第162話 つながるすべて
「させません!」
俺の中で何かが弾ける。
その瞬間、魔王の動きが止まる。
「な、なんだこの力は?!」
俺の方に振りむいて驚き戸惑う魔王。最初の勢いはどこに行ったのかというくらいに怯えた表情を見せている。
(すごい力だ。これなら……いける!)
俺は剣を握りしめて魔王へと斬りかかる。
「ちぃっ!」
魔王が回避しようとするが、その動きがとてもゆっくりに見えた。
(体が軽い、力がみなぎってくる)
初撃は躱されたものの、魔王の動きが手に取るように分かる。躱されてもすぐに次の攻撃を繰り出せる。
回避したはずなのに、それについて来る俺の姿を見て、魔王の表情が明らかに焦りを感じているように見えた。
「くそっ、なんだこの動きは。……やむを得ん!」
魔王の左手にバチバチと何かが集まっている。
「魔法か。やらせはせん」
魔王の動きに気が付いたドラゴニルが、ニールから剣を奪って魔王目がけて振り抜いている。
「ぐっ、トカゲごときが小癪な!」
俺に放とうとしていた魔法で、ドラゴニルの攻撃を防ぐ。そして、同時に反撃している。攻防を同時に行うとは、さすが魔王といったところか。
だが、俺から意識を逸らしたのはまずかったと思うぜ。
「ぐっ!」
俺の剣が魔王を捉える。だが、さすがは魔王といったところだ。その姿勢からでも躱そうとしていたんだからな。
しかし、さすがに躱しきれずに俺の攻撃が魔王を掠めていた。
「あの体勢からでも躱そうとしますか」
「私とて魔物を統べるものだ。舐めてもらっては困るぞ、小娘」
驚く俺に対して、魔王は余裕のある表情で反応している。
「ぐっ……」
だが、すぐに苦痛の表情を浮かべて膝をつきそうになっていた。
「やはり、魔物を滅する力か……。この身に受けてはっきり分かったぞ」
つらそうな表情をしながらも、俺に対してあふれんばかりの敵意を向けてくる魔王。さすがに思わず身を引きそうになってしまうが、俺はしっかりと剣を握り直して構え直す。ドラゴニルが言うには俺の力が唯一の魔王を打ち倒せる力らしいからな。俺が引くわけにはいかない。
「だが、その腕はまだ未熟。ならば、その力が使えぬうちに全力で叩き潰してくれよう!」
魔王はそう言って、気合いを込め始める。
嫌な予感がする。
俺は隙だらけの魔王を攻撃しようとするが、ドラゴニルがそれを止めに来た。
「やめておけ。今の奴は攻撃しても無駄だ」
「どうしてですか?!」
思わず叫んでしまう。
「今の奴は瘴気をその身に集めている。今斬りかかれば、さすがにその濃い瘴気にやられてしまうぞ」
「ぐっ……」
ドラゴニルの説明に、俺はやむなく攻撃をやめる。
すると、魔王の体に向けて、あちこちから黒いもやが集まってきている。
「ドラゴニル様。あれは一体どういう事ですの?」
「説明をお願いします」
ブレアとニールもやって来て、ドラゴニルに状況の説明を求めている。
「奴の最終手段だな。世界中から瘴気を集めて自己強化を図っているのだ。しかも、その間は体を瘴気が取り囲んで攻撃を一切受け付けぬ。実に面倒だが、我らにできる事はその動作が終わるのをただ見守る事だけだ」
「なんだって?!」
ニールが驚いて声を上げる。
だが、それに対してドラゴニルはにやりと笑っていた。
「逆に言えば、今のあいつはそれだけ追い詰められているという事だ。なにせ最終手段なのだからな」
「ですが、ここまで大して攻撃してませんわよ?!」
「それだけ、あいつは焦ったのだろうな。全部魔物使いの男が吐きおったからな」
ここで冬に魔物騒動を起こした男の話が出てきて、俺たちは驚きを隠せなかった。
「逆行前も含めて、起きた騒動の原因のすべては魔王にあるというわけだ。魔王を崇拝する一族であるあの男を使って、自分が完全復活するための贄を集めるためにな」
ドラゴニルが告げた内容に、俺たちは絶句してしまう。
男だった頃に群が魔物に襲撃されたのも、女だった時のドラゴニルが没落したのも、そして、今生のトラブルの数々も、全部魔王が仕組んだ事だったというのだ。
すべては、自分がこの地上に完全復活するために。
「許せませんね……」
「まぁそうだろうな。逆行前は両親を含めて村人をかなり殺されておるからな」
俺とドラゴニルが並び立つ。
「今ここで、奴との因縁に決着をつけてやろうではないか」
「分かりました。こんな奴のために犠牲になったものたちの弔いのためにも、今ここで……」
俺はいろいろと思いを巡らしながら瞳を閉じる。そして、一拍を置いて深呼吸をする。
「倒します!」
そして、気合いを込めて言い放つ。
「うむ、それでこそ我が伴侶だ。ほら、ニール」
俺の言葉に頷きながら、ドラゴニルはさっきニールから奪い取った剣を返す。
「ここからは我ら二人の戦いだ。お前たちはここから離れるんだな」
「嫌です。俺たちも共に戦います」
「そうですわ。ここまで来て今さらなんて許せませんわよ」
ドラゴニルが離脱するように言うと、二人揃って反発している。
その姿に戸惑ったドラゴニルだが、
「好きにしろ。ただし、死ぬ事は許さぬからな」
「分かっていますとも」
「アリスさんが悲しむような事、するわけありませんわ」
二人の心意気を汲んだのだった。
目の前では黒いもやが収束していく。
いよいよ魔王との最終決戦だ。必ず倒して、すべての終止符を打ってやる。