21話《バングの武器屋》
「よぉバング」
「こんにちは」
「おお、レイジとベックじゃないか。最近姿見なかったから死んだかと思ったぞ」
ロアが二人に連れられて訪れたのは、バングの武器屋。
つまり、目の前の小柄で筋骨隆々な男が、店主のバングなのだろう。
「軽々しく殺すなよ」
「そいつは?」
「隣のクラスのロアってやつだ。新しい友達だぜ」
「頼れる仲間が増えるってのは良いことだな。今日も見てくのか?」
「いいか?」
「レイジの友達なら誰だって歓迎するぞ。好きなだけ見てけ」
「バングさんありがとう」
「おうおう。ベックはお得意様だからな。ロアっつったっけか?こいつらの友達ってんなら特別に割引いてやっから、気になれば声かけてくれや」
「助かるよ」
「あの、バングさん」
「言われた通り、裏に避けといてあるぞ」
「ありがとう!」
よく分からないので、ロアはベックに着いていった。
「なにを避けて貰ってるんだ?」
「これだよ」
大雑把に箱の中に詰め込まれている物の中から、ベックが取り出した物は、
「手袋?」
「うん」
薄手の物も、厚手の物も、色や材質もバラバラにとにかく沢山の手袋が集められていた。
「これはちょっと特殊な手袋で、魔術を込めれる魔導武器なんだ。ぼくは魔術が使えないから、主に使う手を守れつつ魔術を使えるようにしようと思って集めてもらったんだ」
「商品なのにこんな扱いなのか」
「新品じゃないからね。廃棄された物とか格安で売られた物を集めてもらってるんだ。新品の良い物を買っても、ぼくの力に耐えられなくてすぐにボロボロになっちゃうんだ。だからすぐ使えなくなるなら中古品で耐久性が優れてる物を探そうかなって思って」
「ちゃんと考えてるな」
「ぼくがお金持ちだったら別だけどね」
「魔導武器か」
「ロアもなにか自分に合う武器とか道具とか見てみないの?」
「そうだな……水の魔術関係の面白いものあったりする?」
「ちょっと待ってて。これ見終わったら案内するよ」
「わかった」
最終的にベックは触ったり装着してみたりして、八つに絞り込んだ。
「それでいいのか?」
「使ってみてからじゃないとなんとも言えないけど、素材が固めで伸縮性のあるものを選んでみたんだ。これで伸びたり破れたりしなければいいけど……」
「大変なんだな」
「合うものが見つからなくてもぼくはそもそもこういう魔導武器とかが好きだからさ。見て触るだけでも楽しいんだ。ああ、水関係のものを見るんだったね。案内するよ」
二人はもう一度店内に戻る。
「結構選んだんじゃねぇか?」
「バングさん。これ買うから値段決めておいてください」
両手で抱えていたものをカウンター上に置く。
「おうおう。ほぼ仕入れ値にしといてやる」
「助かります。ロア、こっちだよ」
「なに探してんだ?」
「水の魔道具とか魔導武器です。ロアにも見てもらおうと思って」
「そうか。ならこれなんてどうだ?」
そう言ってバングはカウンターの下をゴソゴソと漁る。
「ほら」
取り出されたものは、片手に収まるようなサイズの半透明のもの。
「小瓶?」
「今日仕入れたばかりのものでよ、俺もまだ性能とか見てねぇから値段つける前なんだよ。だから店頭には置かずにここに入れてたんだ」
「ふむ。どんな機能のものなんだ?」
「たしか……魔力を込めると水が湧き出てくる。だった気がするぜ」
「曖昧なのが不安だな」
「俺も多方面から適当に仕入れてるせいでよ、わかんねぇ物が多いんだわ。すまねぇが自分で試してみてくれや」
「わかった」
「爆発なんかされたら困るからよ、地下に行ってから魔力込めてくれや」
「……危険なものくらいは把握しておくべきじゃないか?」
「がはははは!いちいち丁寧に覚えてたらキリねぇわ。危険物は説明と警告の紙貼っておいてあるからそれで判断しとけや。そもそもマジでやべぇヤツは裏に保管してあるからよ!」
「保管つっても、どうせバングもわからないくらい適当に仕舞ってんだろ?早死するぞじじい」
