最終話 幸せを噛みしめて
あれからというもの、5年は経とうとしていた。
「やあっ! はあっ!」
屋敷の庭で木剣をもって素振りに精を出す元魔王、いや、正式に公爵家と一員となったマルス・フェイダンである。
「ふふっ、今日も頑張っていますね、マルス」
「あっ、母上」
素振りを止めると、マルスは突然現れた母上と呼ぶ人物に駆け寄っていく。
この母上なる人物、何を隠そう俺だ。
ドラゴニルの妻となってからというもの、すっかりこの生活に馴染んじまっている。とはいえ、逆行前の男の心が完全に消えたわけじゃないがな。
俺に駆け寄ってくるマルスだったが、俺の陰からひょっこりと顔を出した人物に気が付くと、ぴたりと足を止めていた。
「兄様。こ、こんにちは……」
恥ずかしそうに顔を出しているのは、俺が初めて産んだ子。娘のファリサだ。
「ファリサか。確かに昼前だな、こんにちは」
マルスが挨拶を返すと、ファリサは表情を明るくしていた。
こんな恥ずかしがりなファリサではあるが、ドラゴンであるドラゴニルと魔物を滅する力を持つ俺の血を引いているがために、マルスにとっては実は天敵中の天敵である。
だが、そんな関係にありながらも、二人の仲はそんなに悪くはない。義理とはいえど兄妹だからだろうか。
「あれ、母上」
「うん、なんですか、マルス」
突然、マルスが俺に声を掛けてきた。よく見てみると、その視線は俺の腹部に向けられている。
「お腹が少し大きくなられたのでは? でしたら、無理はよくないと思います」
俺のお腹を見てそんな気遣いができるとは……。さすがは元魔王。そんな心配、5歳児にはできないぞ。
「ふふっ、よく気付きましたね。まだ先にはなりますけれど、二人に弟か妹ができるんですよ」
「ええ、本当ですか、お母様」
俺が答えると、ファリサが目をまん丸にして驚いていた。
それとは対照的に、驚いて身を引いているのがマルスだ。そりゃ天敵が増えるんだからな、そうなるよな。思わず心中を察してしまう俺だった。
そんな時だった。
聞き覚えのある笑い声が庭にまで響き渡ってくる。そう、言わずと知れたドラゴニルだった。
「ふむ、ここに居たか」
「はい、ドラゴニル様」
「アリス、客人が来ておるぞ。ここは我に任せて会いに行ってやれ」
ドラゴニルの申し出に、思わず目が点になる俺である。子どもの相手を引き受けるとか、どういう風の吹き回しだろうか。
とはいえ、客人が来ているとなれば待たせるわけにはいかない。
「承知致しました。では、子どもたちの事をよろしくお願い致します」
ひとまずドラゴニルと交代して、レサを伴って応接室へと向かった。
応接室に到着して俺を出迎えたのは、実に懐かしい顔ぶれだった。
「まあ、みなさん。結婚式の時以来ですかしらね」
ブレアとニールの二人はもちろん、学生時代によく絡んでいたセリス、ソニア、ピエルとマクスも揃っていた。
「ああ、久しぶりだな、アリス」
「お久しぶりでございますわ」
次々と挨拶してくる友人たち。
結婚式以来とは言ったものの、実はそれは、俺の結婚式以来ではない。
実は6人ともそれぞれに結婚していて、3組の夫婦となっていたのだ。まさかそんな事になってるとは思うまい。
なので、招待状が届いた時には驚かされたものだ。
ただ、ファリサの出産の頃にかぶってしまったブレアとニールの結婚式に参列できなかったので、お詫びに後日訪問したのも懐かしい限りだ。
3組とも俺のとこのファリサよりは小さいものの子どもがいるらしい。まったく、みんな幸せそうでなによりだぜ。
「アリス様ったら、お子様たちもすっかり大きくなってましたわね」
「ええ。マルスが5歳で、ファリサが4歳ですもの。月日が経つのは早いですね」
「それにしても、なんだかんだで全員結婚するとは思わなかったな。騎士になって独り身で頑張ってると思ったのにさ」
「それは確かにそうですね」
その言葉に、思わず俺たちは大笑いである。
騎士になるために騎士の養成学園に入ったというのに、夫の方も含めて誰一人として現役で騎士をしていないのだからな。まあそれでも、子育てが落ち着いたら、再び剣を握ってみるのも悪くはないとは思うぜ。
その後も俺たちは、学生時代の事やら卒業後の事など、いろいろと話を弾ませていた。
そんなこんなで気が付いたらすっかり暗くなってしまったので、一泊していくことになってしまった。夕食の席でもドラゴニルも交えながら、いろいろな話題で盛り上がった。
そして、翌日になると、ブレアたちは名残惜しそうにそれぞれの領地へと帰っていったのだった。
あとで気が付いたのだが、みんながやって来たのは、俺たちの結婚5周年を祝うためだったらしい。誰も言わなかったせいで、後日届いたプレゼントの山を見て初めて気が付いたぜ。
それにしても、逆行して送ったこの人生は、以前とは比べ物にならないくらい幸せなものだ。
夫が居て、子どもが居て、俺の両親だってまだまだ元気だ。騒がしい友人だって居る。
それに、もうそろそろまた新しい子どもも生まれる。
俺はこれからもこの幸せを噛みしめながら、破天荒なドラゴンの妻として精一杯生きていこう。
―――おっさん騎士、逆行転生してドラゴンの妻となる
― 完
約半年間、プロットなしパンツァー型更新の拙作にお付き合い頂き誠にありがとうございました