第165話 荒れ狂う力
「ふん、やっと全力になりおったか。実につまらんな」
ドラゴニルは呆れた顔でそんな言葉を吐き捨てる。どうやら魔王相手に本気でやり合いたかったらしい。根っからの戦闘狂のようである。
俺はそんなドラゴニルを見て、困惑した表情をしている。
俺の表情に気が付いたドラゴニルが、歯をむき出しにして笑っている。
「これで、ご先祖様と魔王の戦いが再現できるというもの。こやつを打ち倒して最高の報告をせねばな」
まったく、ドラゴニルの神経はよく分からないが、それには俺も同意する。
目の前では魔王がバリバリと魔法による雷の筋をほとばしらせながら、こちらをじっと睨みつけている。
「来るぞ!」
ドラゴニルのその言葉と同時に、声にならない唸り声を上げながら魔王が突撃を仕掛けてきた。
(……速い!)
雷の魔法が乗っているせいか、魔王の動きが今までの比ではない。
俺たちが回避すると、そのまま魔王は止まれずに突進してしまっていた。
「制御不能というわけですか」
俺がそう呟いた次の瞬間、ものすごい音が響き渡っていた。
なんと、近くにあった山の一部が崩れ去っていたのだ。どうやら止まれなかった魔王がぶつかった事で、大きくえぐれて崩れたようだった。まともに食らってたらたまったものじゃない。
「ふむ、凄まじい力だな。これはさすがの我でも手に負えぬかもしれんな」
こう話すドラゴニルだが、表情とは裏腹に声はとても楽しそうだった。これだから戦闘狂ってやつは困るんだ。
だが、のんびりしている暇はなかった。こちらに向けて何かが走ってきたのだ。
「来るぞ、構えろ」
「はい!」
今度は逃げずにしっかりと構える俺とドラゴニルだ。
というのも理由がある。俺たちの後ろではブレアたちが麻痺で動けずにいるのだ。つまり、俺たちが避けるとブレアたちに被害が及ぶというわけだった。
……やってやろうじゃねえか。
俺は力を込めて剣を振り上げる。
「たああっ!」
魔物を滅する力を乗せて、タイミングよく魔王へと剣を振り下ろす。
「小賢しいわ!」
あ、喋った。
完全に我を忘れているかと思われた魔王が、俺の攻撃へと反応する。
魔王の雷をまとった拳と、俺の魔物を滅する力をまとった剣がぶつかり合う。
お互いの能力が乗った攻撃は、ぶつかり合ったところで激しい火花を散らしていた。
「ぐぐぐっ、この私の全力を受け止めるとは……。さすがはあの女の力を受け継いだだけのことはあるな」
「わ、私にだって下がれない理由がありますからね。このままあなたにいいようにされてたまるものですか」
俺はちらりと後ろへと視線を向ける。
「そうか、それを庇って俺の前に出てきたというわけか。よかろう!」
その俺の動きに気が付いた魔王が、ひときわ大きな声で叫んでいる。
「お前たちの大事なものを破壊して、そして、お前たちも破壊する。死ぬがよい」
俺の剣と押し合いながらも、魔王が魔力を溜め込み始める。
まずい、これは大きな攻撃がくると、俺は直感してしまう。
だが、その瞬間だった。
「我を忘れてもらっては、困るな!」
どこからともなくドラゴニルが飛び出してきた。そして、そのまま魔力を溜めている魔王に対して、力の限りにドラゴンのオーラをまとった拳を叩きつけていた。
だが、そんなドラゴニルの攻撃も、本気になった魔王は少し浮いたくらいでほとんど動かなかった。
「効かんなぁ!」
放とうとしていた魔法を急遽ドラゴニルへと狙いを変える魔王である。
「うぐぅっ!」
強烈な魔法を食らって、ドラゴニルが吹き飛ばされる。ドラゴニルがこんな状態になるのは初めて見た気がする。
「ドラゴニル様」
その姿を見て、思わず俺は叫んでいた。
「安心しろ。お前もすぐに後を追わせてやる。さあ、吹き飛べ、忌まわしき力を持つ娘!」
ドラゴニルを気にする様子もなく、魔王は自由な片腕に新たに魔法をまとわせ始めている。
肝心の俺は、魔王の拳と押し合うだけで精一杯だ。このままではまともに攻撃を食らってしまう。
(くそう、なんて俺は非力なんだ。どうすればいい。どうすればこの状況をひっくり返せるんだ?)
俺は焦っていた。
だが、そんな時だった。
「そうは参りませんわよ」
「この程度で俺たちを無力化したと思うなよ」
聞いた事のある声が耳に入ってくる。
「まったくですよ。私の事もただの荷物持ちだと思わないで下さいよ」
ついでにもう一つ声が聞こえてきた。ルイスの声である。
死角からブレアたちの攻撃が決まる。
「ぐっ、この雑魚どもが!」
「きゃあっ!」
「うわっ!」
攻撃が決まったものの、反撃を食らって吹き飛んでいくブレアたち。ドラゴンの血筋の者たちはみんな魔王によって軽々しく倒されてしまった。
もう、ここに残るのは俺だけだった。
「さあ、ようやく二人きりだな。積年の恨みとともに、お前には最高に惨たらしい死を与えてくれようぞ」
魔王がにちゃりと気持ち悪い笑みを浮かべている。
その笑みに一度飲み込まれかかったが、俺はみんなの行動を無駄にするわけにはいかないと、表情を引き締めた。
「その顔……、その顔をやめろ! あの女を思い出して虫唾が走るわっ」
魔王が今までよりもさらに強力な魔法を繰り出そうとしている。
だが、俺にだって負けられない理由がある。
「みんなを苦しめたあなたを許せるわけがありません。ここであなたと私の力の因縁を終わらせてあげます」
俺は今まで以上の力を込めて、剣をしっかりと握り直した。