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楽して生きれるほど甘くはない世界で。  作者: 成田楽


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38話《沈殿していた苦悩》

「みんなおいで……」


 ライアの言葉を皮切りに、森の中から、空から、地中から。動物や虫があれよあれよと湧き出てくる。


「あそこでやってたらちょっとした惨事になってたな」


「たまにこうして人目のないところで練習してるんです」


 多種多様な生物たちは統率の取れた様子でライアの前に並んでいく。


 だが、その数が膨大過ぎるあまり、手前側に揃う虫はまるで絨毯の様。


 小鳥やリスのような可愛らしい小動物だけでなく、熊なんかも姿を見せ始めている。


 まだまだ森の奥から出てくるようで、それはなんとも圧倒される光景だった。


「全員契約済み?」


「多分そうですね。もしかしたら着いてきちゃってる子もいるかもですけど」


「使いこなせてないって言ってなかったっけ。これだけの量の契約できるのなら十分じゃないか?数の暴力でなんとか」


「この子たちに戦う力は無いんですよ?ちょっとした魔術で殺されてしまいます」


「そうか。ただの動物じゃ盾にしか使えないか」


「それは可哀想なのでやりたくないです」


「贅沢だね。役に立ちたいならそれをするだけでいいのに」


「でも……」


「責めてるわけじゃないさ。そもそもこいつらって召喚できないでしょ?闘技祭の会場に直接連れていくわけにもいかないだろうし」


「そうだったんですか?」


「違った?」


「わたしが召喚できないのはわたしの力不足だと思ってました」


「てっきり授業でやってるもんだと思ってたよ。動物ってのは、契約はできるけど召喚まではできないんだ」


 座り込んだロアは、片手でネズミと戯れながらちょっとした講義を始めた。


「動物は召喚できないけど、魔物や魔獣は召喚できる。その差はそれぞれの生物の保有魔力なんだ」


「保有魔力ですか?」


「簡単に言えば、召喚には自分も相手も魔力を使うし、対象の魔力を正確に感じる必要がある。だから魔力量が少ないと召喚できないってわけ。動物は総じて魔力がほぼない。仮に魔力を多く持つ動物がいたとしても、それはもう魔獣だから動物の枠から外れるんだ」


 ネズミを地面に置くと今度はトカゲを触っていた。


「だから動物は召喚ができないんだけど……このことを知らなかったってことはつまり、こいつら以外との契約はしてないと?」


「はい。そのことで相談させていただきたいと思いまして」


「なるほどね。試そうとしたことは?」


「あります。何度もやってみました。でも、一回も成功できてません」


「この量の契約は練習の果てってことか」


 ロアは小さな蟻も潰さないように慎重に歩き、鹿の背中を撫でに行った。


「魔力と知性は密接な関係だって考えられてるらしい。魔力量が多ければ多いほど、確かな知性が宿ってるとか。でもさ、普通に考えれば、知性があるから遥か昔から絶滅することなく生き残り続けてるわけで、その年月分進化してきたから魔力量が多いんじゃないかって思うんだ」


 鹿は心地よさそうにロアへ擦り寄る。


「言ってしまうと、今までの契約は全ておままごとみたいなものさ。君から一方的に契約を投げかけられた契約を、こいつらはなにも知らずにそれを受け入れているだけ。元から極僅かにしか魔力を持ってないこいつらからすれば、君から流れてくる魔力は極上の蜜。君はただ、その蜜に寄ってくる生き物を捕まえてるだけなんだ」


 ライアはそんな失礼な言い方に対し、文句を言わずに受け止めていく。


「だけど魔獣にも魔物にも知性がある。ただ対価を提示したところで、その対価が真実なのかもわからないし、貰える根拠もないから信用なんてできない。それに契約内容にもよるけど、命をかけたりする場合もあるわけだ。だから動物と違って一筋縄ではいかないのさ」


 名残惜しそうにする鹿から手を離し、ライアへ向き直った。


「レーザも言ってたように、契約には心の強さが必要だ」


「心の強さ……」


「レイジみたいな生き方をすれば、結構楽に契約できるんじゃないかな。って言っても、そう簡単に変えられるものではないし、今のは忘れてくれ」


「ならどうすれば契約できるようになるんですか?」


「ライアは自信が無さすぎる。ビクビクして、もしよければ力を貸してくれませんか?命を預けてくれませんか?って言う司令官に付いていく部下がどこにいるんだって話さ。従えるのならそれに然るべき度量を見せないと」


「度量を……ですか?」


「こいつになら手を貸してやれる。手を貸した分自分に利益が帰ってくる。例えそれがハリボテだったとしてもそう思わせる振る舞いをするのさ」


「私に足りてなかったのはそれですか?」


「さあな。それだけかもしれないし、それ以外の原因もあるかもしれない。でも僕にそこまではわからない」


「そうですか……」


「でも、ただの動物だったとしてもあれだけの数と契約を重ねて暴走させることなく使えてたんだから、契約に関しては十分な技量があるんじゃないかな」


その言葉に、ライアの表情が幾分か晴れる。


「さっきはハリボテでも振る舞えって言っちゃったけどさ、契約ってのは魂と魂の繋がり。対象によっては簡単に内面なんて暴かれてしまうだろう。だからそこらの動物としか契約できてないと思うんだが……どうせライアは一回弾かれたらすぐ諦めてるだろう?」


