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短編小説-夏雲の続き-

作者: akimoto koh

「あっつ・・・」

8月の厚い雲も切れ始め、残っている暑さと高校の宿題に思いを馳せるそんな夏の終わり。

部活の練習も終わった僕は自販機の前で呆けていた。


その時、すぅんと音を立てて何かが頭の側をすり抜けた。

「はぁっ!?おい!!」

振り向くとそこにはラケットを持った焦げ付くような小麦色の肌の女の子が立っていた。

コイツ・・・明らかに僕にボールぶつけるつもりで打ってきやがったな・・・。


何も詫びを入れずにその女・・・(なつる)はニコニコ笑いながら近づいてきた。

「当たらなかった?」

「・・・ああ、当たらなかった」

「ざんねん」

この暴力女・・・こんなだから学校の奴らからヤバいやつ扱いされてるんだ。

まあ実際ヤバいやつなんだけど・・・顔だけはちょっと可愛いんだよな。


「部活は終わったのか?」

「ん?んー、片付け中」

「終わってないってことじゃねえか・・・早く手伝ってこいよ・・・」

「後輩ちゃんたちがやってくれてるからいいの」

コイツ後輩から嫌われているんじゃないか?と心配になったが、

一人の後輩らしき女の子がこちらにニコニコしながら手を振ってくる。

どうやら部活内の人間関係は良好らしい。


僕と翔は同じ中学からこの高校に進学してきた。

入試の難易度はそこまで高くはないが、ある程度勉強してこないと入れない学校だった。

僕と翔は同じ塾でお互いに切磋琢磨し合いながらなんとか同じ高校に入ることが出来た。

そんな勝手知ったる相棒に対して、あろうことかテニスボールを打ち込んできやがった。

もう少し可愛らしい一面を見せてくれてもいいのにな・・・。


「宿題終わったか?」

「んー、ほとんど終わったー」

「その真面目なところはイメージ合わないんだよなあ」

「アンタの方が真面目そうに見えるのにねー」

「うるせえ」

「ねえ、もう帰る?」

「ん・・・ああ」

「しょうがないから一緒に帰ってやるか~」

「なんで上から目線なんだよ」

正直ちょっと嬉しい。

翔は優しくしたり、女の子らしいところを見せてくれることはなくて、

でもたまにこういう風に馴れ合ってくれる。

ずっと一緒に居たからかな、好きって感情にはまだ結びつかないのだけれど

なんとなく愛おしさみたいなものを感じて、

その気持ちに気が付いた時に恥ずかしさが込み上げてくる。


「この夏なんか楽しいことあった?」

「いや、部活やってたら終わってたよ」

「つまんないな~」

後輩の女子からの目線が何かを期待するようなものに変わり、

いたたまれなくなった僕は校門を出てバス停にたどり着いた。


「じゃあそっちはなんかあったのかよ」

「う~ん・・・」

翔の表情がいつもと違う。

あの暴力女が浮かべる少し虚ろ気な表情に、ナイフを突き立てられたようにズキっとした。


「・・・何かあったら相談に乗るぞ」

「アンタに相談したところで何の役に立たなさそう~」

「それでも、だ。役に立たないかもしれないけど話してくれよ」

「う~ん・・・・・・」


まあいいか、と吹っ切れたように翔は話し出した。

「アタシね、海外に行こうと思うんだ」

「・・・は?」

あまりのスケールの大きい話に素っ頓狂な声が出てしまった。


「今すぐじゃないよ、大学から」

「え・・・なんで」

「んー、飛び出してみたくなったから」

「飛び出すって・・・どこの国に行くんだよ」

「今考えてるのはカナダ、結構サポートも手厚いんだ~」

気が付けば一緒に居た。

同じ目標に向かって努力もした。

行動に予想がつかないことは多いけれど、

これからも一緒に過ごしていくんじゃないかと勘違いしていた


「・・・戻ってくるのか?」

「んー、決めてない。行ってから決める」

「行ってからって・・・」

「でも、見てみたいんだ。ずっと昔から興味があって、英語の勉強はアンタも知ってる通りそこまで好きじゃないんだけど。でもそんなってさ、見てみたい、行ってみたいって気持ちからすれば大したことじゃないんだ」

