第168話 公爵邸に戻って
ひと晩休んで休息をとった俺たちは、ドラゴンに変身したドラゴニルの背中に乗って、一気に公爵邸まで舞い戻った。
それにしても、元魔王の赤ん坊は移動中もまったく動じることなく、俺を見ながらにこやかな顔をしていた。やっぱりただの赤ん坊というわけではなさそうだ。なんといっても食事をまったく食べてもいないからな。そこからして普通じゃなかった。
公爵邸に到着して、俺たちを降ろしたドラゴニルはさっさと元の姿に戻る。それと同時に赤ん坊を抱えた俺を抱きかかえると、そのまま公爵邸の中へと走っていった。
「ちょっと待って下さい、ドラゴニル様。いくらなんでも恥ずかしいです」
俺は必死に抗議をするものの結局まったく聞く耳を持ってもらえず、そのままサウラの元まで連れて行かれたのだった。
「サウラ、ちょっといいか」
「あら、ドラゴニル様。お帰りなさいませ」
バーンと扉を開けたドラゴニルに、サウラがしれっと応対している。
だが、この大きな音はさすがに頂けなかったようだ。
「ふぎゃあ~!」
赤ん坊が泣き出してしまったのだ。
「あわわわ、どうしましょうか」
俺が慌てていると、サウラが近付いてくる。
「アリス様、お任せ下さいませ」
サウラが真剣な表情で見つめてくるので、俺はサウラに赤ん坊を任せる。
しばらく赤ん坊をあやしていると、段々とおとなしくなってすっかり泣き止んでしまった。さすが副侍女長だ。
「ふぅ、おとなしくなりましたね。……それより、この赤ん坊は一体どうなさったのですか? まさかさらってきたわけではございませんよね?」
サウラが睨み付けてくるものだから、俺はおそるおそる視線を逸らす。
だが、俺とは対照的に、ドラゴニルはどっしり構えていた。さすがこういう時は頼りになるぜ。
「そいつは魔王だ。詳しい事はアリスに聞け。我は探し物をしてくる」
「ちょっと、ドラゴニル様?!」
いそいそと部屋を出て行くドラゴニルに、俺は慌てて声を掛ける。だが、ドラゴニルはそれを無視して本当に部屋を出て行きたがった。
その直後、俺は背中に視線を感じる。サウラから事情を説明しろという圧を感じる。
「あ、あの、サウラさん。説明しますので、落ち着いて頂けませんか……ね?」
「早くお願い致します。魔王だとかなんだとか、どういうわけなのですか。しっかりと説明して下さい」
「は、はい……。分かりました」
というわけで、室内の椅子に座った俺は、サウラに対して昨日の事を全部説明したのだった。……分かってくれただろうか、とても心配だ。
話を聞いている間のサウラの表情は、それはころころと変わっていた。驚いたり、心配したり、ほっとしたりと実に忙しそうだった。魔王との戦いだから仕方がない話だよな。
ようやくサウラへの説明が終わる頃だった。
「よし、見つけたぞ」
またバーンと大きな音を立てながらドラゴニルが入ってくる。せっかく泣き止んでいた赤ん坊がまた泣き始めちまったじゃねえかよ。いい加減にしてくれよ。
「ドラゴニル様、赤ん坊が居るのですから静かに入ってきて下さい。おお、よしよし……」
再び赤ん坊をあやし始めるサウラである。
だが、怒られた当のドラゴニルは首を傾げていた。まったく、無神経すぎるだろうが、ドラゴニル。
「まったく、さっきから扉の音がうるさいですわね」
「さすがの俺でももうちょっと静かに開閉するぞ。誰だよ、乱暴な開閉をするのは」
ブレアとニールがルイスとともに部屋に入ってきた。
そのニールの言葉に、俺は無言でドラゴニルを見る。その様子を見たニールですら、さすがに引いているようだった。よかった、ニールはまだ常識人だったようだ。
「そんな事はどうでもいいではないか。だが、ちょうどよかった。お前たちも居るのなら話が一度で済む」
「そんな事ではございませんわよ、ドラゴニル様」
文句を言いながらも、ブレアたちも近寄ってくる。ドラゴニルの話が気になって仕方がないのだ。
「それで、何なのですか、ドラゴニル様」
俺もとりあえずドラゴニルの話に乗っておく。騒いでもややこしくなるだけだし、さっさと済ませておけば後が楽だからな。
「うむ、アリスが白い空間の中で見た、自分によく似た女性のことでちょっと思い出してな。屋敷の倉庫を片っ端から見てきたのだ」
「それ、話してませんけれど? また人の思考を勝手に覗いたんですか。いい加減にして下さいよ」
俺が抗議してもドラゴニルは何食わぬ顔。本当に俺様気質なドラゴンである。
「まぁそう言うな。とりあえずこの肖像画を見てくれればいい」
なんで俺の方を咎めてくるのかと文句は言いたいところだが、ドラゴニルが開いて見せてきた肖像画に思わず言葉を失ってしまう。
「まあ、アリスさんにそっくりですわ」
「瓜二つというくらいに似ているな」
ブレアもニールも驚きを隠せなかった。サウラも覗き込んでいるし、なんなら赤ん坊も眉間にしわを寄せながらじっと見ている。
「この肖像画の女性だが、我がフェイダン公爵家の起こりとなった、当時の王国の王女だ」
「な、なんだってー?!」
思わず叫んでしまう俺だった。