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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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41話《レールは敷かれた》

「おわっ!」


 ペントリアスの体が急激な横移動を開始する。


 予期せぬ事態に振られる視界。


 脳に微量の電気を流すことで強制的にフル稼働させ、上下反転した世界から状況確認。


 先ほどまでペントリアスが居た場所にはレイジの前蹴りが通っていた。


 あのまま蹴り上げていれば直撃していただろう。


 危機を間一髪のところで救ってくれたのは、


「助かったぜリビオン!」


「んーギリギリ……だったねぇー」


 ふわふわと着地するペントリアス。


 ペントリアスの【電染】による強引な自己強化を以てしても不可避の蹴りの回避。それを実現させたのはリビオンだ。


「まともにぃ……戦うのはー、無理だよー。だから……こうしないと」


 リビオンの視線を追うと、レイジが空中でじたばたしていた。


 どれだけ力があろうとも、どれだけ素早かろうと、地に足付けて踏ん張れなければ活かせない。


 どれだけ動いても空回りするだけになっていた。


「ちょっとちょっと!」


 フレットは、リビオンによって空中に固定されたレイジを見て声を上げた。


「どしたん?」


「あれじゃ戦えないよ」


 フレットは足掻くレイジを指差して二人に抗議。


「あんなのとやる気?馬鹿なん?」


「ちょっとでいいからやらせてよ!頼むから!」


 どうしても暴走しているレイジと戦いたいフレット。だがそれに反して二人は乗り気じゃない。


「んー……ぼかぁ狙われたらぁ……やばいから、だから、フレットと……ペントリアスでやるなら?」


「オレもあれはごめんだわ」


「一人でいいからさ!ね?」


「一人で?……巻き込まれねぇんならいっか」


「じゃぁ……はい……」


 その一言で、リビオンとペントリアスの体が浮き上がっていく。


「おっと。ビビるから先に言ってくれ」


「上から……見てる。危なかったらぁー助ける」


「そうこなくっちゃ!」


「なんか……レイジの周り。魔力のぉ消費?激しいから……そろそろぉ、切れちゃう」


 リビオンが目を細めてそう告げる。


 二人からすればなにも変わってないのだが、リビオンに見えている光景はどうなっているんだろうか。


 以前リビオンに聞いたときは、魔力は濃ければ濃いほど炎で熱された空気のように揺らいで見えると言っていた


 つまり今のリビオンには、揺らいで濁って見えていたレイジが、段々とくっきり見え始めてきているということなのだろう。


「とにかくぅ、早めにねぇ……」


「わかってるって!」


 珍しくテンションが高いフレットは、意気揚々とレイジの元へ向かっていく。


「ただのレイジとの手合わせには飽き飽きしてたんだ!せっかくの機会なんだから楽しませてくれよ!」


 リビオンの拘束から解き放たれたレイジは、持て余した力を目の前の標的へ振るう。


「──ッ!!」


「はっ、ほっ、やっ!」


 フレットはその場に留まり腕を動かす。


 レイジを殴るわけでもなく、対応し切れず適当に振り回しているわけでもない。


 右腕を左腕を上下左右に動かす。


 ただそれだけの行為にも関わらず、レイジの攻撃を完璧にいなしていく。


「いい。良いよ!馴れてきた!」


 右肘で逸らし、左手の甲で弾き、右前腕で逸らし、左手の指先で逃がし──


 一手も受けず、一手も与えず、膠着状態で繰り広げられる高度な組み合い。


 それはレイジが考えなく本能のままに、体に染みついた動きで攻撃しているからこそ成り立っていた。


 言い方を変えれば、レイジが捨てている思考を拾い上げさえすれば状況に変化が訪れるわけで……


「楽しそうなのはいいんだけどさ、そろそろレイジってやばくなるよな」


「そぉ……だっけ?」


「前にレイジから聞いただけなんだけどさ……ほらきた」


 空中に浮かんで傍観していた二人の視線の先で、唐突にレイジの動きがピタリと止んだ。


「……ァ?……ぁア!」


 今までの行動とは打って変わり、フレットから一気に距離を取ると眼光鋭く構えた。


「あー……マだくたばッテねぇンカ?」


 呂律の回らない口を動かす。


「……リビオンにジカんとらレたんか?」


 目の前のフレット。空に浮かぶリビオンとベントリアスを確認。


「まァイい。フレットガ敵なんだナ」


「そうだよ!さぁ!第二ラウンドを始めようじゃな──」


 フレットが宣告と共に姿を消した。


 その場にはレイジだけが残り、空からその光景を見ていた二人にもなにが起きたのかわからない。


 だがフレットが立っていた場所から直線に伸びる吹き荒れた痕があり、その終着点には……


「言わんこっちゃ……ない……」


「それな」


 こちらに背を向けて倒れるフレットの姿があった。


 ──撃沈。


 その一言に尽きる。


「バかがよ!なめんナ!」


 遠く届いているかわからない、意識もあるのかわからいないが、そんなことお構いなしに勝利の雄叫びのようにレイジは咆えた。


 ──パチパチパチ。


 乾いた音が鳴った。


 屋外という、音が反響することのない環境。


 しかし、それは妙なほどにレイジたちの耳に入り込み、注意を引き付けた。


「聞いていた通り、面白い力ですね」

 ──パチパチパチ。


 遂にレールが敷かれましたね。これから、そのレールのままに進んでいくか、分岐点を見つけて逸れていくか……

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