第164話 高まるものたち
「うわっ!」
「ぐおっ!」
眩い閃光が走り、俺と魔王は互いに弾かれてしまう。どうやら互角だったようだ。
しかし、俺が大きく体勢を崩したのに対し、魔王はのけぞりはしたもののどうにか耐えているようだった。
「くそう、忌々しい」
だが、魔王はすぐさま攻撃を仕掛けてこず、何やらぶつぶつと呟いている。
「私を封印したあの女! その力は、まさにあの女と同じものだ!」
俺を指差しながら、魔王が感情を露わにして叫んでいる。
そして、俺へと鋭い視線を向けたかと思うと、一気に間を詰めてきた。
「この恨み、晴らさでおくべきか!」
魔王の拳が振り上げられ、俺へと向かって一気に振り下ろされる。
速い!
だが、それがそう思うのとは裏腹に、体はしっかりとその攻撃へと反応していた。
「くっ。さすがは全盛期の私を相手に翻弄してくれた女の力だな。この私の攻撃を容易く躱すとはな」
魔王がギリギリと歯ぎしりをしている。
しかし、この状況には俺だって驚いている。思った以上に体が軽く動くのだ。まるで自分の体ではないかのような、そんな感覚を持ってしまっている。
(体が軽い。こんな感覚、今までに一度もないぞ)
戸惑いがあるものの、今は魔王との戦いの真っ最中だ。感動はひとまず後回しだ。
魔王の攻撃を躱しつつ、俺は反撃の隙を窺っている。
だが、その時だった。
ズドーン! バリバリバリ……。
俺の後方に雷が落ちたのだった。
後ろを見てから魔王へ再び視線を戻すと、魔王の左腕が前へと伸びていた。どうやら魔法を使ったらしい。
「逃げるというのなら、動けぬように範囲を狭めてやる! お前は必ず……殺す!」
魔王の目がガチだった。真っ黒の瞳は完全に血走っている。
「げっ、魔法を使い始めたのですか。これはうかうかしてられないですね」
思わず男だった時の言葉遣いが出て、すぐに修正する俺。素が出てしまうくらいに魔法に驚いたのだった。
魔王の魔法にも警戒しながら、俺と魔王の攻防が再開される。近距離では重い拳が、距離を取れば魔法が飛んでくる。近距離攻撃しか持ち合わせないとはいえ、まだまだ未熟な俺にはやりにくい相手だった。
「死ねぇ、女!」
まるで狂ったかのように襲い掛かってくる魔王。だが、俺はその攻撃をしっかりと躱していく。
「おのれ、ちょこまかと!」
手数を増やしても俺を捉え切れないために、魔王は苛立ちを募らせていっている。
一方の俺の方も避けるのが精一杯で攻撃に転じれていない。お互いに決め手を欠いている状態だった。
そんな膠着状態を打ち破ったのは、やっぱりあの男だった。
「ふんぬっ!」
「ごばっ!」
ドラゴニルの右が魔王を打ち据えたのである。魔王はドラゴニルの拳で派手に吹き飛んでいく。
「まったく、いつまで遊んでおるのだ、アリスよ。とっとと力を使って戦いを終わらせるのだ。我も飽きてきたぞ」
ドラゴニルが大声で俺に文句を言っている。だが、あまりに突然のできごとに、俺はまったく反応できないでいたのだ。
「トカゲの分際で、私の復讐劇の邪魔をするか」
起き上がった魔王がドラゴニルに攻撃を仕掛ける。
だが、ドラゴニルは攻撃を避けるどころか正面から受けて立っている。
次の瞬間、ドラゴニルの拳が再び魔王の顔面に入っていた。
派手に吹き飛んでいく魔王の姿を見ながら、俺はこう思った。「もうこいつだけでいいんじゃないのか?」と。
「何を見ているアリス。さっきも言ったが、我がいくらぼこぼこにしようがあやつには通じぬ。あれにとどめを刺せるのは魔物を滅する力を持つお前だけなのだ」
「魔物を滅する力……」
俺はぎゅっと、手に持っている剣を握りしめる。
「うまく責められぬというのなら、我が協力しよう。早くせねば、あやつらにも被害が及んでしまうからな」
ドラゴニルがちらりと視線を送る。すると、そこにはいまだに痺れて動けないブレアとニールの姿があった。
確かに、二人の状態を思うと早めに決着をつけた方がよさそうだった。
「分かりました。よろしくお願い致します、お父様」
「……名前で呼べ」
「はい?」
真剣な表情で答えたというのに、ドラゴニルから返ってきた言葉に、俺はつい変な顔になってしまう。
しかし、吹き飛んでいった魔王がいつ復活するとも分からないので、俺は困惑しながらもドラゴニルの要求に応える事にした。
「分かりました。いきますよ、ドラゴニル様」
少し恥ずかしがりながらもそう言うと、ドラゴニルは満足したように笑っていた。……やっぱり殴りたいな。
だが、ドラゴニルが居るととても心強いのは事実だった。脳筋で直線的だが、圧倒的な強さと堂々たる態度は実に頼れるのだ。
「このくそトカゲがあっ!」
起き上がった魔王が激昂して叫んでいる。
「ここまで私を怒らせるとは……。全力でもって魂まで破壊してやるぞ! すべてを、目に見えるすべてを滅ぼしてくれる!」
魔王は完全に怒りに我を忘れているようだ。
まるでリミッターが外れたかのように魔力が膨れ上がり、空にはどす黒い雲が広がっていっている。
空が完全に黒く覆われたその時、大きな雷鳴がとどろいたのだった。