34話《野郎三人の平和な日常》
魔物や魔獣の生息域の拡大による生態系の変化、人々への被害を減らすために、時々ただ殺すことだけが目的とされる依頼が出される。
それは国家が主体となって管理しているため、国や領主等の大きなところから直接ギルドへ入ってくる依頼となっている。
そのため、報酬量も通常の相場と比べると割高になっていて、危険度も異常なレベルではないことが保証されており、多くの冒険者が喜ぶ仕様になっている。
ただ、大々的に知らされるわけではなく、そこらの依頼と同等の状態で貼り出されるため、狙ってその依頼を受けれることは難しい。
普段通り依頼を探して、偶然見つけられれば運がいい。というくらいに考えていた方がいいだろう。
本格的に魔物や魔獣の生息域が広がり、侵攻と呼ばれる規模になれば国の騎士総出、冒険者もかき集められて対抗するのだが、月日が流れてもそこまで危機的な状況にならない場合もある。
そんな、誰にも見つかることなく、対象も脅威にならずに忘れ去られて棚の中に埋もれていた依頼書がたまにあり、本日レイジたちはその依頼を発見。
その内容は、南西方向に生息するゴブリンの討伐。
討伐数にハッキリとした規定は無く、一体倒すごとに報酬が渡される仕組みだ。ただ、際限なく殺させてしまってはそれはそれで他の生物がゴブリンの生息域を支配することになる。なので最高でも五十体までだと決められていた。
ゴブリンは、生殖能力に特化した魔物。
異種族だろうが関係なく子種を植え付け、胎児が幼体になるまでの速度はたったの二週間。
さらにこの世に生を受けてから二週間ほどあれば、戦闘要員になれるほど肉体が成長する。
「くそッ!突っ込みてぇぜ」
「いくらレイジでもあの棍棒でタコ殴りにされたらキツいでしょ」
「冒険者からくすねたのか、刃物まで持ってる個体もいるな」
「わかってるっての。引きながら戦わなきゃいけねぇってのがじれったくてよ」
ゴブリン単体では人間の少年より少し強いくらいであり、勇気さえあれば子供以外は誰でも勝てると言っていい。
だが、それも数がいれば話は変わってくる。
一度囲まれれば、右から左から、背後から、どこを向いても死角を突かれて攻撃される。
絶対的な強者でない限り、一体ずつ暗殺するか、気を引いてから逃げつつ溢れた個体を狙って数を減らしていく戦い方が基本だ。
今回レイジたちはその後者を選び、現在逃走中だ。
「俺らが本気出せば勝てんじゃねぇのか?」
なんて考えたりもしたが、
「冒険者が外に持ち出す魔道具とかってどんなものだ?」
「そりゃあ、荷運びに使えるやつとか、攻撃できるやつとか……あー、そういうことかよ」
「命が惜しくないなら安全に行こうな」
魔道具、魔導武器の中には、全てを抵抗なく切り裂けるナイフだったり、少量の魔力を流し込むだけで強力な魔術を生み出したりできる。
その中でも最も恐れなければいけないものが、抵抗すらする余地も無く相手を即死させることができる魔道具だ。
そんな危険極まりない魔道具、魔導武器の総称を、ディスプルと呼ぶ。
しかし、そんなディスプルでも自由に使えるわけではない。
もし際限なく、対価なく扱えるのなら、今ごろ世界は崩壊しているだろう。
所有者が絶対王となり、全てを支配し、気に入らないものや襲ってきた奴らはディスプルで殺すだけ。
ディスプルの発見数は少なくはないが、そんな世界にならなかったのには理由がある。
発動条件がどれも厳しく、使用した場合は対象が死ぬと同時に、使用者本人が命を落とすことがほとんどなのだ。
だから均衡は保たれている。常識人であれば使用することなく、手元に置いておきたくもないので売っぱらってしまうのだ。
しかし、経験豊富な冒険者の中には、死線を潜り抜けた経験から、最終手段。奥の手としてディスプルを所持して冒険をする者もいるため、そんな者たちの亡骸からゴブリンがディスプルを入手する可能性があるのだ。
だからこそ油断できず、常に後手に回って対応することが求められている。
そして、本当のゴブリンの脅威とは、その数ではない。
もちろん数が多いことも確かな脅威だ。だが、その数が多いということが、あることを更なる脅威へと昇格させていた。
「ぎゃぎゃッ!」
「飛び掛かってくんなよ気持ちわりぃ」
「避けろレイジ」
「──ッ」
これまでの経験から、こういう時のロアの言葉は信用に値する。
ぶん殴ろうとしていたが、なにも考えることなく言われたままに回避行動へ移った。
