第158話 思わぬ展開
ドラゴニルと探索に出てからしばらく、山を迂回しながら歩いていると、ドラゴニルが急にぴたりと止まる。
「あたっ、急にどうしたんですか」
不意な事でぶつかってしまった俺は、鼻っ面を撫でながらドラゴニルに問い掛ける。ドラゴニルは正面を見据えたまま何も喋ろうとはしなかった。だが、その視線の先へと目を向けた時、俺の背筋を何かが撫でたかのような寒気が走った。その感触に、俺は何があったのかを悟ってしまう。
「妙な、魔物の気配がありますね……」
「ああ、そうだな」
思わず口を一度つぐんでしまうほどの、異様な雰囲気が漂ってくる。
俺とドラゴニルは思わず顔を見あ合わせてしまう。そして、こくりと頷くと、その気配の発生する場所へと向かう事にした。
なんだろうか、ずいぶんと嫌な気配しか漂ってこない。背筋がぞくぞくとするというのに、なぜか俺たちの顔は楽しそうな笑みを浮かべていた。
次の瞬間、俺は我に返って顔を左右に思い切り振る。
(いかんいかん、俺はドラゴニルとは違うぞ。決して違うぞ)
「魔物を滅する力も根本は同じだ。否定しても意味はないぞ」
「だから、私の思考を読まないで下さいってば!」
相変わらずデリカシーの欠片もないドラゴニルに、俺はついついツッコミを入れてしまう。だが、今回ばかりはドラゴニルもいつものように笑う事はなかった。そのくらいに状況は切迫しているようだったのだから。
無言で頷き、進もうとした俺たち。
だが、そこで俺たちに声を掛けてくる者たちが居た。
「まったく、水臭いですわよ」
「こっそり出て行くものだから、ここじゃないかと思ったぜ」
振り返ったところには、ブレアとニールの二人が立っていた。よく見ると、後ろにはルイスが居るではないか。一体どうしたというのだろうか。
「何をしに来たのだ、お前たち」
ドラゴニルが圧を強めて問い質している。
「何も持たずに行こうっていうのがおかしな話なんですよ、ドラゴニル様」
苦言を呈するルイス。その背中には大量の荷物が背負われていた。
確認してみれば、急に飛び出していったドラゴニルの姿を見て、慌てて後を追いかける準備をしていたらしい。そこにブレアとニールがやって来て、こうやって一緒に後を追いかけたらしい。どうやらルイスもドラゴンの姿になれるようだ。
「本当は疲れるので、ドラゴン化はあまりしたくないんですけどね」
ルイスは本当に疲れた顔をして愚痴っていた。
「わたくしたちも変身はできるようになるのでしょうかしら」
「それは気になるな」
ブレアとニールも興味津々のようである。
「あのランドルフの奴でも変身できるのだ。お前たちくらいならできるようになる。ただ、まだそれには早いだろうがな」
変身できると明言はするドラゴニルだが、急かすつもりはないらしい。体がまるっきり変わってしまうのだから、まだ子どものうちにはお勧めしないようだ。
ドラゴニルに止められて、ブレアもニールもどこか残念そうにしていた。
「それはそれとして、今回の事はかなり危険ですよ。それでもお二人は私たちについてくるつもりですか?」
俺が確認をすると、二人ともきょとんとして顔を見合わせている。そして、俺の方へと再び顔を向けると笑顔を見せていた。
「当然ですわよ」
「当たり前じゃねえか。俺はドラゴニル様の後継を諦めてないからな」
俺の質問に即答する二人に、思わず俺は笑ってしまう。本当にこの二人ときたら、どこまでいっても真っすぐなんだからな。
笑いながらだが、俺はドラゴニルの方へと顔を向ける。すると、ドラゴニルも諦めたような顔をしていた。
「分かった。止めても無駄だろうしな。だが、これから我らの行く場所は相当に危険な場所だ。危険だと感じた時はルイス、お前がこの二人だけでも連れて帰るのだぞ」
「はっ、承知致しました」
ドラゴニルの言葉に、ルイスは気を引き締めて返事をしている。
俺とドラゴニルが感じている奇妙な気配は、おそらくブレアたちもひしひしと感じているだろう。だが、それでもブレアとニールの決意は固く、まったく引くような様子は見られなかった。
「そうだ。二人にもこれを渡しておこう。そのなまくらではおそらくこれから先の魔物には通用せん」
ドラゴニルは自分の頭から髪の毛を引っこ抜くと、そこに力を込めていた。
するとどうした事だろうか、ドラゴニルの髪の毛が剣へと変化してしまっていた。
「経験をもっと積めばお前たちにもできるようになるだろうがな。急な事だったので我が与えようぞ。ドラゴンの鱗を変化させた剣だ」
「ありがとうございますわ、ドラゴニル様」
「ありがたく頂戴致します」
剣を受け取って腰に下げるブレアとニールである。
「あれ、私にはないのですか?」
ふと思ってドラゴニルに尋ねるが、そんな俺をドラゴニルは鼻で笑っていた。どういう態度なんだよ、その反応は。
「アリスは自分の力でどうとでもできるだろう。我が力を貸すまでもない」
「むう、分かりましたよ。お父様のけちんぼ!」
正直恥ずかしいのだが、俺はそう言い放って拗ねておいた。これにはブレアがものすごく笑っていた。おい、酷いな、ブレア。
とはいえど、最後の俺とドラゴニルのやり取りで、一気に重苦しい雰囲気が吹き飛んだような気がした。
「よし、それで歯向かうとするぞ。気を抜くでないぞ」
ドラゴニルの号令の下に、俺たちは不穏な気配のする場所へと向かっていくのであった。