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ないしょ



「ないしょね」

そんなふうに言われると、何だかじぶんだけとくべつなんだとうれしい気もちになってしまいませんか?もちろんとうくんも、ないしょはいけないことだとちょっぴりおもったりしていますが、二人だけのひみつをもつことがとくべつなことのようにおもえてうれしくておしりがムズムズしてきてしまうんです。

 ゆうがた、お母さんはせなかにきいちゃんをおんぶして、だいどころで夕ごはんのしたくをしています。おんぶされているきいちゃんはお母さんがパタパタといそがしそうにうごいていてもくうくうと気もちよさそうにねています。とうくんは、ひとりでブロックをしてあそんでいました。

 お母さんはれいぞうこからきゅうりを出すとそのまま手を止めてしまいました。きゅうりはとうくんがあまりよろこんで食べてくれないのです。どうしたら「おいしい!」と言って食べてくれるのかしらときゅうりを見つめながら考えていました。すると、パッとあるかんがえがあたまにうかびました。「これで、とうくんがきゅうりをおいしく食べられるようになるといいんだけど」とおもいながら、お母さんはきゅうりをきりはじめます。まず、きゅうりをはんぶんの長さにきって、それをまたもうはんぶんにきります。こんどは、そのみじかくなったきゅうりをほそくするためにたてはんぶんに。またもうはんぶんのほそさにきります。そう、スティックきゅうりです。それをひとつつまむと、お母さんはあそんでいるとうくんに小さなこえでよびかけました。

「とうくん、とうくん。ちょっときてくれる?」

「なあに?お母さん」

だいどころにやってきたとうくんに、お母さんはかおをちかづけてさっききったスティックきゅうりを見せながらささやくような小さなこえで言いました。

「本とうはいけないことなんだけど、このきゅうりがとてもおいしいから、とうくんにだけみんなより先に食べさせてあげたいとおもったの。きってすぐのきゅうりはみずみずしくておいしいのよ。とくにきょうのきゅうりはすごくおいしいから、今すごくおいしいとおもうの。お父さんも食べたいっておもうでしょうね。でも、おしごとだから食べられないわよね。かえってきたら、きりたてを食べたかったってざんねんがるでしょうね。ああ!なんてかわいそうなお父さん。だからね、とうくん。このきりたてスティックきゅうりを食べたことは、お父さんにはぜったいにないしょね。おまけに、だいどころでつまみ食いだったなんておぎょうぎわるいでしょう?本とうはダメだけど、きょうだけとくべつだから。だからぜったいないしょよ」

お母さんにそんなふうに言われたら、いつもはあまりおいしいと思わないきゅうりが何だかきょうはおいしそうに見えてきてしまったとうくんでした。お母さんからわたされたスティックきゅうりを一口「カリッ」とかじります。するとふしぎなことにいつものきゅうりよりおいしい気がします。

「つまみ食いっていけないってわかっているけれど、ついついもうひとつ食べたくなってしまうのよね」

お母さんは、じぶんもスティックきゅうりをひとつ食べるとすぐにもうひとつつまんで食べています。とうくんはコリコリとおいしそうな音を立てて食べるお母さんを見ていたら、もうひとつ食べたくなってきてしまいました。

「お母さん、ぼくももうひとつ食べていい?」

「いいわよ。でも、ないしょよ、ないしょ。きょうだけとくべつね」

お母さんはそう言って、もうひとつスティックきゅうりをくれました。

 その日の夕ごはんには、お父さんのおさらの上にだけしかきゅうりはのせられていませんでした。なぜならとうくんとお母さんのぶんは、だいどころのつまみ食いでぜんぶ食べてしまったからです。だいどころでつまみ食いをしたきゅうりのあじは、とうくんにとってそれはもうわすれられないものとなりました。

 その日のあとから、なぜかとうくんはお母さんからだいどころへよばれることがふえて、「ないしょね」と言ってつまみ食いをさせてもらうようになりました。もちろんお父さんにはないしょです。でも、つまみ食いをするものはなぜかいつもとうくんのあまりすきではないものばかりでした。そしてふしぎなことに、つまみ食いをしているうちに、とうくんのあまりすきではないものがどんどんへっていったような気がします。


 おいしいっておもいながら食べることができるのは、おいしくないっておもいながらがまんして食べるよりも、しあわせだなぁっておもいませんか?

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