「う、うん……」


「そこで、諦めずに何度も何度も挑戦する。それが大事だ。そうすれば必ずではないが、どれだけ拒否しても拒絶しても自分を求めてくる。それだけ自分の力を必要としているんだと。じゃあ仕方ないな、契約してやるかって思ってくれるさ」


「そうかな……私と契約をしてくれる子なんているのかな」


ライアらしくない弱気な言葉。相当思い悩んでいたようだ。


「らしくないじゃないか。いつも虚勢張っていたんじゃないのか?」


「えっ……」


「フェーレが居るから、フェーレのために私が、フェーレを守らないと、フェーレが、フェーレが、フェーレがってさ」


「そんな……私は、私は別にそんなんじゃ」


「即答できてない時点で図星だったんじゃないのか?ライア、君の行動の大半はフェーレを基準にしてたんじゃないのか?君の行動の原動力はフェーレなんじゃないか?なにもかも、困ったらフェーレを理由にしていたのでは?」


「──ッ!」


「だからこうして自分のことになると弱気になるんだ。フェーレが絡んでいれば、私にはできないかもしれないけどフェーレのためだから頑張ろう。そんな考えになる。でもフェーレが関係ない。というより、今回みたいなライア自身に大きく関わることだと、私にはできないから諦めるしかないって、そう心の中で思ってるんじゃないか?」


「いやそれは……………………そう……なのかも」


「はぁ……」


「……ッ」


 ロアのため息に、思わず呆れられたのでは、見捨てられるのではないかと考えてしまうライア。


 だが、ロアは責めるような口調になることなく、いくらか優しさの感じられるような声色で告げた。


「たまには息抜きしてもいいんじゃないか?」


「息抜き?」


「そう、息抜き」


 そこでロアは少し考える素振りをして、


「別にずっとお姉ちゃんぶら無くてもいいんじゃないかってこと。フェーレの前では頼れるお姉ちゃんで居たいのなら両親に甘えればいい。ちなみに両親の前ではどうしてるんだ?」


「お母さんとお父さんの前…………自惚れかもしれないけど、フェーレは、あの子は私としか面と向かって話せないの。だから、お父さんとお母さんにもフェーレを私に任せてもらえるように、しっかりしてるように振舞っちゃってる……かも」


「それじゃあ肩の荷がいつになっても降りないじゃないか。そうやって自分自身を隠し続けてると、いつか本当の自分が分からなくなる。せめてフェーレ以外の友達に甘えたり困り事を吐き出すべきだ」


「……あの子を心配させないように、あの子以外の人達とはあんまり距離を詰めないようにしてたから……できないよ。わかんないよ」


「なら、今からでも作ればいい。君の両親だって君の苦悩は分かってくれているだろうし、君が距離を取ってたんなら、その君が近づけばすぐに心強い人と会えるど思うぞ?とにかく、本来の自分を出せる場を作るといい。」



「無理だよ……それができなかったからこうして悩んでるんだから」


「そんな事言ってるといつまで経っても力は得られない」


「そんなのわかってるよ!」


「じゃあやればいい」


「簡単に言わないでよ!!」


 段々とヒートアップしていく。


「誰だっていいんだ。どうしても無理なら金でも払ってそういう職の人を雇って聞いてもらえばいいじゃないか。そいつらは秘密は必ず守ってくれる」


「嫌だよ!そんな知らない人になんて!」


「我儘だな」


「じゃあロア君が話を聞いてよ!」


「なんで僕になる」


「私に甘えさせてよ!私を助けてよ!!」


「……」


「…………ぁ」


 ライアの喉から掠れた声が出た。


 久しぶりに大声を出したからか、喉がヒリヒリするのを感じていた。


 その感覚に頭を冷やされ、自分がロアに向かって八つ当たりのように叫んでしまっていたことに気付かされた。まるで、心臓がキュッと締め付けられたように感じられた。


「いや、ごめ──」


 勢いのままに目の前まで詰め寄ってきていたライア。


 ロアはそんな彼女の頭と背中に手を回し、グッと引き寄せた。


「あっ」


 抵抗する暇もなくロアの胸に顔を埋めることになり、ライアは硬直してしまう。


 ロアはそんなライアの頭を優しく撫でていた。


「これくらいならいつでもやってやる」


「──ッ」


「ぶっちゃけめんどくさいって思う。思うけど、これくらいならめんどくさくない」


「なにそれ……」


「さあ?僕にもわからないな」


「もう……」


「一つだけ聞きたい。なんでそこまで真剣に取り組むんだ?闘技祭で負けたところでなにかあるわけじゃない。それに、ただレイジに誘われただけだろ?そこまで思い悩む理由はなんだ?」


