き、手のひらを向かい合わせた。


「【グラビティ=シャット】」


 そしてゆっくりと隙間を狭めていく。


「あッ──あぁ!」


「貴方の真似事のようになってしまっていますが、どうでしょう。気に入っていただけますか?」


 リビオンの意思とは無関係に体が宙に浮いた。


 鉄のように体が重く感じ、それなのに重力に逆らい持ち上げられていく。


「貴方ほど器用なことはできませんが、原理が違うのです。貴方は魔力を操って形にしていますが、私は直接干渉しているのですよ」


 ──バキッ。


「ぁ…………」


「おや、腕一本で気絶してしまいましたか。痛みには慣れていないのですね。ですが、懺悔の響き、確かに受け取りました。そんな貴方に救いを──」


 そう言いかけた瞬間、男はくの字に折れて吹っ飛ばされていく。


「すまンリビオン。ありガとう」


 解放されて力なく倒れ伏すリビオンに、助けが遅くなってしまったことの謝罪と、助け出してくれた感謝を伝えた。


「後ハ任せとケ」


「……痛いじゃないですか」


 男は弾丸のように打ち出されていたにも関わらず、飛んで行った先で地面に転がることもなく壁に突き刺さることもなく、空中で減速してレイジを見つめていた。


 口からは一筋の赤い液体が垂れている。ダメージは通っている様子だ。


「ですが、この痛みも許しましょう。貴方も救われる身なのですから。【グラビティ=アンダー】……おや?」


 再びレイジに手を向けた男だったが、レイジが立ったままなことに声を漏らした。


「慣れてキた、ぜ」


 全身を襲う重みに耐え、どうってことない力だと。やるだけ無駄だと思わせようと演技してみる。だが、どうしても体の震えは抑えられない。


「それにしては随分腰が引けているのでは?」


「言ってロ!今の俺は絶好調ナンだ!」


 謎の負荷を受けながらも、確実に一歩。また一歩と進んでいく。


 その足は歩みを進めるほどに軽々しく動き出す。


「素晴らしい適応力ですね。あの方にも見せたいものです」


 男は手のひらを向け続けながらもレイジを称賛。その言葉に対するレイジの返答は既に決まっている。


「ガァぁアッ──!」


「ですが貴方には救済を!」


 希望が途絶えさせられた世界。


 全てを救おうとする男と、友を救うために戦う男による、生死を賭けた一戦が幕を開けた。


「私から送れる最大の救いを!……貴方へ」

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