第160話 魔王出現
しばらくすると、もやの中から魔物たちの断末魔が響き渡る。その声に俺たちは再び身構える。
ようやく声がしなくなったかと思うと、じわじわと黒いもやが一か所に集まり始めた。
その様子に俺たちはさらに体に力を入れ始めるが、ドラゴニルだけはそれを見てにやりと笑っていた。
「あれが、魔王か」
「えっ?」
ぽつりと呟いたドラゴニルに、思わず変な声が出てしまう俺だった。
黒いもやが収束したかと思うと、急速に何かの形を取り始める。それはまるで人間のような形をしているようだった。
その人の形となった黒いもやを見て、俺の体にぞわっとした感覚が走り抜ける。今までの比にならないくらいの強烈な寒気だった。
「な、なんなんですの。この強烈な寒気は……」
「くっ、なんという圧力だ」
俺だけではなく、ブレアとニールも気圧されてしまっているようだ。そのくらいに強力な魔力の波動が辺りを覆い始めている。
「よくも、私の復活を妨げてくれたな……、ドラゴニス」
「ふん、逆行前の話か。あのまま我とアルスが死ぬのを待っていたら、お前が復活して世界は滅んでいただろうからな。全力で阻止してやったまでよ」
黒い人型がドラゴニルを睨みながら、恨みったらしく喋っている。それに対して、ドラゴニルは鼻で笑いながら応対している。
「ねえ、ドラゴニル様たちは何の話をしていますの、アリスさん」
ブレアは理解不能という感じで俺に話し掛けている。まあ、これは逆行を経験した俺とドラゴニルにしか分からない話だもんな。ブレアが理解できたら、その方がおかしな話だ。
この場で疑問に答えてやりたいところだが、どうにもそういう雰囲気ではない。
「詳しくは後で説明します。今は気を抜くわけにはいきませんからね」
俺はブレアの質問にそう答えておいた。実際、少しでも気を抜けばドラゴニルと向かい合う奴が放つオーラに飲み込まれてしまいそうだからな。
そんな感じ俺たちが必死に耐えている間も、ドラゴニルはその目の前の人物と話をしている。
「すべては偶然だったがな。ちょうどそこの岩山はあの時の我が隠れ家にしていた山だ。その時にお前の気配を感じ取って気が付いたのだ」
ドラゴニルはそんな事を話している。どうやら逆行前に公爵家が取り潰しになった後、俺たちの後方に見える山の麓に身を潜めていた間に魔王の存在を知ったようだった。
「……なるほど、そこに平民での騎士としていいように扱われていた私がやって来て相打ちになったから、魔王の復活を阻止するために私を巻き込んで時間を巻戻したってわけですか」
「そういうわけだ。ドラゴンと魔物を滅する存在の双方が死んでしまえば、それを糧に復活した魔王を止める術など存在しないからな。だからこそ、我はお前を巻き込んだというわけだ。まあ、男女を入れ替えたのは我の失敗によるところが大きいがな」
魔王を目の前にして、ドラゴニルは大声で笑っている。
そのドラゴニルの態度に、魔王はかなり怒りを露わにしているようだ。
「その態度、実に気に食わぬ。何気に私が封印された時の組み合わせを再現しおって……」
「我とても、この巻き戻った後で知ったのだがな。たまたまとはいえ、お前を煽れるのであるならば実に心地よいというものだ」
「ぐぬぬ……、言わせておけば!」
ドラゴニルの余裕っぷりに魔王はブチ切れ寸前になっていた。本当にどんな相手でも余裕たっぷりだな、ドラゴニルのやつは……。
「お父様、そいつは本当に魔王なのですか?」
「ああ、間違いない。あの時感じた魔力と同じだ」
俺の質問に断言するドラゴニル。
しかし、圧力こそすごいものの、見た目は普通の人間と大差がない。それゆえに、ドラゴニルと睨み合う人物が本当に魔王なのか疑わしかったのだ。
「いかにも、私は魔王だ。だが、不完全なる具現化とはいえ、舐めてくれるなよ?」
魔王はそう言うと、一気に魔力を解き放つ。
すると、周囲に爆風のごとき凄まじい風が巻き起こる。しっかりと踏ん張っていないと吹き飛ばされそうなくらいだった。
「ふん、まだ不十分とはいえどこの程度で吹き飛びそうになるとはな……」
魔王が俺たちの方を見ながらにやりと笑みを浮かべている。
「お前たちを殺してその力を取り込めば、私は完全復活できそうだ。……死して我が糧となれ!」
魔力を解き放った状態のまま、ついに魔王が俺たちに襲い掛かってきた。
だが、その攻撃はドラゴニルによって受け止められる。
それが意外だったのか、魔王は少々驚いた顔をしていた。
「私の攻撃を受け止めるとは大したものだ。だが、それがいつまでもつというのかな?」
魔王がドラゴニルの受け止めた手のひらを押し始めている。あのドラゴニルのパワーを押し込んでいくとか、信じられない光景を見せつけられている。
だが、ドラゴニルは余裕だ。
「ふん、我の腕を簡単に吹き飛ばせぬとは、まだまだぬるいな」
「ほざけっ!」
ドラゴニルがこの状況でも煽るものだから、魔王は怒りに任せてもう片方の拳を振り上げる。
その瞬間だ。
「うおおおっ!!」
俺の体がとっさに動き、魔王に対して斬りかかっていたのだった。