14話《悪運に苛まれる者》
「邪魔だ」
ぶつかった女に吐き捨てるように告げて、その場を後にする。
女がその言葉でビクついてたのは清々したが……真っ昼間からガキ共がイチャついていることは無性にイラつく。
今日は調子良い日だった。だがあれを見ただけで一転、気分が悪くなった。
しかしいつまでもイラつく心を剥き出しにする訳にはいかない。それだけでそこらから興味の視線が飛んでくるからだ。
「にしてもよ……」
自身のズボンのポケットの中でその物を手探りで漁っていく。
あの女からスった財布だ。
隙だらけで気が弱そうだから狙ってみたが、想像以上の収穫だった。
学生なようだったからそもそも期待してなかったところはあるが、指先に触れる手触りにはつい頬に笑みが浮かんでしまいそうになる。
いままでは金持ちそうなやつばかり狙っていたが、腹いせで狙った奴がここまで持っているとなると……
「考えを改めてもいいな」
捕まるとこは避けたいところ。だから数を減らして大を狙っていたが、危険度が低そうな奴を狙いまくるのもありな気がする。
「追ってくる気配もねぇし、これはうめぇな」
行きつけの酒場にいくか、そろそろここを離れて新しい狩場を探す資金にするか、悩みどころだ。
そう考えているうちに、辺りには人の往来が増えてきた。
そういえばここらは露店エリアか。
ちょうどいいな。
人混みに紛れれば、仮に追ってきてたとしても見つかりにくい。
適当な角で自然に逸れていけば、誰の目にもつかないだろう。
やがて目に付いた露店に沿って建物の間へと入っていく。
いつもは怪しまれるから一切後ろを振り返らないが、今は気分が良い。
自分の完璧な盗みの成果を確認するために、露店を見るフリをして来た道を歩く人の顔を流し見た。
「なッ!?」
思わず声が漏れてしまい、急いで建物の影に引っ込んだ。
「あいつは、確かあの女の隣にいた奴だ」
あの時、女は背中を向けていたから顔は覚えていないが、男の顔は見えていたから盗む前に遠目からチラりと確認した。
盗む対象が被ってしまうと、さすがに相手も二度目だからすぐに対処される可能性がある。だから標的を定めてから行う習慣をつけていた。
「……いや、バレてないはずだ。」
偶然行き先が一緒だったのかもしれない。
目が合った気がするが、あの混雑具合だ。バレていたとしてもすぐには追いつけないはずだ。
更にこの辺りは財布の口が緩んで管理が甘い奴らが多いから一つの狩場にしていた。そのおかげで周辺の地図は既に把握済み。
地の利はこちらにあるはずだ。
右に曲がる。道幅が広がって木箱やらの誰かの荷物かゴミが溢れている。
ちょうど木箱に隠れているが、すぐ左には人が一人ギリギリ通れる道くらいの道がある。
そこを抜けるとまた広い通りへ。
追えていたとしても人通りを上手く活用すればやがて見失うだろう。
人を隠すなら人の中へ。
「どこまでも奴らは獲物なんだ。俺は狩人で在り続ける……」
でも何故だ。
何故だか心がひりつく。
常に姿を見られ続けているような、異様な寒気がして止まない。
後ろを見ても誰も着いてきていない。さっきのあの男はいない。
「クソッ」
さっきまでの気分が台無しだ。
もしかしたら杞憂で終わることなのかもしれない。それでも胸がつっかえるような感覚が、まるで危険信号を発っしているかのようだった。
「クソクソクソッ!」
周囲の流れに乗ることが焦れったく感じ、段々と足早になっていく。
いち早くその場から離れたいという一心で、注目を浴びてしまうこともやむなしに速度を上げていく。
通りを抜けて再び路地へ入り、右へ左へと撹乱するように足を進めていく。
もう頭の中で地図を編んでいくことさえも煩わしい。
「クソッ……こんな思いするんなら別の奴から盗るべきだったか」
あの近くにはそこそこ身なりの良い奴もいた。感情のままに行動せず、いつも通りにしていれば──
「そもそも盗るべきじゃないと思うんだが、違うか?」
「ッ!!」
いつも通りしていればこんなことにはならなかったのに。
「な、なんのことだ?……取るだって?なにを取るんだ?」
ここで逃げたら盗人だと認めるようなものだ。だからすぐに誤魔化して、人当たりの良い顔を作る。
なんであの男がここにいる?
先回りされていたのか?
ならどうして行き先がわかった?
なんの目印もなく、目的地も考えずにここまで来たんだぞ?
いや、そんなことよりも、今はどうやって切り抜けるかだ。
「盗みを仕事にしているのなら、もう少し狼狽を隠したらどうだ?」
「盗み?なんのことだか」
……ここが路地だったのは幸いだ。
他人の目に付かないし、少しくらいなら音を立てても問題ない。
だが、殺しは控えたいところだ。見つかった時の危険性が高すぎる。
足の骨でも折って、これ以上追わせないようにするくらいでいいか。
これを機に拠点も移すか。この金は路銀に回そう。
「盗みとかそんな疑いかけんなよ。この──」
正面から男の膝に向かって、思いっきり蹴りを入れる。
手加減無しの本気の蹴りだ。本来曲がるはずのない方向に折れて、痛みに喘ぐはずだ。
「クソガキッ……が?」
男の足は折れなかった。それどころか、曲がったり体勢を崩すことも、痛みを耐えるような表情も浮かばない。
逆に自分の足が、まるで大岩を蹴ったような重い痛みに襲われていて……
「チッ!」
深く考えずに、痺れる足をかばいつつもとにかく逃げた。
なんでビクともしなかったのか。
それがあの男の力なのか、それとも自分の蹴りが甘かったのか。
今は結論を出すよりも、距離を取ることが最善の選択だ。
そもそも、人目に付かないようなところで姿を見せるなんて、余程の自信がなれけばやらない行為のはず。安定択を取るなら変に絡まずに即座に逃げるべきだった。
「クソクソクソクソクソクソクソクソッ!」
運が悪い。本当に運が悪い。
この瞬間、この世で一番不運なのは自分なのではないかと思ってしまう。
だから──
「クソがッ──あ」
なにかに足を引っ掛けたのか、つんのめって転んでしまったのも、全部運が悪かっただけ。
そうに決まっている。
「ドンマイ、だ。運が悪かったな」
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