ああ……『キン肉マン』が好きなおじさんで本当に良かった ……。〜サブカルに蔓延する「性的視点」からの脱却を考える〜
『キン肉マン』……。
それは現在、いち人気漫画の枠を遥かに飛び越えた、中年男性の心のオアシスとなっている。
80年代に一大ブームを巻き起こした同期作品であり、ともに複数回のアニメ化を成し遂げた『DRAGON BALL』や『キャプテン翼』などと比較した場合、『キン肉マン』は若年層ファンの開拓に遅れを取っている印象が否めない。
だがそれ故に、現在40〜50代男性のカルト的な支持を集めたのだ。
少子高齢化の進む日本にとって、私を含む40〜50代は『団塊ジュニア世代』、或いは『就職氷河期世代』などと呼ばれるボリュームゾーン。
勿論、この世代でも『キン肉マン』にハマらない、全く良さが分からないという男性は多くいたはず。
毎週金曜日の夜にテレビでプロレスが観れた、あの時代の日本だからこそ企画出来た作品と言えるだろう。
キン肉マンが大ブレイクし、最初のアニメ化を決めた頃、私はまだ小学校低学年。
しかしながら、兄の影響もあって既に漫画に親しんでいた私は、クラスの友達から単行本を借りた事であっという間に『キン肉マン』に魅せられた。
初期の『キン肉マン』の魅力は、やたらと『吉野家の牛丼』や『森永ココア』を強調した、徹底的なギャグ路線にある。
やがて『超人オリンピック』というイベントで体育会系の「努力・友情・勝利」という古のジャンプ公式を確立させると、無数のツッコミ所すら長所と化す勢いに満ちたストーリーとキャラクターの魅力で、世代限定的な天下を獲ったのである。
『キン肉マン』は、ごく一部の試合以外に残酷描写はなく、卑怯な敵も負ければ改心し、主人公のキン肉スグルにも常に愛嬌があったため、親からの注意や規制を受ける事は全くなかった。
現代とは違い、スマホでこっそり漫画を読める時代ではなかったので、この点はありがたい。
裏を返せば、今の子ども達にとって『キン肉マン』は、自分から読みたくなる漫画ではなく、お父さんや若いおじいちゃん(笑)の昔話に付き合ってあげる、そんなネタ漫画なのかも知れない。
そして何より『キン肉マン』は、いわゆる『性的視点』を徹底的に排した「男の友情物語」である。
本エッセイでは、ここをメインテーマとして掘り下げ、少子高齢化故の問題を抱える現在のサブカル界との適切な距離の取り方を考察してみたいと思う。
今振り返っても、『キン肉マン』には意外な程に女っ気がない。
キン肉スグルの母親であるキン肉星王女、スグルの妻であるビビンバ、テリーマンの妻ナツコ、かつてスグルが惚れていた保育士のマリら女性キャラクターは、あくまで設定のために存在していた。
80年代当時は、「可愛い女の子が描けない漫画家は成功しない」という格言があった程で、ひょっとしたら作者のその弱点を強みに変える、逆転の打ち合わせみたいなものがあったのかも知れない。
現実として、作者は他の連載作品でも目を引く女性キャラクターを生み出せず、結果的にほぼ『キン肉マン』シリーズだけで成功を維持しているのである。
だが、ストイックなまでに目先の戦いに集中するキャラクター達と、一度でも拳を交えた者への惜しみない『友情パワー』の応酬は、クサイ程に人情的なはずなのにあとを引かないドライな読後感があり、物語に没頭出来る即効性も兼ね備えている。
この魅力は、他のスポーツ漫画や格闘技漫画にはないものだ。
ここで余談だが、『キン肉マン』の第1期の連載が終了した後も、私は時折作品を読み返し、齢50歳になるこの日まで『キン肉マン』の存在が過去になった事はない。
私の兄が帰省する度に『キン肉マン』の話題で盛り上がるという、ある意味異様な光景も日常茶飯事なのである。
そして不思議な事に、『キン肉マン』の話題で盛り上がる男達はとても仲が良く、幸せそうに見えるのか、実家の母親や兄の奥様からも全くキモがられない。
これは私の『キン肉マン』友達(笑)の母親や、奥様にも共通していた。
日本でダントツの好感度を誇るお笑い芸人コンビ『サンドウィッチマン』が、『キン肉マン』の大ファンを常々公言し、普段の仲が良い事もイメージに影響しているのかも知れない。
漫画が人生の中心だった男子は、やがて中学生くらいになると、『性的視点』に満ちた妄想やインプットに励む様になる。
