12話《反感。対面。理解》
その日の放課後。五人は初めて出会ったカフェに集まっていた。
「改めて自己紹介。僕はロア。姓は秘密ってことで頼むよ」
自ら提案した自己紹介で、名前を秘密にするのはどうなんだろうか。
しかし、例えば孤児は名前のみを与えられ、姓は孤児院の院長と同じだったりする。そのことを知られたくないという人もいるので、デリカシーさえわかっていれば、名前について深く触れる人は誰もいない。
「秘密かよ」
いや居た。
「レイジ」
ベックが小声でレイジを諭す。
「言いたくないことは誰だってあるんだから」
「へいへい」
いいかな?とロアに確認されたので、ベックは続けてと手で促した。
「三組だと趣味とか得意魔術とかについても聞かれたから、それについても言っておくよ。趣味は可愛い女の子と遊んだり、美味しい食べ物探しをすること。得意な魔術は……水かな。この町には最近来たばかりなんだ。良い食事処とか面白い場所があれば教えてくれると嬉しい」
「ケッ」
「なんでこんなに嫌われてるのかなぁ」
首をかしげて考えるロア。
「じゃあ次はぼくね」
レイジのせいで生まれた微妙な空気感を取り払うようにベックが自己紹介を始めた。
「ぼくの名前はベック・ワンダーって言うんだ。ロアに倣って言うと、好きなことは魔道具集め。魔術は特異体質のせいで使えないんだけど、仲良くしてくれると嬉しいな」
「その特異体質が……あのタフさの秘密ってことか?」
「うん。魔法名は【フルアビリティ】って呼んでる。申請はしてないけどね」
「魔法名?魔術じゃなくて魔法なのか?」
「え?」
「……?」
全員がポカンとした表情になる。
「魔法を知らないの?」
「だ……いや、なんでもない」
その言葉を聞いたロアは、目を閉じておでこを握り拳で軽くコンコンと叩くと、
「世間の常識なのか……あいつ伝え忘れてるな」
誰にも聞こえない声量で独り言を発した。
そしていつも通りのにこやかな表情に戻ると、両手を広げてやれやれという仕草をした。
「ど忘れしてた。気にしないでくれ」
いつも通りのにこやかな表情に戻る。
「大丈夫ですか?」
「いやー最近衰えを感じてきてね」
「衰えって、まだそんな歳じゃないじゃないですか」
「ははは。確かに終わりはまだまだ先だね」
愉快そうに笑うロア。
「そう言えば君は?君の名前だけはまだ聞けてないんだよね」
「私ですか?」
「ああ。ベックは今聞いたのとガンドレ―から。レイジはベックが言ってたから知ってて、フェーレは……ね?」
「私はライア・ストラインです」
「ライア……ストライン。ストラインか」
「好きなことは友達と遊ぶことで、魔術は風の魔法が少し使えるくらいです。あと魔法も持ってますね」
「へー。ライアも魔法を──」
「そうだったの!?」
「知らなかったぜ!」
ロアの言葉を遮り、ベックとレイジがリアクションをした。
「それってどんな能力なんだ?」
「えっと、それについてはまだ私も思うように扱えてないので、まだ秘密にさせてください」
申し訳なさそうに人差し指を交差させてバツを作るライア。
「気になるじゃねぇか」
「まあそもそも魔法は隠すことが推奨されてるし、無理に聞きはしないよ」
「助かります、ベック君」
「君らはそこまで深い仲じゃないんだね。てっきり昔からの友達グループかと」
「二人とは学園からの仲ですけど、フェーレとは幼い頃から一緒ですね」
ロアの疑問に答えたライアは、フェーレの頭を撫でながら言う。
フェーレも抵抗せずにされるがままだ。
「だからそんなに懐いてるのか。レイジとベックは?」
「俺は全員学園で出会ったな」
「ぼくも同じく。同じクラスって縁もあって、いつの間にか仲良くなってたみたいな?レイジとは拳闘士って共通点があってすぐ仲良くなったよ」
「レイジも殴る系なのかい?」
「俺は一応火の魔術が使えるけどよ、細かい操作は嫌いなんだ。だからぶん殴ってんだ」
「単純な考えだね」
「文句あんのか?」
「いや?そのために鍛えてるってのが見て取れるし、それで結果が出てるのなら誰も文句は言えないさ」
「フン。まあいいぜ」
幾分か声色が柔らかくなったレイジ。上手いことロアに乗せられていることに気付くことはないだろう。
「レイジ・ヴォーボルだ。俺も魔法が使えるが、俺のも前例がない魔法だ。名前は決めてない」
「決めといた方が便利なんだけどね」
ベックが口を挟む。
「興味ねぇからな。使えりゃいいんだ。さっきも言ったが、魔術は火が使える。わざわざ使うことはないがな」
「そもそも練習してないから小さい火しか出せないんだけどね」
「テメェ余計なこと言うんじゃねぇぞ!」
レイジが手を伸ばしてベックの頭にチョップを打ち込もうとするが、ベックは白刃取りの要領でそれをキャッチ。
