第163話 全力で!
やがて、魔王を取り巻く黒いもやが消えていく。
取り込めるだけ取り込んだ魔王の体は、肌の色が先程よりもどす黒く変化していた。禍々しいまでの魔力を感じるぜ。
「ふん、待たせたな。これでお前たちには万が一の勝ち目も無くなった。私を怒らせた事を後悔しながら死ね!」
魔王が俺たちに襲い掛かってくる。
その速さは先程までとは比べ物にならないほどの速さだ。
「遅いな。魔王の本気がこの程度とは、正直失望したな」
ドラゴニルが呆れて吐き捨てている。だが、魔王の顔にはニヤついた表情が浮かんでいた。
「その余裕、これでも保っていられるか?」
魔王の手から黒いもやが噴き出す。瘴気をまとった攻撃のようだ。
さすがにこれを見た時には、ドラゴニルの表情が一変した。
「ちっ、さすがの我でもそれに直接触れるわけにはいかんな」
そう言って、自分の髪の毛を一本引き抜いて拳を覆う籠手へと変化させる。
「せいっ!」
魔王の拳とドラゴニルの拳が正面からぶつかり合う。
その衝撃はすさまじく、衝撃波が突風のごとく周囲へと駆け抜けていく。
俺は耐えていたものの、ブレアとニール、それとルイスは危うく吹き飛ばされそうになるくらいだった。凄まじすぎるというものだった。
「この攻撃を耐えるだと?! トカゲごときが生意気な」
魔王が声を荒げている。どうやらドラゴニルに受け止められたのは予想外だったようだった。
「そのトカゲごときに止められるくらい、お前が目覚めるには早かったというわけだ」
ドラゴニルは余裕の表情を浮かべて魔王を煽っている。本当にどこにそんな余裕があるというのだろうか。俺はついつい呆れてしまう。
だが、その時に見せたドラゴニルの目の動きを俺は見逃さなかった。俺はドラゴニルの意図を汲み取ると、剣を持つ手に力を込める。
そして、魔王の死角へとゆっくり動くと、タイミングを見計らって魔王へと斬りかかる。
声を出さずに完全に不意を突いたつもりだった。
だが、さすがは魔王といったところか。そんな俺の不意打ちにもしっかり対処してきやがった。
「ちっ!」
魔王の足元から黒く鋭いものが飛び出してきたのだ。俺は急遽剣でその攻撃へと対処する。結果としては俺の剣が勝ったものの、魔王とは再び距離を取らされてしまった。
「ふっ、危ないところだった。念のために仕掛けておいてよかったな」
魔王はにやりと笑いながら俺の方へと顔を向けていた。そのあまりに不気味な笑顔に、俺は反吐が出そうになった。
だが、そんな中でも俺は不思議と冷静でいられた。
魔王を睨み付けながらも、ふと足元に視線を落とす。すると、魔王の足元の影がうぞうぞとうごめていていた。
(なるほどな。影自体が意思を持っていて、それが俺の攻撃に反応したってわけか。くそっ、一筋縄じゃいかないか……)
俺は再び剣を握りしめる。だが、その額にはじんわりと汗がにじんでいた。
そんな俺の姿を見かねたのか、ブレアとニールが動く。俺の攻撃の反省からか、魔王の視界にぎりぎり入るところから攻撃を仕掛けていた。脳筋とばかり思っていたが、一応は考えているようだ。
「小賢しいわ!」
バチンと魔王の周囲に雷の筋が走る。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
魔王の魔法が炸裂して、ブレアとニールが弾き飛ばされてしまう。しかも雷のせいで痺れたのか、二人とも受け身を取れずにそのまま地面へと叩きつけられていた。
「ブレアさん、ニールさん」
思わず叫んでしまう俺。
「大丈夫ですわよ、アリスさん」
その声に反応するブレア。そう言ってはいるものの、二人揃ってまともに動けるような状態ではなかった。どうやら麻痺状態に陥っているようだった。
だが、同じように食らったはずのドラゴニルは、魔王の気が逸れた瞬間を逃さずにもう片方の拳を振りかざしていた。
「甘いわ! トカゲの単純な思考などお見通しよ」
魔王も拳をぶつけてドラゴニルと両手の拳で力比べになっていた。
「ふん、せっかく瘴気を集めたというのに、我と互角とは少しばかり興ざめだな」
「これだからトカゲというものは愚かだというのだ」
拳が塞がりながらも、魔王は魔法と影でドラゴニルを攻撃しようとしている。だが、それよりも早くドラゴニルの一撃が入る。
「おぶっ!」
ドラゴニルの頭突きだった。ドラゴンほどの強度のある石頭となれば、さすがの魔王もかなり効いたようでよろめいている。
思わぬ攻撃に、ドラゴニルに放とうとした攻撃がキャンセルされてしまう。
(ここだ!)
隙だらけになった魔王へと、俺は迷わず飛び込んでいく。
だが、それでも魔王の影の防衛機能が、俺を阻もうとして襲い掛かってくる。
「ふんっ!」
次の瞬間、ドラゴニルが地面を叩き割っていた。
するとどうした事だろうか。魔王の足元にできた影が、地面が割れた事によって形が崩れてしまったのだ。そのせいで俺を阻もうとして伸びてきた影が形を保てなくなって崩れてしまった。
「ナイスです、お父様!」
影が作れなければ攻撃が無力化するというわけだった。このチャンス、活かさずにいられようか。
「うおおおっ!!」
「くそっ、やられて、なるものか!」
振り下ろされる俺の剣と、必死に抵抗しようとする魔王。
次の瞬間、衝撃の凄まじさに眩いばかりの閃光が放たれたのだった。