第169話 一件落着?
「つまりは、アリスはフェイダン公爵家の起こりとなった王女の生まれ変わりというわけだ」
「そ、そんな……。私はそもそも……」
ドラゴニルの言葉に正直信じられない。
そもそも、本来はドラゴニルが女性で、俺は男性だったんだ。
……こんな事って、あり得るのだろうか。
「我が使った魔法は、しょせん時を遡るだけ魔法だ。遡った際に性別が変わるなどという効果は、この魔法は持ち合わせておらぬ。だが、現実として我は男となり、お前は女となった。そこには恐らく、なんらかの力が働いたのだろう。我らの無念を感じ取るという形でな」
「ふむ……」
ドラゴニルの推測に、俺は納得したかのように顎を抱えた。
つまり、ドラゴニルが女で、俺が男だった世界線は、なんらかの力によって捻じ曲げられていたという事なのだろう。
しかし、それは一体誰が何のためになのだろうか。
俺がちらっとドラゴニルに視線を送ると、ドラゴニルは表情を歪めていた。またこいつは俺の思考を読んだのかよ。
「捻じ曲げた犯人なら一人しかおるまい。しかも、そこにおるではないか」
「はっ! 魔王ですか」
俺はふとサウラの方へと視線を向ける。急に視線を向けられたものだから、サウラがびっくりしていた。
「そうだ。自分の復活をスムーズにするために、邪魔となる存在を消しにかかったのだ。特に我がフェイダン公爵家は邪魔だったろうからな」
ドラゴニルが腕を組んだ状態で淡々と語っている。
魔王は封印されながらも、自分を封印した者たちの気配を追い続けており、自分を信奉する一族を使ってあれこれと画策し続けていたというわけなのだ。
それが、あの魔物使いの男の一族なのだ。
ランドルフの抱いていたドラゴニルに対する劣等感につけ入って唆したのも、魔物を大量に操って村を滅ぼそうとしたのもあの魔物使いなのだ。
今回の村を襲わせた件から察するに、逆行前の俺が力に目覚めるきっかけを作ったのもあの男だったのだろう。なにせ俺の生まれ育った村は、魔王の封印されている場所から近いのだからな。
こうやって考えていると、今までに起きた出来事の点の一つ一つそのすべてが一つにつながりそうだった。
「しかし、そんな魔王も今ではあんな姿ですか。ふふっ、恐ろしい方でしたが、幼くなってしまえば可愛いだけですわね」
ブレアはサウラに抱かれている元魔王の赤ん坊を見ながら笑っている。
「あぶぅ!」
すると、赤ん坊は怒っているような反応を見せていた。ブレアが喋っている言葉を理解しているようだった。
「はっはっはっ、ブレアよ。言葉には気を付けるのだな」
「は、はい。気を付けますわ」
ドラゴニルに突っ込まれると、ブレアはしゅんと少し落ち込んでいた。
「それにしてもだ。過去に魔王を封印した時と同じように、ドラゴンと魔物を滅する力を持つ女性がこうやって揃って、再び魔王を封印するとはな。歴史は繰り返すという言葉はあるが、なかなかに面白いものだな」
ドラゴニルは面白おかしそうに笑っている。
「私、ちょっと危なかったのですけれどね」
あまりに笑うドラゴニルに、俺は抗議を入れておく。すると、ドラゴニルは閉じた片目をうっすらと開けながら俺を見ている。
「ははははっ、そうだったな。いやあ、我も情けないものだったな。ああも簡単に吹き飛ばされるとは思ってもみなかったぞ。不完全とはいえ、さすがは魔王といったところか、はっはっはっ」
大口を開けて笑うドラゴニル。
「ぶぅ」
赤ん坊は不機嫌そうにドラゴニルを睨んでいた。
力は感じられないのだが、記憶か何かが残っているのだろうか、的確な反応を見せる赤ん坊だった。まったく油断ならないものだな。
その赤ん坊に対して、ドラゴニルがゆっくりと近付いていく。すると、赤ん坊はサウラにぎゅっとしがみついて身構えている。
「ほう、我が怖いか」
「だあっ」
ぺちっとドラゴニルの顔を叩く赤ん坊。だが、その非力な攻撃がドラゴニルに通じるわけもなかった。
ところが、ドラゴニルは目を細めてにやけている。
「わーっはっはっはっはっ。うむ、いい平手だ」
顔を上げて大声で笑うドラゴニル。そして、赤ん坊を見てから俺の方へと視線を向けてこう宣言しやがった。
「こやつは我が家で養おう。二度とやらかさぬように、しっかりと教育してやるからな、覚悟しておけよ?」
「ぶぶぅ」
「だっはっはっはっはっ、そうこなくてはな。実にいい目をしておるわ」
ドラゴニルの笑いがまったく止まりそうになかった。
このドラゴニルの決定に、この場に居た四人ともが唖然として固まってしまっていた。まったく、何を言ってるんだよ、このドラゴンはよ。
あの時は冗談とばかり思っていたのだが、どうやらドラゴニルは本気のようだった。
こうしてあれよあれよという間に、元魔王の赤ん坊はフェイダン公爵家で正式に引き取られる決定が下された。
そして、俺たちが学園を卒業するまでの半年間の間、サウラと担当の乳母の下で育てられる事になったのだった。
正直頭が痛くなりそうな話なのだが、これをもって俺たちと魔王との間の因縁に、ひとまず決着がついたと見ていいのだろう。