「なんだ?レイジも言うようになったじゃねぇか!」
レイジの辛辣な言葉に怒ることなく、バングは再び豪快に笑った。
「見終わったの?」
「ピンと来るもんは無かったけどよ、一つ面白そうなもんがあったんだ。なんでも、込めた魔力分体が重くなるとか」
その手には手のひらサイズのリングが握られている。
「そりゃあかなりのブツ見つけたじゃねぇか。使い勝手は悪いけどよ、慣れればやべぇ代物なんじゃねぇかと睨んでるぜ」
「ま、とりあえず見てみるぜ。ベックもロアも気に入るもの見つけたんか?じゃあ地下借りるぜバング」
「死なれねぇ限り、俺はなにも言わねぇから存分に遊んでこいや。ほらよベック。金はあとでな」
バングはベックに手袋を返し、地下への扉を開いてくれた。
地下へ続く階段を降りていく最中、ロアはバングの前では言えないような気になったことを聞いた。
「合法なのか?」
「今の所はね。たまに爆音とか地響きで問題なることもあるけど……バングさん、ガラは悪いけど親しみやすくていい人でしょ?だから近所の人にも第二の父ちゃんとか言われて愛されてるんだ。だから騎士団も見逃してるんだけど……死亡事故とかがあれば流石に見逃す訳にはいかないだろうし、バングさんに非が無かったとしても営業はできなくなるだろうね。だからああして事前に忠告してるんだよ」
「……なるほど。確かにこれなら注意して貰えて事故は減らせるだろうし、事前に忠告してるという事実があれば糾弾も防げるのか」
「適当に見えるけど、凄い人なんだ」
「あれだぜ?俺とベック、一回バングさんに挑んでみたんだよ。道具とか無しのただのタイマン勝負だ。そしたらよ、結果は清々しいほどの完敗だったんだぜ?その後二人がかりでやっても歯が立たねぇんだ。ありゃあ確かに父ちゃんだって思ったな」
「多分その強さもこんな店を経営できてる理由の一つなんだと思うんだ。なにかあっても対処できるから騎士団も深く介入しないんじゃないかな。……ほら、ここが自由に使えるお試し部屋だよ」
「……ボロいな」
「なにしてもいい部屋だからね。的も用意されてるけど、みんな床とか壁とかにも撃ってみてその影響を見たりしてるんだ」
「崩れたりしないのか?」
「どうなんだろうね。バングさんの店だから、多分なにかしらの対策は加えられてると思うけど」
「こんな所でやるって怖くないのか?」
「初めて来た時は怖くて少しだけ試したらすぐ上に戻ったけど、今はもう慣れちゃったよ」
「ふむ。そうか」
「一応ここのルールは一つだけあって、複数人がそれぞれ好き勝手に試すことは禁止されてるんだ。練習試合とか決闘は、バングさんに立ち会ってもらった上でならできるよ」
「事故を減らすためルールか」
「すぐ終わるからぼく先にやっていいかな?」
「いいぜ」
「僕は最後でいいから好きにしなよ」
「うん。ありがとう」
それからベックは持ってきた手袋を装着し、部屋の中に設置された黒光りの大岩を全力で殴ったり、手前に設置されている玉に魔力を込めると、前方から火や氷などの魔術が飛んでくる施設を利用して手袋の性能を確かめていた。
ベックが大岩を殴るととんでもない轟音が鳴り響き、体までもが大きく振動しているような錯覚を覚えた。
大岩はビクともせず、ベックも痛がる様子は無い。
「この魔導武器凄いよ!衝撃を和らげてくれるみたいなんだ!しかも頑丈だし、これなら使って行けるかも!」
しかし、その後魔術の防御に使ってみるとあっさりと穴が空いてしまい、極端な性能のものだった事が判明。
「……微妙だけど、優しく使えば長持ちしてくれるかな」
結局程々のものを手元に残し、あとは破れたりちぎれたりしてしまっているため回収ボックスへ。
バングがあとで処理してくれるらしい。
「次いいよ」
「よし。交代だぜ」
レイジはリングを腕に通し、肘の少し上まで上げていた。
ちょうどよく装備しようとしたらハマるサイズの場所がそこだったのだ。
少し動かしずれぇけどいいか。と、微妙なリングの魔道具を付けていた。
「魔力を体重に変換……とりあえず込めてみるか」