「……怒らないでね」


「あぁ」


「それも、フェーレのためだったの。わたしに力があれば、いつだってフェーレのことを守ってあげれるでしょ?だから、ずっと強くなりたいって考えてて……」


「これを期に決心したと?」


「うん。それに、これで結果を残せればフェーレも自信を持ってくれるようになるかもって思って……だから、これもフェーレのためにやってたの」


「そうだったのか」


「うん……」


 先ほどまでライアが声を荒らげていたからか、どこか心落ち着くような静けさが感じられる。


 動物たちはライアが精神を乱したせいか、散り散りとなり森の中へ消えていた。


「いいのか?こんなところとはいえ、他の人に見つかるかもだぞ?」


「……今は、もう少しだけ……こうしていさせて……」


「……」


 いつしかライアは体をロアに預けて、その背中に両手を回していた。


「……昔、とある場所では悩みやいじめで精神的に追い込まれた人はよく死んでたんだ」


「そんな病気があったの?」


「病気とかじゃない。自殺だよ。溺れたり、首吊ったり、色んな方法でね。いずれにせよ恐怖や苦しみ、痛みを感じながら死ぬ事がほとんどらしい」


「……なんでそんな嫌な道を選ぶの?」


「現実が更に嫌だった、からかもな。フェーレが居るうちは君も大丈夫だろうけど、居なくなったり失えばなにしでかすことか」


「そんなことしないよ」


「どうだろうな。ちなみに敬語はいいのか?いつも丁寧に話してるが」


「あっ…………ううん、いいの。ロア君の前だから……」


「そうか……」


 やがてライアが背中に回した腕を解いてロアの胸を押した。


「もういいのか?」


 ロアもライアを撫でていた手を離して、一歩距離を取る。


「うん。ありがとうね」


「もし僕が魔物で、ライアに契約を求められたらすぐ答えてあげるんだけどな。奴らも見る目が無い」


「もう、からかわないで!」


「そんな意図はないさ。ところで、フェーレはいいのか?ずっと一人にしておくのは心配だろう?」


「ちゃんと遅れることは言ってあるから大丈夫。あまりに遅かったら怒っちゃうかもだけど、甘いものを買っていってあげればすぐ気分良くしちゃうんだから」


「扱い慣れてるんだな」


「妹だから」


「そうか。じゃあ、僕はそろそろ帰るよ」


「うん。私はもう少し頑張ってみる」


「無理しない程度にな。壊れてからじゃあどうにもできない」


「暗いこと言わないの!」


「失礼。それじゃあまた」


「うん……またね」


 ロアとの別れを少し惜しむ気持ちが湧き、その背中に手を伸ばしかけるが、それをなんとか留まらせて自分の胸に当てた。


「大丈夫。大丈夫。私はやれる」


 心に感じたあの温かみを思い出しながら、もう一度粘ってみる。


「自信を持つ。フェーレのためじゃない。誰のためでもなく、私のために」


 ナチュレーザ先生が言っていたことを思い出す。


「契約の基礎は魂であり魔力。自分にとって心地の良い魔力を探して繋げる」


 【無窮の縁】により、どこまでも自分の魔力が世界を包み込むように広がっていくのを感じる。


「感じる魔力の大きさは力に直結する。強力な仲間が欲しいのならそれを狙う」


 決して早くはない速度だが、じわじわと確実に広がっていく。土の中に済む小動物や虫が掛かるけど、今回は無視する。


 網の隙間を大きくして、小さいものはすり抜けさせていく感覚で。


「……あっ」


 一つ、大きくてチクチクしていないものを感じた。


 でもそれは少しづつ離れていて、今はギリギリ捉えられていた。


「待って、いかないで……」


 意識をそこだけに集中して、なんとか魔力の網を伸ばしていく。


 やがてその魔力を深く感じられるようになると、どこか揺らいでいるようなに感じられ、それはライアの魔力を拒絶しているような感覚があった。


 しかし、ここで逃すわけにはいかない。


「諦めずに、何度も……何度も……」


 弾かれても繰り返し捕まえる。無理矢理にでも引き込んでいく。


 何度も、何度も、何度でも。


 揺らぎが大きくなっていく。その魔力が乱れていく。


「……」


 その乱れた隙間、大きくて頑丈な魔力に僅かに生まれた穴を狙い、自身の魔力を通す。


 こうやって無理矢理契約するのは可哀想だと思っていた。


 いや、違う。拒絶されて、それを越えて契約することは自分にはできないと思っていた。だからできなかった。


 みんなの力になりたいから契約をして力を求める。


 いや、違う。みんなにガッカリされたくない。落胆されたくない。失望されたくない。


「私が私を認められるなら!」


 そして……契約が完了した。その上でも、まだ抵抗感が感じられた。


 逃がしたくないあまりに、自分は相手の力を知らないし相手も自分がどれだけの対価を補償するのかわからない状態で結んでしまったのだ。


 抵抗されるのも仕方のないこと。


「お願い。抵抗しないで、私に任せて」


 自分の意思を伝えようとするが、それでも押される感覚が止まない。


「それなら、直接お話するしかない!」

評価感想。暇があれば是非とも

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