第157話 消えない予感
山奥で動きがある中、時が過ぎていく。
年末の事件からもあっという間に半年が経とうとしていた。
俺たちは相変わらず騎士を目指して学園の講義に打ち込んでいる。
学園内ではこれといった問題は起きず、実に平和という感じだった。
近隣諸国との関係も特に悪いというわけではないし、騎士たちの仕事は時折発生する魔物の襲撃や散発的な犯罪に対応するくらいだった。
ドラゴニルの元には、時折村からの報告がくるが、そちらの方も特に問題はないらしい。どうやら魔王に関する懸念は、考え過ぎだったようだ。
ところが、そんな報告が届いているにもかかわらず、ドラゴニルはどうにも嫌な予感が止まっていないらしい。
時々俺や学園長に会いに学園へやって来るのだが、学園長にはそういう話をしているようだ。
なんで俺が知っているのかというと、学園長が俺にどういうわけか愚痴を漏らしてくるからだ。おそらくは、俺がドラゴニルの養女になっているからだろう。だからといって、俺にねちねちと愚痴を漏らすのはやめてくれ。気になって学園の講義どころじゃなくなっちまうじゃねえか。
そんなわけで、俺は特別に許可を得て、ドラゴニルが居る公爵邸へと戻ってきていた。こういう選択肢になったのも、学園長のせいだからな。
「ただいま戻りました」
「おお、アリスお嬢様。いったいどうなさったのですか?」
俺が戻ると家令であるドレイクが出迎えてくれた。
「ドレイク、お父様はどちらにいらっしますか?」
質問に答えずに、ドラゴニルの居場所を尋ねる俺。今回戻ってきたのはそれが最大の目的だからな。
「ドラゴニル様でいらっしゃいましたら、自室で執務中でございます」
「ありがとう。すぐに向かいますわ」
ドレイクと簡単にやり取りを済ませると、俺はドラゴニルの自室へと足早に向かっていった。
バーンと扉を開いて、俺はドラゴニルの部屋へと乱入する。急に俺が入ってきたものだから、ドラゴニルが驚いた顔をしている。なんてレアな顔をしているのだろうか。
しかし、そんな事を気にしている場合ではなかった。
「お父様、山を見に行きますよ!」
「おい、アリス。一体どうしたというのだ」
「学園長から伺っています。お父様が嫌な予感がすると愚痴を漏らしていた事を。だったら、その不安を解消しに行くのです!」
両手を腰に当てて、胸を張りながらドラゴニルに進言する俺。そのあまりに堂々とした態度に、ドラゴニルにしては珍しく言葉が出てこないようだった。
「なんのために特別に許可を得てここにやって来たと思っているのですか。さっさと行きますよ!」
相変わらずぺったんこな胸を張って主張する俺に、ドラゴニルは気でも触れたか急に笑い出していた。
「くくく、面白いな。そこまで言うのだったら、さっさと行く事にしようか。ドレイク! 出かけるから仕事は任せたぞ!」
そう叫んだドラゴニルは、俺へと突進してくる。
「きゃっ!」
思わず可愛い悲鳴を上げてしまう俺だが、まあ仕方がない。ドラゴニルが俺を抱きかかえたからだ。
いわゆるお姫様抱っことかいうやつだっけか。思わぬ体勢に俺は恥ずかしくなってしまった。
「嫌な予感はまったく止まらぬからな。少々急ぐぞ」
そう言って外に出たドラゴニルは、みるみる姿を変えていく。
「あの時のドラゴン……」
「これで信じられるだろう?」
俺を背中に乗せたドラゴンは、間違いなく逆行前に戦ったあのドラゴンだったのだ。
「この姿なら、ほんのわずかで村向こうの山に到達できる。喋るなよ、舌を噛むからな」
そう言って、ドラゴニルは猛スピードで山へ向けて飛んでいったのだった。
あっという間に、半年ほど前に魔物たちと戦いを繰り広げた場所へと到着してしまった。さすがに慣れない高速移動に、ドラゴニルの背中から降りた俺はふらふらとまともに立っていられなかった。
「鍛え方が足りんな」
「こんな経験、どうやれば耐えられるというのですか……」
人間の姿に戻ったドラゴニルにもたれ掛かりながら愚痴をこぼす。
俺たちが立っている場所だが、半年前と比べると恐ろしいほどに静まり返っていた。あれだけの魔物が居た場所とはとても思えないくらいだった。
どうにか立ち直ってドラゴニルの方を見ると、その顔はいつになく険しいものだった。
かくいう俺も変な感覚をひしひしと感じている。だが、それを言葉にしようとすると、なんて言っていいのかまったく分からなかった。あえていうのなら気持ち悪いといったところだろうか。
「うむ、異様なくらいに静かだな。近くに魔物の気配がまったく感じられぬ……」
「ええ、そうですね。あの時の魔物は全部倒しきれてはいません。ですので、少しは居てもおかしくはないのでしょうが、まったく感じられませんね」
俺もドラゴニルも、あまりの静けさに不自然な印象を受けている。
「少し探索するしかあるまい。山向こうにも向かうが大丈夫か?」
「はい、平気です」
念のために俺を気遣ってくれているようだが、そもそもドラゴニルの元を訪れた時点で俺の覚悟は決まっていた。
俺の表情を見たドラゴニルは小さく笑うと、探索のためにゆっくりと歩き出したのだった。