試してみないことにはなにも見えてこないため、早速魔力を集中させるレイジ。
「うぐっ……ぐッ!」
「レイジ!?」
咄嗟に足に力を込めて、なんとか地面を舐めることを防いだ。
しかし段々と膝が震え始めた。片膝を地面に付けることでなんとか耐える。
「やっ……べぇ。クッ……重……すぎる…………ぜ」
「レイジ!魔力を注ぐのを止めるんだ!」
「もうっ……止めてるぜ」
「……効果が切れるまではそうしてるしかないみたいだな」
「クソッ!あの……じじい、使い勝手が悪いって……こういうことッ……かよ!」
「無理しないでよ!」
「いや、やるぜ……俺は……ッ!」
重力に引っ張られて垂れ下がっていた腕を気合いだけで膝に持っていき、支えにして腰を上げていく。
ガクつく体を歯を食いしばって制御して、なんとか立ち上がった。
「よしッ!いけるぜ──」
一瞬気を抜いてしまい、そこから糸が解れるようにして力を形を失っていく。
「うぼぁ!!」
「……」
「……」
ベックとロアの視線の先には、地べたを這いつくばっているレイジの姿があった。
まるで縫い付けられたかのように体を動かすことができず、プルプルと震えるだけ。
その体制から立ち上がることは不可能に近いだろう。
何度も力を入れて立ち上がろうとしているのか、レイジの筋肉が僅かに膨れ上がたり萎んだりを繰り返す。
やがて……
「……駄目だ」
「うん。大人しく待とうね」
魔道具が効力を失うまでの二十分ほどの間、レイジはずっと地面に磔にされていた。
「絶対あのじじい知ってやがった。クソッ、なんで教えてくれ無かったんだよ」
「じじい呼ばわりしてるからじゃないかな」
「絶対いつかボコしてやる」
「その魔道具はどうするの?」
「これか?これは買うぜ」
「買うんだ」
「クソ見てぇな魔道具だけどよ、確かにじじいの言う通り使い方さえわかれば有用なもんだと思うぜ。トレーニングにも使えるしよ、戦いにこれ使えば更に重い一撃を打てるようになるだろうな」
「来た甲斐があったね」
「ああ。そうだな。んじゃ、ロアもそれやってみてくれ。どんなやつなんだ?」
「バング曰く、魔力を込めると水が出てくるらしい」
「それだけか?」
「だけらしい。とりあえずやってみるさ」
「気をつけてね」
レイジの例がある為、ロアは慎重に少しづつ魔力を小瓶に注いでいく。
「ほう」
底から水が湧き出てくるようにして、すぐさまなにも入っていなかったはずの小瓶は水で満たされた。
更に魔力を加えていくとボタボタと水が溢れて出てくる。
「日用品的なものか」
「戦いには使えねぇな。魔術くらいの威力を出せるんなら実用性あったのによ」
「仕方ないよ。こういうものは当たり外れ激しいからね」
「……ふむ」
そうして、三人は軽く後片付けを済ませてバングのいる一階へ戻った。
「おうお前ら。随分遅かったな──おっと」
出迎えたバングへ、すぐさま殴りかかりにいくレイジ。
しかし人差し指を添えられて、それだけの動作で簡単に逸らされてしまい、更に足を掛けられて勢い良く転倒した。
「すまねぇなぁレイジ!俺はわざと詳しく言わなかったし、それでお前がキレてくることも読めてんだわ!ガハハハハハ!!」
「クソじじいが!だがこれは買わせてもらうぜ!」
「毎度!爽快だったから安くしてやる」
「いちいちうぜぇな。いつか絶対くたばらせてやる」
「老後の楽しみにしといてやる。で、ベックはとうだったんだ?」
「一個だけ持ち帰ってきました」
「他はボロクズになったか。まあ常にぶっ壊れた力のお前の使い方を耐えられるもんはなかなかねぇからな。首を長くして待つんだな」
「そうですね……あ、それで、いくらだったんですか?」
「八つで960コロにしといてやる。って言いたいところだが、ぶっ壊れした分は半額にしといてやるよ」
「ありがとうございます!」
「おうよ。だから…………540コロだ。そんで、レイジのそれは900コロだ」
「わかった」
二人は言われた金額を払うと、満足気な表情をした。
