第159話 瘴気の魔物
山すそを回り込んで進んでいく俺たち。時折休憩を取りながら、段々と警戒を強めていく。
進むにつれて、辺り一帯の空気がどんどんと淀み始めてくる。
「これはかなり強い瘴気だな。魔王とやらはずいぶんと力を蓄えているようだな」
ドラゴニルですら顔をしかめるほどの状況が、今、俺たちの前に広がっている。
「なん……だよ、この光景は……」
「ほとんど何にも見えませんわ」
俺たちは呆然とその景色を見ている。
それもそうだろう。目の前は陽の光すら届かないくらいに真っ黒なもやに包まれているのだから。
しかもこれ、ただの真っ黒なもやではない。見ているだけで冷や汗がだらだらと流れるくらいに、もやの周辺まで寒気が漂っている。
「お父様、これは……」
「我よりはお前の方が詳しいだろう。だが、一応答えておいてやる。これは魔王の魔力だ」
俺の問い掛けに、ドラゴニルは重苦しい声で答えている。そのくらいに黒いもやからは強い圧力が漏れ出ている。
だが、苦しいながらにも怯んでいられない状況だった。
「ドラゴニル様、あれを!」
ルイスが叫んでいる。その声に反応して、俺たちは一斉にルイスが示す方向を見る。
そこには、瘴気に包まれた魔物たちがずらりと並んでいた。その魔物たちは一様に鋭い目をしており、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気である。
「アリス、ブレア、ニール。奴らがくるぞ!」
ドラゴニルが俺たちに声を掛ける。その声に反応して俺たちが身構えると、目の前の魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。
「負けませんわよ。ねえ、ニールさん」
「ああ、まったくだ!」
ドラゴンの血を引く二人が声を掛け合う。
「グルワアアアッ!!」
二人が魔物を睨みつけると、目の合った魔物がブレアとニールに一直線に向かってくる。
「瘴気をまとった魔物ですか……。ドラゴニル様に頂いたこの剣と私の力、どこまで通用するか斬り刻んでさし上げますわ!」
相変わらずの脳筋的発想のブレアだ。
それは隣に居るニールも同じだった。まったく、ドラゴニルもわくわくしているし、ドラゴンどもってどうしてこういう奴ばかりなんだよ。
正直俺は頭が痛い。
だが、そんな事を思っている場合じゃねえ。俺にも魔物は襲い掛かってきている。
ドラゴニルたちの脳筋具合に呆れていたらやられちまう。俺はしっかりと剣を握りしめた。
「さあ、来なさい!」
俺は深呼吸をひとつすると、自分が持っている魔物を滅する力を呼び覚ます。
この半年間、努力していなかったわけじゃないからな。何度となく呼び覚まされていたので、男だった頃に近い感覚で使いこなせるまでになっているんだ。お前ら魔物ごときに、やられてたまるかっていうんだよ!
「はああっ!!」
俺が力の乗った剣を振り抜くと、どす黒く瘴気に飲まれた魔物があっさりと真っ二つになっていた。
(うん、うまく力を使えている。これなら、魔物たちに簡単に負けるような事なんてない)
俺は確かな手応えを感じていた。
だが、その姿を見たドラゴニルが、俺に声を掛けてきた。
「アリスよ。使えているとはいっても調子に乗るな。お前の力はなるべく温存をするのだ」
俺の思った事が聞こえているのか、ドラゴニルは忠告をしてきた。まったく、どうして全部見透かされるんだろうな……。
しかし、ドラゴニルがそう言うという事は、この戦いにおいて俺の力が重要なカギになるという事なのだろう。ドラゴニルの呼び掛けに、俺は大きく頷いておいた。
ブレアとニールの方も善戦をしている。
二人とて俺とあまり実力の差はない。それに加えてドラゴンの力もかなり使いこなせている。
「ははっ、なかなか手強いですわね」
「まったくだな。ここまで戦いがいのある連中なんて初めてだ。ははっ、もっと楽しませてくれよ」
……前言撤回。善戦どころじゃねえ、思いっきり楽しんでるじゃねえか。
瘴気をまとった魔物たちは、普通の魔物たちに比べてかなり手強いのは事実だ。それでも、たったの五人でその数をじわじわと減らしていっている。
ただ、その相手たる魔物たちも数が多いので、このままの状況が続くのであれば数で押されてしまうだろう。
ところが、俺以外のドラゴンたちの一族は、そんな事はお構いなしだった。戦える事が喜びといったところだろうか、不気味な笑みを浮かべながら魔物をばっさばっさと倒していっていた。まったく、怖えな。
だが、その自重しないドラゴニルたちのおかげで、魔物たちもどんどんとその数を減らしていく。
すると、突如として魔物たちが動きを止めて撤退していく。
「逃がすかよ!」
ニールが追撃をしようとする。
「待て、止まるのだ!」
それをドラゴニルが大声で制止する。すると、ニールを含めて俺たちはぴたりと動きを止めた。
「どうして止めるのですか、ドラゴニル様」
「忘れたか? 奴らの向かう先はあの瘴気の中ぞ。むやみに飛び込めば、我らの方が飲まれてしまう」
抗議をするニールに、ドラゴニルは険しい顔で理由を話している。
確かに、最初に寒気を感じたほどの濃い瘴気がそこには漂っているのだ。むやみに飛び込めば何が起こるか分かったものではない。
「それにだ、見るがよい」
付け加えるように、ドラゴニルは足元に倒れる魔物たちを指差す。
なんとそこからも、黒いもやが逃げる魔物たちの後についていくようにして流れていく。さすがにこれでは何が起きるか分かったものではなかった。
やむなく俺たちは、その様子をしばらく静観するのであった。