18話……《語ることに意味はない》
『それはじゃな──』
自身の祖父が話す次の言葉を、シェリーは胸を弾ませながらまだかまだかと心待ちにしていた。
しかし祖父はもったいぶるように身動ぎをして、頷くように首を上下に揺らす。
老人からすれば一瞬の出来事でも、まだまだ知らないことばかり、世界に未知が溢れている子供からすればまるで永遠の時とも思えた。
その時間がシェリーのわくわくと期待を増大させていった。
だからこそ、宝物が隠されているのかもしれない。強大な魔物が封印されているのかもしれないと、子供の豊かな想像力が頭の中の世界を膨らませていくのだ。
そして、その世界は……
『じいちゃんにもわからん』
呆気なく萎んだ。
『えーー!』
もちろん納得いくはずもない。だったら初めから知らないと言ってくれれば良いものの、そこまで焦らされた子供がそうですかと頷くわけない。
『じゃあなんでだいじなの!?とってもだいじなんでしょ?しらないのにだいじってなんで?』
『そう聞かれてものぉ……じいちゃんも父上、シェリーのひいじいさまから子供の頃に大事な物だから大切に扱ってくれと教えてもらっただけなんじゃ。理由は教えてくれんかった』
『えーー』
さっきは納得のいかないの、えーー。
今のは落胆の感じられる、えーーだった。
『多分じゃが……父上も知らなかったんじゃろうな』
『ひいおじいさまも?』
『もう記憶に薄いが、思えば父上も今のじいちゃんと同じ誤魔化し方をしてたからのぉ。血は争えんってことじゃな。ほっほっほっ』
『じゃあなんでしらないのにまいにちやるの?あめのひとかもやってて、たいへんでしょ?』
『なんでなんじゃろうなぁ……』
そういう祖父はどこか遠くを見ていて、その顔はいつもシェリーに見せる優しい顔とは違う。でも、いままで見たことのない柔らかい表情をしていた。
そんな祖父を見て、シェリーは子供ながらに……いや、子供だからこそ感じ取れる些細な変化に気づき、祖父はまだなにか大切ななにかを隠していることを悟った。
だが、それを問い質すのは今じゃない。
まだ視線を戻さない、柔らかい顔をしている祖父の邪魔をしちゃいけないと思ったからだ。
『いいてんきだね』
『……そうじゃなぁ』
『あしたはわたしもてつだってあげるね』
『あぁ、それはそれは……ありがとう、シェリー』
『ゼビレス様ー!どちらにいらっしゃるんですかー!』
遠く、家の方から女性の声が聞こえてきた。
『あのこえ』
『声の高さ、響き的にリーンじゃな』
『いかなくていいの?』
『どうせ仕事の事じゃよ』
『じゃあいかないとだめだよ』
『こんな歳になってまで仕事に追われる人生で在りたくないわい。それに、本当に急ぎの用だったらわざわざ様付けなんてせんよ』
『そう?』
『そうじゃよ。ほれ、手伝ってくれんのか?』
『ううん、てつだうよ。なにすればいいの?』
『まずてっぺんから優しく水をかけるんじゃ。それからこの柔らかい毛のブラシで汚れをしっかり擦ってやって──』
それからシェリーは、度々毎朝の掃除を手伝うようになり、いつしか毎朝手伝うようになり、祖父の腰痛が酷いときは一人で掃除をしたり、父親や母親、メイドと一緒にすることもあった。
でも……シェリーがあの隠し事を聞こうとしてもはぐらかされてばかりだった。そして結局、聞き出すよりも先に、祖父は安らかに息を引き取った。
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