「んで、ロアはその魔道具どうすんだ?別に買うことは強要しねぇからよ、また今度いいもんが時にでも買ってってくれや」
「いや、買わせてもらうよ」
「おお、そうか!つってもそれ大した魔道具じゃねぇからよ……レイジとベックの友達割と新規様割でタダにしといてやる」
「いいのか?」
「ああ。今後もご贔屓にってやつだ。うちの店をいいように使ってくれや」
「わかった。じゃあ貰っていくな」
そして、カウンターの上に置いていた小瓶をロアが掴んで持ち上げた時、
「──ッ」
ビクッとロアの体が震え、小瓶を取り落とす。
「どうした?」
「……あぁ、ごめん」
そう独り言のように呟き、
「すまない、気が変わった。やっぱりこれを買うの止めるよ。変わりと言ってはなんだが、金は払うからこれ以外のなにかオススメのものをくれ」
「別に無理に買ってもらわなくていいけどよ、そう言うなら……こいつをやるよ」
「指輪?」
「魔力を抜いた、元魔道具だ。俺からするとゴミも同然だかよ、見た目は良いから目につくところに置いとけばポンポン売れるんだ」
「ふむ」
「ついでに手に取るには良い価格にしてやってんだ。俺の店の品は安くねぇからよ、相対的に更に安く見せてんだぜ」
「商売やってんだな」
「大した品じゃねぇけどな。あんたはこいつらより、特にレイジと比べると明らかに女受け良さそうな顔してるだろ?渡す女の一人や二人居るんじゃねぇかと思ってよ」
「舐めんなじじい!」
「事実を言ったまでだぜ?実際お前いつになっても野郎としか来ねぇじゃねぇかよ」
「……」
「で、ロア。お前はいくつ持ってくんだ?」
「そうだな……じゃあ、四つもらおう」
「冗談で言ったんだが、まさか相手が四人もいるとは!両手に花なんて言葉もあるが、両手だけじゃ足りねぇな!」
「別に深い関係じゃないさ」
「なんだって構わん。ほらよ、くれてやる」
「値段は?」
「タダだタダ!そもそもゴミになる商品だ。一個でも売れりゃあ儲けもんなんだぜ?別に売らなくても損はしねぇんだよ」
「そうか。じゃあありがたくもらおう」
「タダってのは女には秘密にしとかねぇとだな!ガハハハハハ!」
やたらと耳に残るバングも笑い声を最後に、時間も良いところなので三人は寮に戻ることにした。
「その指輪、二つはライアとフェーレに?」
「ああ。せっかくだからな」
「じゃあ後の二つは?」
「秘密だ」
「別に教えてくれてもいいじゃん!」
「クソッ、裏切り者め」
「レイジにはライアがいるだろ?」
「ばっ、止めろって!その事を外で口に出すんじゃねぇ!」
「一方通行だけどな」
「やかましいぞ!」
和気あいあいと話していると、いつの間にか学園が見えてきた。
「実際、誰に渡すの?」
どうしても気になるベックは、再びロアに質問を投げかけたが、
「さてな」
ロアはなかなか口を割らない。
「学園にいるの?」
「どうだろうな」
「ロアと一緒の三組の人?」
「さあ」
「それとも他のクラス?」
「わからないな」
「おいロア、俺はもう弱みをお前らに握られてんだ。ちょっとくらい俺らに教えてくれてもいいんじゃねぇのか?」
「声と顔が合ってないぞ」
真面目な声色なのに顔はニヤニヤと面白がっているレイジ。
「はぁ……そうだな。強いて言うなら、家族みたいなもんだな」
「家族だぁ?お前もう結婚してんのか?」
「強いて言うならって言っただろう?比喩表現さ」
「家族みたい……か。気になるなー!」
「お前の態度を見て絶対特定してやるからな!」
「そうか。楽しみにしてるよ」
「飄々としやがって」
「だって、レイジと違ってバレたってどうってことないからな。いざとなればレイジの悪評をライアに流してやることもできるぞ」
「……それだけはすんなよ?」
「だったら大人しくしてることだ」
「早速ロアもレイジの扱い方に慣れてきたね」
「いつか完璧に手懐けるさ」
「お前ら、俺は動物じゃねぇぞ!!」
今日もレイジの叫びが響き渡るのだった。
評価感想。暇があれば是非とも