その年頃はテレビで水着のアイドルを見たり、クラスの女子のスカートから太ももが見えたりするだけで下半身が硬くなったりするものなのだが、そんな時には『キン肉マン』の戦いや友情パワーのシーンを思い浮かべると、不思議と妄想や下半身の硬さが引いていく。
お手軽に『賢者タイム』が得られるのである(笑)。
現在の私は、流石にちょっとしたハプニングで妄想や下半身硬直が起こる事はなくなったものの、若い頃に訪れる下半身ハプニングの時は『キン肉マン』を思い出せ! が合言葉だった……。
さて、昨今のサブカル界に於いては、SNSでの男女の言い争いが絶えない。
その中には、サブカルに『性的視点』を持ち込み過ぎる男性と、そんな男性の言葉ばかりをピックアップしてしまう女性による、似た物同士の近親憎悪も溢れている。
いわゆる、『オタクとフェミ論争』だが、彼ら、彼女らは結局オタクでもフェミでもないのだ。
現実世界では、オタクだろうがフェミだろうが、大半の人はそんな論争からは距離を置いているのだから。
私も若い頃はアニメが好きで、『性的視点』に満ちたアニメも沢山観たが、今は全くと言っていい程観なくなった。
別に格好つけて嫌いになったとかではなく、十分に観て30歳手前辺りで単なる惰性になったと気づき、他にやる事も見つかったからである。
これでも気づきが遅い方だろう。
ただ、最近気になる事がひとつだけある。
往年の人気アニメ『らんま1/2』や『地獄先生ぬ〜べ〜』のリメイクが決まった時、昔のアニメにはあった『性的視点』のシーンが規制される可能性に不満を示す声が、かなり多かった事だ。
確かに近年、時代の流れが必要以上に表現の規制を進めてしまった感は否めない。
だが、現在は『性的視点』のある深夜アニメは十分に存在しているはずだ。
むしろ純粋に子ども向けのアニメが少な過ぎる印象すらある中で、古い世代の人達が『らんま』や『ぬ〜べ〜』に、今更そういうものを求めなくてもいいのではないか?
少子高齢化は結果として、子ども向けアニメの可能性を縮小させ、一部の大人にアニメを支配させてしまった。
その結果、『キン肉マン』に於ける『友情パワー』の様なエッセンスも、他の作品では照れ隠しのために歪曲されたBL的表現に貶されてしまう、そんな時代も痛感する。
『らんま』や『ぬ〜べ〜』のリメイクを、予備知識のない子ども達が進んで観るとは思えないが、現代の基準に会わせて規制されたとしても、家族揃って観られるアニメをジブリやディズニー以外にも作る……というチャンスだと考えられないだろうか?
今回のリメイクで、『らんま』や『ぬ〜べ〜』から『性的視点』が規制される事が不満な人は、その1時間を何か別の有意義な事に使えばいい。
私も『キン肉マン』の大ファンだが、今の仕事の都合も考慮すると、アニメの新シリーズを追いかけるモチベーションが上がらないため、本当に観たくなるまで録画して溜めているのだ。
話を戻すが、『キン肉マン』の人気も日本の少子高齢化に支えられており、一部の大人が支配している世界である事に変わりはない。
しかしながら、『キン肉マン』の魅力は生き方に反映出来る。
仲間を何より大切にし、敵にも情けをかけ、自身は愛嬌を常に忘れず、別に言わなくてもいいタイミングで「おわーっ!」と叫んで道化にもなれる。
更に加えて、『キン肉マン』が『就職氷河期世代』にも人気があるのは、初登場時に下衆な悪役だったり弱小だったりした超人が再登場し、汚名を返上する展開が多い事もあるだろう。
それは世界のルールと自己をどうにか適応させる積極性が感じられ、やや保守的かも知れないが、幅広い世代に安心感を与えるのだと結論づけたい。
積極性に欠ける主人公が、ただヒロインのラッキースケベシーンをもっと! と期待しながら第2期、第3期の放送を待つ生き方も、当事者やコアな視聴者になれば不幸ではない。
私にもそんな時期はあった。
だが、他人にアウトプットし辛いインプットばかり溜めてしまうと、結局はその弊害がSNSなどに出てしまうのは、サブカル好きだけの問題ではないのかも知れない。
結論として、『キン肉マン』には他者を陥れる様な思想も性的視点もなく、ある意味健全な作品でありながら、熱狂的な支持者を生む何らかの刺激があるという、奇跡的なバランス感覚もあったのだ。
ちなみに、私の代表作『バンドー』は、土台にあるのは80年代の海外ドラマである『特攻野郎Aチーム』と『マイアミ・バイス』だが、サブカル愛好者としてのコンセプトは、「『キン肉マン』と『MASTERキートン』の融合」である。
成功しているのかどうかは分からないが(笑)。