第156話 嫌な予感
冬の野外実習が終わりを告げ、いよいよ学園生活も3年目に突入する。
成績が優秀であるならば、俺たち初年度の入学者は今年の年末で卒業を迎える事になる。まったく、月日が経つというのはあっという間だった。
王都に連れてこられた魔物使いの男は、自分の体の状態を見て驚いていたらしい。
それもそうだろう。自害しようとして自分の胸に短剣を突き立てたのだ。だというのに生きてはいるし傷も塞がっている。それでいて今は牢屋の中と、冷静でいられる方が不思議な話である。
だが、そんな感想などすぐに吹き飛んでしまう。男にとってはこれからが地獄の始まりなのだから。
そんな事とは関係なく、俺たちの学園生活は続いている。
3年目になった事で、また新たに学生たちが入学してきた。今回は募集人員である40人に満たなかったらしい。まあいろいろと野外実習の話は広まっているみたいだから、仕方がない話だろう。毎度のように事件が起きていたのでは、安心して子どもを預けられないってわけだ。それなら学園に入れるよりは直接騎士団に入団させる方を取るのは当たり前な話だった。学園の意味がねえじゃねえか。
いきなり不安な要素を抱えてしまった学園だが、無事に3年目はスタートしたのだった。
―――
その頃、村の方では例の山の辺りの警戒が続けられていた。
真っ先に行われたのは、先日の掃討作戦で放置されてしまっていた魔物の回収だ。使えるものは回収して、使えなかったり不要だったりするものはすべて焼き払って処分する。
魔物の体は腐り始めると毒素を生み出すために、急いで処分しなければならなかった。なので、ケイルをはじめとして主要メンバーに加えて村人の一部もその処理にあたっていた。
「ずいぶんと多いですね」
「まあドラゴニル様がいらっしゃったからな。あの方は素手で魔物を倒してしまうお方だから、並大抵の魔物じゃこうなっちまうのも無理もないってもんだ」
その場に散らかる魔物たちの死骸というものは、なかなかに酷いものだった。なにせ拳で吹き飛ばされているのだから。
ブレアやアリスたちが攻撃したものと、ドラゴニルが攻撃したものとでは、その状態が明らかに違い過ぎるというわけだった。
「にしても、これだけ派手にひしゃげてるって、本当に人間なのですかね。あの方は……」
同行している村人は困惑していた。
「疑問に思うところもあるだろうが、さっさと処分してしまうぞ。一刻も早く片付けるように言われているんだからな、手を休めるんじゃないぞ」
「分かりました。しっかりやらせて頂きます」
駐屯兵と村人たちは、協力しながら魔物の片付けをしていく。
どうにか使えそうな角や牙、毛皮などを回収していく。残った肉や骨などは炎の魔法などで全部焼き払っていく。肉はもったいないかもしれないが、寒い時期にもかかわらず腐敗が進んでいたので処分する他なかったのだ。
(肉が腐っているのはおかしい話だな。それに、魔物の血もほぼ失われている状態だ。一体何があったというんだ?)
回収部隊を指示しているケイルが、あまりにも異質な状態に首を傾げている。討伐からの日数を考えれば、本当に不可解でしかなかった。
(これは、ドラゴニル様に報告せねばならんな。嫌な予感もするし、さっさと済ませてしまおう)
ケイルは回収部隊に対して作業を急ぐように指示をし、自身も魔物の処分を行っていったのだった。
どうにか大して時間もかからずに作業を終えるケイルたち。
「ケイル隊長、すべて作業完了致しました」
「分かった。みんなを集めてさっさと村に帰るぞ」
「はっ、伝えて参ります」
さっさと自分のところに集まるように部下に命じて伝令を出すケイル。
(まったく、さっきから感じるこの悪寒はなんなんだ。気味が悪いからさっさと離れねえとな……)
焦るケイルだったが、部下たちの戻ってくるのが異様に遅く、撤収には思ったよりも時間がかかってしまった。
全員が揃うと足早にその場を離れ、村への帰還を急ぐのだった。
―――
魔物たちとの激戦が行われた近くの山。
そこには、何かが地中深くでうごめいていた。
―チガ、チガタリヌ……
この世のものとは思えぬ声が静かに響く。
―オノレ、フッカツヲマエニ、トキヲモドシオッテ……
―イマイマシイどらごんドモメ、ソノツグナイ、ソノチデオコナッテモラウゾ
うごめく何者かが大きな咆哮を上げると、その地表付近が大きく揺れる。
揺れによって亀裂の入った地面からは、どす黒いもやが湧き出てくる。
―ワガブンシンドモヨ
―イノチヲノミコミ、ワガテアシトカエヨ
―ソシテ、ワガフッカツノ、ソノニエヲフヤスノダ
じわじわと広がりゆくどす黒いもや。
それは、飲み込んだ生命体を蝕み、魔物へと変化させていく。
ドラゴニルたちとの戦いから逃れた魔物たちも例外ではない。その一部もやがてどす黒いもやに飲み込まれていく。
だが、そのどす黒いもやの広がりも、ある程度広がったところでぴたりと止まってしまったのだった。
―グゥ……、チカラガ、タリヌトイウノカ……
―マアヨイ
―ケンゾクガフエタダケデモ、マズハヨシトシヨウ
―サアイケ、ワガケンゾクタチヨ
―ワレニ、シンセンナチヲササゲルノダ
うごめく者がそう命じると、もやに飲み込まれて生まれた魔物たちが一斉にその行動を開始したのだった。