第86話 水面下の動き
国の方では、合宿中に起きたスライムが大量に発生するという謎の事案に対する調査が始まった。
俺が砕いた宝珠については、王国の魔術師たちの元に届けられたらしい。込められた魔力から犯人を特定するんだそうだ。
「こちらが、騎士たちの卵たる学生たちの合宿地で使われた宝珠となります」
「ほう、またずいぶんなものを持ちこんでくれたな」
宮廷魔術師は、宝珠を見るや否やずいぶんな感想を漏らしていた。
「砕けているとはいっても、まだかなりの魔力を有している。込められた魔法の術式が破壊されているから、魔法が発動していないでいるだけのようだぞ」
「何……ですと?」
宝珠を届けた兵士が驚いている。
それも無理もないというものだ。宮廷魔術師の言い分をそのまま取るならば、術式が破壊されていなければ、スライムをまだまだ延々と生み出す事ができるというわけなのだから。それを理解して想像した兵士は、思わず身を震わせていた。
「安心しなさい。この壊れた術式はこの宝珠ではもう二度と発動できない状態になっているからな。……さて、実に興味深いので預からせてもらうよ。結果はまたいずれお知らせする」
「た、頼みましたぞ。宮廷魔術師殿」
「ああ、任せてくれ」
宝珠を届けた兵士は、宮廷魔術師の部屋から慌てたように出ていった。
部屋に一人残る宮廷魔術師は、改めて宝珠を手に取っていた。
「……古の時代に作られた遺物か。こんなものが人知れず出回っているとは、なかなかに厄介なものだ」
宮廷魔術師は、真っ二つになった宝珠を手に取って眺めながら、ぶつぶつと言葉を漏らしている。彼の知識に照らし合わせるに、その宝珠は今の技術だと作る事ができない物らしい。そのために過去の遺物と判断したようである。
そして、その遺物の事を詳しく調べ始めた。魔力の痕跡を調べ上げて、誰がこんなものを仕掛けたのかを判明させるためである。
(遺物を詳しく見れる機会などそうそうあるものではない。徹底的に調べ上げてやろうではないか)
宮廷魔術師はまるで水を得た魚のように、鼻息荒く宝珠の分析を始めたのだった。
―――
一方のドラゴニルのところにも、来訪者がやって来ていた。
「おや、誰かと思えばランドルフ子爵か。珍しいな」
小太りな貴族が部下を伴ってやって来ていたのだ。
ランドルフ子爵というのは、フェイダン公爵領とクロウラー伯爵領の両方に接する小さな領地を治める貴族である。
ちなみに、逆行する前のドラゴニル、つまりは女性だった頃のドラゴニスにしつこく求婚してきた貴族の一人である。
なので、正直に言ってしまえばドラゴニルにとってはなるべく敬遠したい相手ではあるが、すっかり男としての意識に染まり切ったドラゴニルにはもはやどうでもいい感情となっていた。
「久しぶりでございますな、フェイダン公爵」
「して、一体何の用だ。小さいとはいえ、お前のところの領地は安定しているはずだ。我のところからの助力など必要ないはずだが?」
牽制するように睨みを利かせながら話をするドラゴニル。だが、ランドルフ子爵は怯むような様子もなく、ドラゴニルへと近付いていく。
「まあまあ、そう言わないで下さいな。お隣同士なんですからね」
ランドルフ子爵は顔をニヤつかせながら話している。
「汚い笑みを見せるな。さっさと失せろ」
ドラゴニルはご機嫌斜めである。
「まあそう言わないで下さいな。ところでフェイダン公爵、お聞きしてよろしいですかな?」
「何をだ」
にやつくランドルフ子爵を鋭い視線で睨みつけるドラゴニル。それでもランドルフ子爵はまったく引かなかった。
「娘であるアリスの事ですよ」
「アリスに何の用だというのだ。知っておるだろう? 今は騎士の養成学園に入っていると」
「ええ、存じておりますとも。そのアリスなのですが、どうですか、このランドルフに預けてみるつもりは……」
「……寝言は寝て言え。お前のような奴に我が娘は渡さぬぞ」
ランドルフ子爵の発言に、ドラゴニルは本気で怒っている。体中からオーラがあふれ出ており、周りのものを破壊しそうな勢いだった。
「おお、怖いですなぁ。ははっ、冗談に決まっておるではないですか」
「言ってはならない冗談というものもある事をしかりと弁えろ!」
さすがにびびって取り繕うランドルフ子爵。そのランドルフ子爵を睨み付けて怒鳴りつけるドラゴニルである。
「お前の姿など見たくもない。さっさと領地に帰れ!」
ドラゴニルはそう吐き捨てると、次の業務の場所へと移動していったのだった。
ドラゴニルが去った場に残されたランドルフ子爵は、実に険しい顔をしてその場に立ち尽くしていた。
「ドラゴニルの奴め。相変わらず生意気な……」
ぎりぎりと親指の爪を噛み始めるランドルフ子爵。
「今に見ておれ、必ずやお前を今の地位から引きずり降ろしてやるからな!」
ランドルフ子爵は吐き捨てるように言うと、フェイダン公爵邸を後にしたのであった。結局この男、ドラゴニルを煽りに来ただけで帰ったのである。




