11話《知られざる混沌》
「あれは……」
試合の真っ最中だというのに、遠くを見つめて訝しむように呟く男がいた。
その男は相手が放ってくる魔術に対して同じ属性の魔術を当てて相殺。
研鑽不足なのか、才能の差なのか。時々威力が足りずに押し負けてしまい、焦って身を躱す。
視線を後ろに向けると、相手の放った魔術がある一定のところまで流れていくと、なにかに呑み込まれるようにして消失。
他の試合から邪魔が飛んでこないのはこのおかげだろう。
これはなかなかに面白い結界だ。
あたふたしている姿とは打って変わって、冷静に思考を働かせ分析。
人に干渉するものではない。完全に魔術だけを消している……いや、あのエネルギー量だ。そう簡単に消せるわけない。同化させている?……いや、こんなこと後でいい。
「それよりもあの男……」
そう呟く男のチームメイトは早々に魔術を受けて倒れてしまい、男は二対一の状態になりながらもなんとか縋り付いていた。
「……」
男の視線の先では、細身の男と、毛先だけ白い黒髪の男が勝利を収めていた。
「常識外れな移動速度……いや、瞬間移動とも言える……魔法か?」
男は注目していたのは白黒の男の動向だった。
真正面から飛来してきた炎の魔術に対して、表情一つ変えることなく、回避しようと足を動かそうとすることもなかった。
恐怖のあまり動けなくなってしまったのか、突然のことに呆然としていたのか、はたまた余程の余裕があったのか。
それ以降は細身に任せてなにもする様子はなかったが、その細身はピンチになった時、地面が盛り上がり窮地を逃れていた。
しかしその時も白黒は魔術陣を展開せず、なにもしていなかった。強いて言うなら指を地面に向けて細身になにかを伝えていただけ。
多分相手のどちらかの魔術が偶然助ける形になってしまったのだろう。もしくは、そういう魔法持ちなのか。
その後、相手の男の足がまるで地面と一体化してしまったかのように姿勢を崩して転んでいた。
今回も白黒がなにかをしていたようには見えなかった為、男のただのミスなのだろうと結論付けた。
しかし、細身が転んだ男を蹴り飛ばすと同時、女が魔術陣を展開仕掛けたところでいつの間にか白黒が現れていた。
「……いや、まさかね」
深く思案したところで、男は一つの可能性に至る。だが、まさかありえないだろうとその考えを切り捨てた。
「そろそろ潮時かな」
惜しいところで避けられていることにうんざりしたのか、両側面には轟々と立ち上る炎の壁が生み出されていた。
逃げ道を絶たれ、その状態を作り出した相手は更に大岩を生成させる。
このままでは潰されるか吹き飛ばされるか、もしくは燃えて苦しむかの選択肢しかない。
「【偽開】」
男は即興で魔術陣を展開。想像し、創造したのは自身の視界に写し出された岩の塊。
「こんなもんだろう」
瓜二つのそれを、相手が放ってきた大岩に向けて真正面からぶつける。
その二つは見事に衝突し、互いを砕け散らせた。
しかし、男の岩は十分に魔術を練る時間を取れなかったせいなのか速度が乗っておらず、砕けて生まれた破片が降り注いだ。
「うぁッ」
数ある礫のうちの一つが男の頭に直撃し、男は呆気なくパタリと倒れた。
「……」
視界は広大な空で埋め尽くされるが、砂埃によって薄汚れている。
握った両手を上に掲げて降参の意思を伝えると、遠くから勝った喜びが聞こえた。
「ふぅ」
しばしの間大の字で寝転がったままだったが、やがて立ち上がるとなんの負傷も感じさせないような足取りで歩き出した。
だが俯いたその姿は、周りからだと落ち込んでいたり悔しそうにしているように見えるだろう。
「たしか……」
しかし自身の左の頬を忙しなく掻くその表情は、酷く歪んだ笑顔だった。
「……ロア、だったっけ?」
忍び寄るように静かに湧き上がる混沌に、誰も気付くことはない。
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