「ごめんごめん」
「笑いながら謝られてもよ……ったく」
本気で怒っているわけではないのでそれだけに済ませた。
「趣味はトレーニングだ。トレーニング仲間なら歓迎するぜ?」
「それは遠慮するよ」
「そうか?」
「運動は苦手でね。気が向いたら声かけるから、その時改めて誘ってくれ」
「おう」
「さて、君のことも聞きたいんだど……」
相変わらず静かにその場を見守っているだけで、会話に参加する気は無かったフェーレ。
ただ、自己紹介をする流れがあり、それが自分にもくる可能性も考えていたため、そこまで狼狽えることはなかった。
「あの……えと……」
だからと言ってスムーズな応対ができるかは別の話だ。
「うぅ……」
結局縮こまってしまい、ライアに助けを求める。
「まだレイジ君とベック君ともちゃんと話したことないんだから、少し頑張ってみない?」
そうライアに提案されるが、フェーレは首を振って拒否。
「君らもなのか?」
「これでもたまに目を合わせてもらえるくらいにはなったんだぜ?」
「ふーん。なにか訳がありそうだね」
「……」
「問い詰めはしないさ。とりあえず代わりにライアが教えてくれないか?」
「それは……」
「あー、言葉足らずだったね。訳についてじゃなく、フェーレの紹介をってことさ」
「もう、紛らわしいですよ」
「失礼失礼」
「この子はフェーレ・ストライン」
「ストライン?」
ロアはさっき聞いたばかりの言葉に首をかしげた。
「二人は姉妹なのか?」
「いえ、血は繋がってないんです。でも、私は私のお父さんお母さんもこの子を本当の娘として育ててくれていますし、私もこの子のことを本当の妹として愛しています」
「……そうか。さっきの話と繋がりがあるのか。聞かないべきだったか?」
「知っていただいていた方が食い違いが無くていいと思います。このことは二人も知っていますし」
「続けて」
「可愛い小物を集めることが好きな子です。人と関わることが得意じゃなくて、大人の人とか男性は特に苦手なんです。だからこうして静かな子なんですけど、それでも嫌いにならないであげてくれると嬉しいです」
「そんなので嫌いにはならないさ。僕と一緒で水の魔術に適正があるみたいだし、可愛い子はどんな子でも大歓迎さ」
「フェーレが水の魔術が得意って知ってたんですか?」
「え?……あーどこかで見たんだよ」
「そうだったんですね」
「ところで二人は恋人とかいるの?」
「おいロア」
「レイジたちもどう?学園ってかなり異性と距離を詰めれる環境だけど」
「……ちょっとこっち来い」
レイジに腕を引かれて、ロアは店内の隅に連れていかれた。
「なんだなんだ、男の趣味はないぞ」
「違ぇよ!……どっちを狙ってんだ?」
「どっち、とは?」
「あのタイミングでいきなり恋愛話してよ、それでしらを切ってんじゃねぇぜ」
「恋愛話……どっちが好きなのかってことか」
「どうなんだ?」
「安心しなよ。僕はそういう事はしない派なんだ。いわゆる見る専ってやつ。恋人がいるのかどうか聞いたのは、もしいるならあんまり親しくし過ぎないようにしないと面倒ごとになるからさ」
「見る専ってよ、その割には随分距離が近くねぇか?」
「じゃあレイジが安心する言い方をするよ」
「あ?」
「ライアの事は狙ってない」
「なッ!?」
「どう?」
「なんでライアを!」
「あまり大きな声出さない方がいいよ。で、なんでって言われても、レイジはライアと話す時だけ若干だが声が少し高くなるし、頻繁に視線を向けてるからわかりやすいのさ」
「その事をライアには」
「もちろん言ってない。そもそもさっきまで名前を知らなかったんだから」
「……そうか」
「多分ライアもレイジの好意には気付いて無いと思うよ。彼女はフェーレの事ばかり気にかけてるから、自分に向けられる感情に全く興味がない」
「出会ってばかりのテメェに言われてもよ」
「参考程度でいいさ。とにかく、狙ってないってのは信用してもらえるか?」
「……神に誓えるのか?」
「……それは無理さ」
拒絶の言葉にレイジが問い詰めようと更に距離を詰めようとする。
しかし、それを遮るようにしてロアが言葉を続けた。
「だが」
「だが?」
「ぼくの両親に誓おう」
「……まあいいだろう」
そしてレイジはロアへ右手を出す。
「……」
「……」
互いに無言だったが、ロアはレイジのその意図を理解してグッとその手を握った。
「あれはなにをしてるんですか?」
「強いていうなら、男と男の絆……なのかな」
「……?」
「わからないとおもうけど」
この日の会計は前回ロアが残していったお金で済ませ、残りはライアの説得の末、ロアの手元に戻っていった。
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