翔の眼は本物だった。

意思が決まった人の眼ってこんな眼なんだって、初めて知った。

とても綺麗で芯が通っていると思った。

そんな僕は今、翔にどんな目を見せているのだろうか。


バスに乗ってから僕たちの会話は続かなかった。

翔はずっと言い出せなかったことを言えたからか、晴れた表情をしていたように思う。

あるいは僕の返事を待つために自分からは話し出さなかったのかもしれない。

対して僕は言いたいことも言えない。

翔が言ったことを上手く咀嚼できていない。

そもそも言いたいことって何だったのか。

僕は翔に何を伝えるてあげるべきなんだろうか。


ビィーーーーッ

時間切れのゴングは早かった。

僕たちが下りるバス停で急かすかのようにブザー音を立ててバスの扉が開く。

翔はトントンッと小気味よくバスの階段を降りて行った。


「あのさ」

バスを降りてから声をかけたのは、僕の方からだった

「んー?」

「さっきの話」

「あー」

ちゃんと、自分の考えを伝えなきゃって思った。

「自分から話を聞くよって言っておいて、ちゃんと返せなくてすまなかった」

「いいよー、最初から期待してないって言ったじゃん」

向き合ってくれた彼女に、何か答えないとって思った。

「まだ僕もいきなり聞いた話だから全然整理しきれてないんだけど」

「うん」

「正直僕は・・・寂しいって思う」

「・・・うん」

「でも、翔らしいなって思った」

「うん、ありがと」

「だから一緒に居て予想できないし、毎日が楽しい」

「うん・・・うん」

「そんな翔だから、一緒についていきたいと思えた」

「・・・うんっ・・・!」

そう、だからこそ、このままじゃダメなんだ。


「だからこそ、あと数年で海外の大学に行くなんて俺は言えない」

「え・・・・・・。なっ、なんで!?」

「一つは無計画すぎる。高校を選ぶときもそうだったけど、翔はその先のことを考えていない」

「でも気持ちって変わるものじゃん!」

「変わるから、だよ。例えば海外に行ってもう海外はコリゴリだ~ってなったらどうする?」

「それは日本に帰るしかないじゃん」

「日本に帰ってからの進路は?仮に卒業したとしても海外大学は卒業時期が違うから就職するにしても制約があるぞ」

「それはっ・・・その中で選べばいいじゃん」

「まあ、死にはしないだろうね」

「じゃあいいじゃん!」

「でも、僕は翔には幸せでいて欲しいよ」

「っ・・・!」

「だから僕も一緒に留学して共倒れってのはナシだ」

「・・・」

「いつかきっと追いつきたい。もし翔が疲れちゃって、帰ってきたとしても受け止められるようになりたい」

「僕は日本の大学に進む、そして何年か先、もしかしたら3年生から留学って話もあるかもしれない」

「翔は自分がやりたいんだって思う方向に進んだっていい。いつか僕だって追いついてやる」

「だけど、それじゃあ僕のやるべきこととしては足りないなって思う。将来を見て、翔を支えられるような存在として一緒に居られるようになりたい」

「・・・えぇ?」

「もし翔が疲れちゃって、心が折れた時に選択肢を増やしてあげられるようになりたい」

「だから、今すぐにはついて行かないよ。ゴメン」

「何それ・・・ぷろぽーず?」

「ちっ・・・!今は・・・違う。まだその気持ちには追い付いてないよ・・・」

「ふふっ・・・だっさ」

「ゴメン・・・」

「ねえ、アタシ・・・アンタのこと好きだよ」

「えっ・・・」

「だから早く、追いついてきてね」


恥ずかしくてうつむいていた僕の顔に翔の顔が近づいてきた。

ふと頬に熱い鱗片が付いたような気がした。

「今は・・・まだこれね。アンタが追い付いてないみたいだから」

「じゃあ・・・またねっ!」


何が起きたんだろう、色々なことが起こりすぎた。

ただ今、翔の後姿を追いかけているその眼は少しだけ成長できた気がする。

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