第166話 覚悟を決めて
俺が剣を握り直すと同時に、魔王が魔法を放ってくる。
「ふはははっ! 黒焦げになって死ね、忌まわしき女よ」
魔王から今までよりも強烈な雷がほとばしる。それは俺に向けて一直線に駆け抜けてくる。
だが、俺はその雷を避ける事なく、剣を構えて振り上げた。
「ふん、血迷ったか。私の力に真正面から抗うだと?! 笑止」
余裕たっぷりの魔王。だが、魔物を滅する力を警戒してか、顔は笑えど、体はしっかりと次の構えを取っていた。よっぽど俺の力が怖いらしい。
ならば、見せてやろうじゃないか。その魔王が恐れる力ってやつをな。
俺は力をしっかりと込めて剣を振り下ろす。
すると、不思議な事に魔王の放った魔法があっさりと斬り裂かれてしまった。
「なんだと?!」
魔王が驚いている。
かなり魔力を込めて放った渾身の魔法なのだろう。だが、今の俺は不思議と今までで最高に力を発揮できている。気持ちが高揚しているのだ。
だが、同時に後悔もしている。
ドラゴニルやブレア、俺の大事な人たちをあれだけ傷付けられてしまったのだからな。こんな力を持ちながらも、守る事ができなかった自分が情けなさすぎるってわけだ。
「あなたがどんなに強力な技を放ってこようとも、私は負けません。この世界は滅ぼさせませんし、必ずあなたを倒します!」
宣言しながら剣を魔王へと突きつける俺。
俺の姿を見た魔王は、ぎりぎりと歯を食いしばっている。
「どこまでもあの女と同じ事を! 見せてやる。そして、絶望しろ。魔王に歯向かった事を、心底後悔させてやる」
魔王は空に向けて左手を掲げた。
嫌な予感がした俺は、魔王を止めるべくすぐさま斬りかかった。
「何をする気か知りませんが、阻止してみせます」
この時の俺は、嫌な予感に焦って大事な事を見落としていた。
魔王が自由にさせているのが、散々ドラゴニルたちに対して振るってきた右手だという現実だ。
「愚かしい奴よ。この程度の策に気が付かぬとはな」
「なんですって?!」
魔王が俺の方へと顔を向け、自由にさせていた右手を振るってくる。
しかし、ここまで勢いよく突っ込んでしまった以上、今さら回避行動は取れない。一か八か、俺はそのまま魔王へと攻撃を仕掛ける。
(勢いをつけすぎて止まれないからな。俺に秘められた力よ。魔王にせめて一泡吹かせてやってくれ)
覚悟を決めた俺は、魔王へと向けて剣を振り下ろす。
「ふん、玉砕覚悟か。いいだろう、素晴らしき愚者の墓標くらい、立派なものにしておいてやる」
魔王はそう言いながら、引いた右手を俺へと向けて突き出してきた。同時に、左にも魔法を込めて振り下ろしてくる。
物理と魔法の両方を同時にぶつけるなど、本気で俺を殺しに来ているのがよく分かる行動だ。
だけど、俺は負けない。必ず魔王を倒してみんなと帰るんだ。
「うおおおおっ!!」
「死ね、我が因縁よ!」
俺と魔王の全力の攻撃がぶつかり合う。
次の瞬間、お互いの力が爆発して凄まじい衝撃が走る。
「うわああっ!」
「ぬおおおっ!!」
あまりの衝撃の凄まじさに、魔王すら耐えられない。踏ん張ってはいるものの、そのまま後ろへと飛ばされそうになっている。
だが、俺は耐えている。しっかりと地面に足をつけて耐えている。
様々な事件の根本はこいつが存在したせいだ。こいつが居るからみんなが危険な目に遭ってきたんだ。許せるわけがない。
だからこそ、俺は歯を食いしばってでも耐えているんだ。魔王を打ち倒すために下がるわけにはいかないんだ。
「魔王、ここで因縁を終わらせるのは俺の方だ。覚悟しろ!」
衝撃波に逆らって、俺は一歩を踏み出していく。
一方の魔王は、姿勢を保って耐えるだけで精一杯だった。
「消え去るのはお前の方だ、魔王!」
俺は衝撃波の発生地点を越え、衝撃波の勢いに乗る。そして、剣をしっかりと握って魔王へと向かっていく。
「バカな……。この私が、こんな奴に負けるというのか。魔物を滅する力にまた屈するというのか。認めぬ……、認めぬぞ!」
これで簡単に魔王がやられるわけがなかった。
俺の姿を認めた魔王は、最後のあがきとして魔法を放とうとしている。
「させるか」
俺は勢いに乗って剣を突き出す。
だが、俺が到達する前に、魔王の魔法が放たれようとする。
その時だった。
ズドンと魔王に攻撃が撃ち込まれたのだった。
「ふん、アリスにばかりいい格好はさせられぬからな」
でっかいドラゴンがそこに居た。声から察するに、それはどうやらドラゴニルのようだった。
やられっぱなしは性に合わないドラゴニルの、精一杯の一撃だったようだ。
だが、その一撃は確実に魔王に隙を作ってくれた。
「この一撃で沈め、魔王!」
「くそっ、くそっ! 私は認めぬ、認めぬぞ!」
次の瞬間、俺の剣が魔王を貫いた。
そして、剣が突き刺さったところから眩いばかりの光があふれ出す。
その光に辺り一帯が包まれると、なんとも言えない浮遊感に襲われる。
一体何が起きたかまったく分からないが、俺の意識はそのまますっと消えていってしまったのだった。