「マジかよ」
レイジは目の前のゴブリンしか意識していなかった。
しかし、レイジがそのゴブリンを避けると、そのゴブリンの胸から剣が突き出してきた。
「ぎゃ?」
背後には別のゴブリンがいて、あれ?というような仕草でレイジを見ていた。
仲間もろともレイジを殺す算段だったのだろう。
さらに、そもそも貫かれたゴブリンは、レイジの視界から剣持ちゴブリンを隠すように、体を大きく広げて飛び掛かっていた。
そう。ゴブリンの仲間意識の薄さ、そして生に対する執着心の無さこそが、本当のゴブリンの理解しがたい習性であり、脅威だった。
つまり、ゴブリンがディスプルを手にしてしまったが最後。
死をどうとも思わないゴブリンは、ディスプルを気軽に使って敵を殺し、自分も死ぬ。
そして、圧倒的な繁殖力により、使用者を増やしまくることが可能。
仲間が死のうと気にせず、生息域を広げ、勢力を高め続けていく。
死の代償をもろともしない、ゴブリンによる下剋上が始まるのだ。
「ぎゃ──」
ただ、ディスプルを持つゴブリンの集団が生まれることは、歴史上ほとんど例が無い。気にかけておいて損は無いが、だからと言って気張る必要も無い。
「これで何体殺したのかな?」
殺したゴブリンの体から剣を抜くことに手間取っていたゴブリンに、情けを掛けることなくベックが蹴りを入れて死を与えた。
レイジは頭を潰したゴブリンの右手をナイフで無理矢理切り取る。
討伐数を証明するための部位だ。
なかなかにグロい光景だが、レイジもベックも成長していてそんなことにはすっかりと慣れていた。頭が潰されてようが、ぐちゃぐちゃになっていようが、たとえ相手が幼い個体だろうが、気にすることなく行動できるようになっているのだ。
「多分二十八体じゃないか?」
「あと二体殺ったら終わろうぜ」
「そうだな。そろそろ引き時だ」
森林で騒ぎ続けてしまうと、この森の生態系の上位に君臨する強敵が音や匂いに誘われてきてもおかしくはない。
三人は迂回しつつ町に戻った。その途中で逃走劇の最中に追い付けずに仲間からはぐれていたゴブリンを殺し、結果的に三十二個の右手をベックが持つ袋の中に入れた。
「この前は聞けなかったけどよ、なんでロアは学園に入ったんだ?」
「……何故だ?」
帰り道、頬に付いたゴブリンの赤黒い血を拭いながらレイジが聞いた。
それはロア女子寮事件の時に挙がった謎だ。
「だってよ、ロクに授業受けに来ないのに、わざわざこの学園に入ってくるってわかんねぇからよ」
「そうだな……逆に聞くが、レイジはなんで入ったんだ?」
「俺はただよ、この学園に入りゃ将来安泰だなって思ったから入っただけだ。上手く行けりゃあ国栄隊なんかも目指せるらしいからな」
「ふーん」
コンクスト王国の最上位組織である国栄隊。
名前の通り、国を守って栄光を永遠のものにするための隊だ。
王国の少年少女なら誰しもが一度は憧れを抱く。大人になっても国栄隊があるから平穏な生活を送れると、心の支えになっている。
コンクスト学園はそんな夢への架け橋の一つ。
勉学の面でも、戦闘の面でも、とにかく他の学生より特出した才能を見せれば、声を掛けてもらえる可能性が生まれてくる。
だから、学園には国栄隊を主目的にする者もいれば、そうでなくともせっかくならと国栄隊を目指す者もいるのだ。
「じゃあベックは?」
「ぼくも一緒だよ。ここで力付けて良い成績を持って帰れれば、父さんにも褒められるし、国栄隊が無理だったとしてもそれに近い役職は目指せそうだからね」
「でもやっぱ目指すなら国栄隊だよな。俺は別によ、国に貢献したいなんて考えは無ぇけどよ、やっぱ憧れるよなぁ」
「わかる!言わば王の親衛隊なんだから、そんな立場になれるって凄いことだからね」
「一応ちゃんと理由あるんだな」
「あたりめぇだろ。んで、もっかい聞くがロアはどうなんだ?」
「……強いて言うなら、懐かしさを感じたからかな」
「んだそれ」
「本当に、深い理由は無いってことさ」
「とりあえずここに入っておけば、将来なにかの役に立つだろうなって思って入ったってこと?」
「そういう感じだな」
「そうか。ま、理由は人それぞれか」
三人はそんなふわっとした将来について話しながら町へ戻るのだった。
生き物にあるべき恐怖という感情を失い、本能のままに縄張りを広げ闊歩する。
この世界のゴブリンは随分厄介な生き物ですね。




